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届けられなかった言葉が舞う

 3月がくると、思い出すことがあります。
 これからお話しすることは、ファンタジーだとお考えください。
 けっして、現実のことではないのだと。

 私はカウンセラーとして、2016年から2年間、ご家族を亡くした方にボランティアでカウンセリングをしていました。

 総勢14人。
 高校生から、60代の方までいらっしゃいました。
 スカイプかフェイスブックなどのオンラインで、やりとりさせていただきました。

 2017年の3月、風が強く吹く、まだ肌寒い日の夜でした。

 ご家族を亡くした21歳の佳奈さん(仮名)という女性から、ご依頼が入っていました。
 フェイスブックメッセンジャーのチャットでのやりとりを、ご希望でした。

「家に帰りたいのに、帰れないんです」
 PCのメッセンジャーの画面に、メッセージがあらわれました。

「帰れないというのは、どういうことですか?」
「家がないんです」
「家がない、というのは?」

「流されてしまったんです」
 流された?
「流されたということは、東日本大震災の津波でしょうか?」
「はい」

「それは、大変でしたね。
 津波で、ご家族を亡くされたんですね?」
「わからないんです」
「行方不明のままなんですね」
「はい」

 津波にさらわれてご遺体もみつからないだなんて、とてもつらいことです。
「おつらいですよね。
 お父さん、お母さんですか?」
「兄もいます」

「3人とも、行方不明なんですか?」
「はい」

 家族が、一瞬でいなくなってしまう。
 なんてつらいことでしょう。
 2011年から6年たっても、悲しみは簡単に癒えるはずもありません。

「おじいちゃん、おばあちゃんちに行ってるかもしれないと思って、行こうとするけど、行けないんです」

 あらわれたメッセージに、私は首をかしげました。
 話がよくわかりません。
 窓の外で風がびゅうびゅう吹いて、何かがカタンカタンと鳴っていました。

「ちょっと待ってくださいね。
 行方不明になったのは、2011年の東日本大震災の時ですよね」
「はい」

「おじいちゃんおばあちゃんは、ご無事だったんですか?」
「たぶん。
 山のほうに家があったから」

「確認できていないんですか?」
「はい」
 どういうことでしょう、ますますわかりません。

「バスに乗るのに、気がつくとまたもとの場所にいるんです」
「それはどういう?」
「何回もバスに乗るのに、またもとの場所なんです」

 ますますわかりません。
 カウンセリングをしていると、クライアントさんによっては、話のつじつまがあわないことがたまにあります。

 ていねいに聞いていきます。
「佳奈さんは、おじいさんおばあさんの家に行こうと思って、バスに乗るんですね」
「はい」
「なのにもとの場所にいるっていうことは、乗りすごしてぐるっと回ってくるっていうことですか?」

「わかりません。
 バスに乗ったはずなのに、またもとの場所にいるんです」

「もとの場所は、どこですか?」
「どこだろう。
 ずいぶん流されたから。
 家からもおじいちゃんちからも、遠いです」

 あっと思いました。
 私は、思いちがいをしていました。
 亡くなったのは、ご家族じゃありません。
 窓の外で何かがぶつかったのか、ガタンと大きな音がしました。

 私は、ごくりとつばをのみこみました。
 メッセージを送ります。
「佳奈さんは、震災の時、ご家族と離れていたんですね」
「はい、仕事でした」
「沿岸に近いところだったんですね」
「はい」

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