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もろともに 崩れるなら 最後のカケラまで 見つめるのさ、わたしたちのファイターズは。

2021 8/18  ほっともっとスタジアム神戸 Bs×F 5対2

見た目は整っていた。数も揃っていて、そこにちゃんと立ってるように見えた。だけど、いつか知らない間に、どこかのパーツが抜けて、そこから揺らぎが出ていた。なんか揺れてるなと思ってたけれど、気のせいだと知らないふりをしていたら、ある日、床の底が抜けた。抜けた穴から水が漏れてくる。整っていたはずの、揃っていた数の、ちゃんと立っていたはずの場所は、崩れていく…気がついた時には、もうバラバラだった。

2003年、北海道日本ハムファイターズは、北海道の人にとっては未知のものだった。未知のまま階段をいきなり駆け上がり、3年後の2006年、日本一になった。その前の25年間のことなど、万年Bクラスの「日ハム」のことなど、ほとんどの人は知らない。

北海道に来てからのファイターズは、一言で言えば「自由」だった。自由にパ・リーグを泳ぎ、球界をかき回し、自由に野球を楽しむ。新しいことにどんどん挑戦し、賭けに勝ち続け、わたしたちファイターズファンは、それが当たり前と思い過ぎて来てしまったのかもしれない。

いつの間にか、その「自由」は、漫然とした繰り返しに変わっていたのか。どんな組織でも時間が経てば起きることだと、知っていたはずでも。わたしたちのファイターズに限っては、大丈夫ーみたいな幻想は、確かにあった。

新庄剛志が幕を開け、ダルビッシュ有、森本稀哲、田中賢介、稲葉篤紀、金子誠、武田勝、武田久、陽岱鋼、糸井嘉男、中田翔……数々の数々の綺羅星たちが繰り広げた、自由な野球は、究極に大谷翔平を世界に羽ばたかせる。

確かに、わたしは、思ってた。「ファイターズは、何でもできる」と。

でも、今は、何も、一切合切、何もできなくなったファイターズがいる。

かつての目に見えていた美しいフルカラー、自由な野球のイメージ図は、色褪せて、薄くなって、透明になって、向こう側に行ってしまって、手が届かない。何をやってもうまくいかず、失敗しつづけ、やる気を失い、挙句にチームの「4番」中田翔を最悪の形で失うことになる。

「4番」中田翔は、栗山英樹監督が就任してから続けてきた<野球>の中心であり、その象徴であった彼が、野球以外の問題で抜けるとは、つまりは栗山さんが目指した<野球>の敗北を意味する。カサカサした絶望だけが栗山さんの周りに漂っている。

もろもろが、崩れ、もろもろが、幻になる。でも全部が幻だと知ったとしたら。もうすでに、見えているのは、現実だけだ。

夢の国だと思っていたら、瓦礫の山だったー

物語には、よくある展開だ。そうして、そうなったとき、主人公のやることも決まっている。何もない瓦礫の山から、ただ歩きだすー未だ見えない希望の光を探して。

何もないファイターズ。あるのは、茫漠たる希望だけ。

2004年、早春(北海道では冬の終わり)吹雪の札幌駅前に立った時。ファイターズの面々にあったのもきっと同じ、だっただろうか。

未だ、この場所に、立っているなら歩くしかない。

ファイターズとわたしたちが、野球を諦めないのならば。









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