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お気に入りのノートの使い道

文房具に対するワクワク感って何だろう。

学生の時は使用目的があるから理由をこじつけて買っていた。
たとえ今は、まだ新しいものは必要ないと薄々感じていても。

幼い頃の鉛筆とメモ帳から始まり、シャープペン、ボールペン、ノート、付箋、ファイル、等々。
大人になった今も、使う予定があるわけじゃないのに、ふらりと文房具売り場に行き、お気に入りのノートを見つけては、本気で「買いたい」「必要ない」「欲しい」「使わない」と永遠葛藤を繰り返す。

ずっと眺めていても怪しいので、一度その場を離れる。
でもでも本当にあれ、私好みなの。可愛いの。と未練たらしくもう一度売り場に戻っては、手に取り眺める。あの人また来たよ、と思われているのだろうか、などと感じながら離れることができない。
多くの場合は、寸でのところで思いとどまり、購入せずに怪しいおばちゃんのまま店を出る。

そして万が一にも買ってしまったとして「気に入ったノートやメモ帳は使う時にテンション上がる」とかではなく、私はもったいなくて使えないのだ。

「何かとっておきのものに使うんだ」と意味の分からない野望を抱き、大事に引き出しにしまわれたノートが数冊ある。
保存版とでもいえばいいのかもしれないが、メモ帳やノートにとっては本望ではないだろう。

そしてこの年齢になると、そろそろ使わなければ「とっておきのもの」を書く機会はそうそうない。ただ引き出しに眠ったまま、このまま日の目も見ずに、お気に入りたちは葬られてしまうのかもしれないと思うようになった。

📒

最近、角田光代さんのエッセイに、ひとつの旅にノート1冊分くらいのメモを残すと書いてあった。

なるほど、だからあんなふうに事細かに色々書けるのか。
私も過去のnoteに書いているように、日々感じたことなどを、つらつら書くほうではあるけれど、気が付いたときに手元にあるものに書いてしまうので、手帳だったり家計簿だったりレシートの裏だったりする笑
そう、とっちらかっているのだ。

過去にブログを書いていたので子育て記事などは、思い出がすり替わっていないか、嘘偽りのないように当時の日記を読み返してから書いたりしている。
最近書いた「とんぼの遭遇場所~」のように引用してみたり。

思春期に重なる反抗期の対応」ではトップ画像に入れたように当時のメモを引用していたりする。ちなみにあれは100均のメモ帳。もったいなくて普段使いは100均って。

やはり記録していくって貴重な財産になるなあと思う。
財産?
それって「とっておきのもの」ではないの?

なんだ、お気に入りのメモ帳とノート、使い道あるじゃない。

というわけで必要なものに変わってしまった文房具。
理由ができたばっかりに、またしてもワクワクして文房具売り場をうろつく私なのだった。



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