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僕詩。 4.失恋

楽しい日々だった。
 学校から帰って、秋斗や勝也とのびのびと遊んだ。土手の枯れ草の上を段ボールで滑り降りたり、冬なのにアイスを買って食べたり、家に集まって宿題をしたり、先生の似顔絵を描いたり、パラパラ漫画を描いたりした。
 松野ゆいも誘って、土手に秘密基地を作ったりもした。ゆいの友達の友美も一緒にあそんだ。友美はぽっちゃりとしていて、元気な子だった。お母さんのような言動が多かったので、冗談で「かーちゃん」と呼ばれたりしていた。すぐ疲れたという秋斗は「じーちゃん」呼ばわりされていた。

 たのしい
 他愛のない会話や
 面白い出来事

 ずっとこんな日が
 続けばいいな

 僕がいて
 みんながいる

 それが当たり前の世界
 それが楽しい世界

 「ねえ、ちょっといい?」
 休み時間、廊下で松野ゆいに呼び止められた。
「わたし、勝也くんに告白したの。勝也くん、いいよって言ってくれた」
 少し俯いた松野ゆいは恥じらって頬がほんのりピンク色に染まっていた。聡介はもやもやした。
「ふ、ふうん。そうなんだ。で?」
「うん。それだけ。報告しただけ」
「あ、そうなんだ。うん、わかった。じゃあ」
 松野ゆいは小走りで教室に行ってしまった。取り残された聡介とこのもやもやは、行き場のないままチャイムがなるまで立ち尽くしていた。
「帰ろうぜ」
 勝也の呼びかけで我に返った。
「あ、ああ。うん」
聡介は通学カバンを背負った。最近軽く感じていたのに、通学カバンがいつもより重くなっていた。足取りも重く、重く、まるで囚人の足枷を引きずっているかのように。
「なんか考えてんのか?」
「うん」
「直感で思うことは?」
 とつぜんもやもやが暴れ出した。下駄箱からスニーカーを乱暴に落とした。
「勝也が嫌いになった」
「なんで急に俺を嫌うんか。俺なんかしたか」
「松野ゆい」
「松野?ああ」
「松野ゆいに告られてオーケーしたんだろ」
「だから俺を嫌いに?それはちがう。お前が松野を好きなだけだ。俺を嫌いになるのは話が違う。直感を間違えるな」
 図星を刺されて、かぁっと頭が熱くなった。もやもやは暴走していた。
「そうさ!ずっと好きだった!どんどん可愛くなるのを見てきたのは僕だ!急に転入してきて、僕に優しくしたと思ったら、今度は松野を僕から奪うんだ!渡すもんか!」
「奪うも渡すも違う気がするけどな。落ち着けよ。それから好きなんだったら本人に言えよ。おーい、松野!」
 ちょうど昇降口にやってきた松野ゆいが、呼ばれてこちらにやってきた。心臓が早鐘のようにドクドクドクと鳴った。頭は沸騰しているようだった。言うんだ。好きだって言うんだ。言うのか?勝也と付き合うと言われたばかりなのに?言ってしまえ!言ってしまえば気持ちと決着がつくんだ!
「ま、まつの。僕、僕は、まえから、まつののことが、す、すき、好きだったんだ」
 言ってしまった。長年の思いを。砕け散ると知っていて。
 松野ゆいは困ったような顔をした。
「え、あ、うん。ありがとう。なんとなく気づいてた。私のことよく見てるから。でも、ごめんなさい。私勝也くんと」
「いい、知ってる。言いたかっただけだから。邪魔しないから。2人で帰って。僕は先に帰るよ。じゃあな勝也」
最後まで言わせなかった。その続きを聞きたくなかった。一気に喋って、そのまま一度も振り返らず、家まで走った。涙が風で後ろに飛んでいった。走って走って、家に着いて靴を脱いで、そのまま自分の部屋に駆け込んで、布団に倒れ込んだ。
 そのまま、泣きじゃくって、声を押し殺しながら泣きじゃくって、拳を何度も振り下ろして、泣いた。
 そしていつしか眠りに吸い込まれていた。
 


 すきだったよ
 でもおわかれだね
 しあわせをいのってるよ
 ぼくのすきなひと


 聡介は学校を休まなくなった。
 勝也は聡介に話しかけにこなくなった。廊下でたまに、勝也と松野ゆいが仲良くおしゃべりしてるのを見かけた。
 聡介は秋斗と一緒にゲームしたり、漫画を読んだり、宿題をしたりした。今までは秋斗から誘われていたが、今は聡介が誘っていた。
「秋斗、今日もうちで遊んでから宿題やろうよ」
「おお。いいよ。でもなんか中二になったら塾入るかも」
「塾?」
「父さんがうるさいんだよ。兄貴が頭いいからって俺までいいわけじゃないのに。塾に行けば頭が良くなると思ってるらしい」
「そっか大変だな」
「だから学校おわってもなかなか聡介の家いけないと思う」
「残念だな…」
「まあ、まだ決まったわけじゃないし。今日は遊ぼうぜ」
「うん」
 終業式を迎え、冬休みに入り、年は暮れて、そして明けた。

 ともだちも
 はなれてしまえば
 ただのひと

 ぼくは
 だれのともだちで

 ぼくのともだちは
 ほんとうのともだちは
 だれなんだろう


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