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村上朝日堂で村上春樹さんからメールの返信が来た話

村上朝日堂、それは作家村上春樹さんと読者が交流できる夢のようなウェブサイトだ。村上朝日堂は1996年に開設され1999年に閉鎖されている。
14年ほど前、村上さんの大ファンだった私は期間限定で復活した際に
2通ほどメールを送信した。
今回は14年前に私が村上さんに送信したメールの内容を公開したいと思う。

伝説の村上朝日堂

村上朝日堂という伝説のウェブサイトをご存じだろうか。
読者からよせられたメールに村上さんが返答してくれ、そのやり取りがウェブサイト上に公開される。
読者の様々なメールに対する返信を知ることで、村上さんの作家ではない顔を垣間見ることができる。
ファンにとっては夢のようなサイトだった。

当時まだPCを持っていなかった私は、友だちに頼んで村上朝日堂を定期的に会社で印刷してもらっていた。(たった20年ほど前のことなのに、こうして書いてみるとテクノロジーの進化のスピードに圧倒される。)
PCのない私はもちろんメールアドレスも持っておらず、村上さんにメールを出す術がなかったのだが、彼と読者のやり取りを読むだけで楽しかった。
多種多様なメールに対し、村上さんの返す返信は見事といわざるを得ないほど、洞察力があり機知に富んだ的確なものだった。
なにより行間に読者に対する大きな愛情を感じた。
人生につまずいたとき、進む道が見えなくなったとき、私はいつも村上さんの言葉に励まされてきた。
しかし、1999年に村上朝日堂は閉鎖されてしまう。

村上朝日堂復活!

2006年のある日、私は期間限定で村上朝日堂が復活することを知る。
そのころには私もPCを所有していた。メールアドレスもある。
これで私も村上さんにメールを書くことができる!
嬉しさに舞い上がりながら、何日もかけて村上さんに語りかけたいことを考えた。
村上さんはいつも「メールは一晩寝かせた方がいい」とおっしゃっていた。
しかし私はそんなことも忘れ、書き上げたメールを勢い込んでそのまま送信してしまった。
そのメールがこちら。


村上さん、こんにちは。32歳主婦のリーと申します。
「これだけは、村上さんに言っておこう」を読んで村上さんはご自身の奥深い感情や思考を的確に把握され、なおかつそれをいともやすやすと明確に文章にしていらっしゃると改めて感じました。
私は自分の思ったこと、感じたことをうまく 言語化することができません。
そして、そのことにすごく歯がゆい思いをします。
小説を読んだり、音楽を聴いたり、映画を観たりしたとき、そういった私の奥深くの形になりにくい心象風景をずばり表現しているものと時々出逢います。
そんなときはすごくすっきりしてうれしいのですが日常生活に戻るとすぐに心の奥が明確にならず霞がかかった状態にもどってしまいます。

なので少しでも村上さんに近づけたらいいなあ、と常日頃感じています。
それと、文章だけでなく村上さんの声はとても素敵だと感じました。
これからもお仕事がんばってください。

やはりメールは一晩寝かしたた方がいいようで

こうして読み返すと、14年たった今もこのころと同じ悩みを抱えている。
まったく進化していない自分に失笑してしまう、、、。

メールは一晩寝かせるべきというのは真実だったようで、私は一晩寝かせず送信したことを後悔した。
この表現はこうした方がよかったのではないか、この言い回しはおかしいのではないか、と送ってしまったメールのことでぐちぐちと悩んだ。

そんな悩みも少し落ち着いたころ、村上朝日堂管理者の方から一通のメールをもらった。

村上春樹さんの返事が届きましたので、転送いたします。

私は飛び上がらんばかりに喜び、どきどきしながら震える手でメールを開いた。

シンプルだけどわかりやすく思いやりのある文面

それは思ったよりも長い10行ほどの返信だった。
村上さんらしいシンプルだけれど明確で的確な言葉で書かれた思いやりのある文面だった。
そこには私のメールに対する共感とともに「書きたいことを過不足なく書けるようになるには、良い文章を読みこつこつ文章を書き続けるしかないみたいです」というような内容が書かれていた。
当たり前だけど、つい見失ってしまいがちなこと。村上さんのメールは私にそれを気づかせてくれた。

階段を一段飛ばしで駆け上がることはできない。うまくなるにはこつこつ続けるしかない。
いい表現が何も浮かばなくても、稚拙な文章に嫌気がさしても、頭をひねり続けるしかない。
いい文章が心の中にたまっていたら、ふとした拍子にうまい表現がおりてくることがあるはずだ。
私は村上さんのメールを何度も読みながらそう思った。

そしてもう一通メールを書く

さて、ここで話は終わりではない。村上さんからの返信にすっかり気を良くした私はもう一通メールを書いてみた。

村上さん、こんにちは。32歳主婦のリーと申します。
村上さんが、スガシカオさんの音楽を聞くということをエッセイで読みました。
アフターダークにも「バクダン・ジュース」が出てきましたよね?私も2,3ヶ月ほど前スガシカオさんのCDを買ってみました。
ハスキーな色っぽい声に魅かれました。
聞き始めると夢中になり、憑かれたように朝から晩まで聞きました。
けれど、そのうち彼の音楽をきくのがとても苦しくなってきました。
不安や、悩みの種のようなものがどんどんふくらんで気持ちがざわざわし始めるようになりました。
辛くて、苦しくて、その気持ちがやがて日常生活まで侵食してくるようにかんじました。
小説や映画でこれに近い体験をしたことはありましたがなんだか、痛みや苦しみや倦怠感がよりも肉体的だったのでびっくりしました。村上さんはスガさんの曲を聴いてそんな感覚になったことはありませんか?

性懲りもなくまたもや一晩寝かせずにメールを送信してしまった私。
村上さん相手に尊敬語を使っていない!しかも誤字あり!
今読み返しても冷や汗が出てしまう!

初めのメールは気負いがあり、かなり悩みながら書いたのだが、二度目はすんなりと頭に浮かんだことを書いた。
なんとなく返信がくるだろうという確信があり、やはり数週間後に返信がきた。

二度目のメールをいただいて

今度はそれほど長いメールではなかったが、そのメールには心をぱっと明るくさせる力があった。

内容の一部はこのようなものだ。
「そこがスガシカオさんの音楽のいいところです。あなたは彼の音楽を実に正統的に理解されているとぼくは思う。」

音楽の詳しいことは分からないながらも、村上さんに自分の感性を肯定されたような気持ちになった。
何度も何度もメールを読み返した。読み返すたびに私の中に不思議な力が湧いてくることに気づいた。
私はその力が何なのか、ふさわしい言葉を探してみた。
ありきたりな表現かもしれないが、一番近い言葉。
それは「自信」だ。

人の心を動かすメールを書く秘密

村上さんは読者のメール全てに目を通したそうだ。私はその誠実さに心うたれた。
このように人の心を動かすメールを書く秘密の一つは誠実さかもしれない。
きっと村上さんはこれまで自分や他人の心と誠実に向き合ってきたのだろう。

自身の心の内側を文章でわかりやすく伝えるのはとても難しい。
それが抽象的な心象風景ならばなおさらだ。

しかし言葉や音楽や美術で自分を表現することに近道はない。続けることだけがゴールに近づく唯一の方法だと信じている。
村上さんからのメールは「頑張ってください」という言葉で締めくくられていた。
私も村上さんのように誠実に自分の内面と向き合っていこうと思う。

自分の稚拙な文章に嫌気がさしても、頭をひねり続けていこうと思う。






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