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D-Genes 4 【短編小説】

「馬鹿なんじゃないの、マコト。どっかの政治家の、個人を同定するSTR配列を手に入れる?そんなもん手に入れられるわけがないし、絶対にばれたらぶち込まれるぞ。」

「カル、遺伝子検査したことあるか?」

「そりゃな。今じゃしない方が珍しい……ってまさか、遺伝子検査事業の会社のデータをハックする気かよ?」

「Genus Hetero社がデータを持っているんじゃないか?」

「仮にも雇用主のデータベースに侵入したら多分、それこそ信用を失うぞ…。それにヘテロ社はトップだけど、それでもシェアは40%くらいだ。持ってないデータだってある」

「ずっと考えていたことがあるんだ。なんで俺たちに情報を漏らしたんだろうか?」

「どういう事?」

「STRの情報を収集しようとしている、という事をなぜ外部の俺たちに漏らす?」

「確かに。いくら俺たちの会社に圧をかけようが、情報が漏れることなんて十分ある」

「これは奴らの明確な弱みだよな?なのにそれを漏らした。という事は……」

「という事は?」

「すでに状況が詰んでるってことじゃないか?」

「……」

「もしも本当にSTRの情報が欲しいなら、他の遺伝子事業会社を片っ端から敵対的買収する方が効率がいい。カル、ヘテロ社の最近の動向をちょっと調べてくれ」

「ちょっとまってて……あった」

「どうだ?」

「あー、やってるね。世界中の遺伝子事業の会社を買っていってる。今やってる買収が成功すれば70%のシェアになるな……」

「ちなみにカル、もし俺たちの仮説が合ってたとして、遺伝子検査のデータからSTR配列って取れるのか?」

「微妙だね……もし、人のゲノムの塩基配列を読む場合、一般的なNGS(次世代シーケンサー)だと一度に読める配列の長さが短いんだ。その短い配列を無数に並べて実際のその人の塩基配列をデータ上で再現するんだけど、STR配列みたいな繰り返し配列だと再現が難しいんだ」

「繰り返し配列だと再現が難しいというのはどういうことだ?」

「そうだな…ゲノムを読んだときのデータをバラバラのパズルだとする。パズルを完成させればその人のゲノムの配列になる。で、繰り返し配列っていうのはパズルのピースが全部同じ、あるいはすごく似てるんだ。同じピースだと、どうピースを並べていいかわからないだろ?だから、STRみたいな繰り返し配列は組み立てるのが難しい。まあこういう繰り返し配列には機能的な意味はないから、その部分が未完成でも客にとっては問題ないんだけどね」

「そうなのか。じゃあSTR配列は通常の遺伝子検査じゃあ得ることができないってことか?」

「そこが微妙なんだ。さっきのは廉価なNGSの場合だけど、すこし高性能なやつを使ってるんなら話が違ってくる。一度に読める配列の長さが長くなる。さっきの例えで言うと繰り返し配列の部分のピースが大きくなって、パズルを組み立てるとき、ならべやすくなるんだ。だから高価なNGSを使えば、STR配列は得られるよ」

「…仮にヘテロ社とヘテロ社が買収した会社が高性能なNGSを使ってたとしたら、世界中の7割のSTR配列を収集していることになる…」

「まあ、この時代とはいえ、遺伝子検査しない人たちもいるよ。大体90%くらいが遺伝子検査をしてるとして、90×70で大体63%てところだね」

「これって、ヘテロ社にとって俺たちにに今更、依頼する事があるか?概算で全世界の半数以上のヒトのSTR配列を収集している。俺たち零細が今更何をする?少なくとも解析プログラムをつくるとか、データベースをつくるとか、そういう技術的なことじゃない」

「……」

「すると、だ。俺たちはもっとろくでもない事をさせられるって事だ」

「どんなこと?」

「トカゲの尻尾ですらないってことだな。単なるスケープゴート。哀れな冤罪者の役さ」

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