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『ちびまる子ちゃん』作者に学ぶフラットな視点

漫画『ちびまる子ちゃん』の作者であるさくらももこさん初のエッセイシリーズとして知られる、『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』。いずれも累計発行部数100万部を超えるベストセラーです。

『もものかんづめ』の刊行は1991年で、なんと30年前。20代半ばですでに作家として成功をおさめている点もあらためて驚きですが、時を超えてこの3部作を読み返してみると、また違った発見がありました。

「メルヘン翁」(『もものかんづめ』より)

さくらももこ初のエッセイ『もものかんづめ』で最も有名なエピソードと言っても過言でないのがこの「メルヘン翁」。アニメでもおなじみの祖父・友蔵の葬式を題材にしたお話です。

『ちびまる子ちゃん』はエッセイ漫画と呼ばれており、基本的にはさくらももこ自身の実話がベースになっています。しかし、実際のおじいさんはアニメの友蔵とはかけ離れた人物だったらしく、さくらももこ自身も「爺さんの事は好きでなかった」と語っています。

「メルヘン翁」は友蔵氏が体をくねらせ、頬に手を当てた状態で棺に入れられた様子がメルヘン少女のようだったことから付けられたタイトルで、『青春と読書』という雑誌に掲載されました。

葬式の様子を面白おかしく書いたことが、見ようによっては死者を冒涜するように受け止められたのか、「身内の人のことをこんな風に書くなんてひどい、もう読みたくない」という手紙が編集部に届いたそうです。

しかし、彼女は次のように語っています。

“身内だから”とか“血がつながっているから”という事だけで愛情まで自動的に成立するかというと、全くそんな事はない。かえって血のつながりというものが、わずらわしい事である方が多いとすら思う。

例え血がつながっていても、あくまで他人同士。「父が嫌い」「母が嫌い」という人のことも否定せず、「その人の人生のことはその人にしか分からないし、その人個人の考えに他人が介入する余地はない」とメッセージを送っています。

エッセイでは苦情の手紙は「2〜3通」と書かれていますが、当時は今のように「毒親」という言葉はありませんし、身内を悪く言うことへの風当たりは、想像するよりもずっと強かったのではないかと思われます。

当時、家族に関する悩みを抱えていた人にとっては、きっと胸に届くものがあったのではないでしょうか。

「父ヒロシ」(『たいのおかしら』より)

そんなわけでまる子を溺愛する友蔵はさくらももこの理想も投影されたキャラクターですが、父ヒロシの人物像は、実物とかなり近いようです。

それがよくわかるのがエッセイ第3弾『たいのおかしら』(1993年)に掲載の「父ヒロシ」。ファンの間ではおなじみですが、父ヒロシの呑気でおおらかな人柄が伝わるお話です。

このなかで印象的な言葉のやり取りが、さくらももこが中学二年生のとき、地位と名誉をもつ友人の父親について話していたときのもの。

突然ヒロシは、ボソッと「おまえも、そういう父さんのところに生まれりゃよかったなぁ」とつぶやいた。私は、別にヒロシを気の毒に思ったわけでも何でもないが、「どこの父さんも同じだよ。うちのお父さんもあの子ンちのお父さんも、お父さんはお父さんだ」と言うと、ヒロシは今までに見たこともない様なうれしそうな顔をして「そうか」と言った。

アニメでは「なんでうちにはクーラーがないんだ」と言うまる子が母から「よそはよそ、うちはうち」とたしなめられる姿が印象的ですが、実際には今ある幸せをきちんと理解できる人だったんですね。

思春期は他人と自分とを比べやすく、また親に対する反抗心が芽生える時期です。そんななかでこの言葉はなかなか言えないんじゃないかと思いますし、親目線で読んでも心が温まるエピソードです。

「いさお君がいた日々」(『さるのこしかけ』より)

このように、さくらももこのエッセイでは「こうすべき」「こうでなければならない」というような表現がほとんどないことに気づきます。

そんな彼女の原点と思われるのが、『もものかんづめ』に続くシリーズ第2弾エッセイ『さるのこしかけ』(1992年)に収録された「いさお君がいた日々」。小学生時代に出会った特殊学級の少年との思い出を描いたお話です。

どんなときも中立的で、変わらぬ存在感を放ついさお君のことを「人として好きだった」と語るさくらももこ。

ニュートラルな感性で物事を映す心がいかに得がたいものか。彼はいつも全てに大してニュートラルなのだ。そこに彼の絶対的な存在感がある。(中略)…いさお君のエネルギーは私の中のどこかのチャンネルを回してくれたと確信している。

いさお君のことを笑うクラスメイトもいるなか、彼女はいさお君をとても尊いと思っていたそうです。

物事をあるがまま受け止め、判断することはそう簡単ではありません。でも、誰もが「できるならそうありたい」と思っているはず。心がすり減る毎日を送る人々にとって、なんとも言えない読後感に包まれるのがこの「いさお君がいた日々」です。

今も色褪せないさくらももこの初期エッセイ

日常のなんでもないできごとを、軽快な語り口と独自のエッセンスを入れて描いた作風が人気を集めたさくらももこ。類まれなユーモアだけでなく、少しの毒と、決して押し付けがましくないメッセージ性も魅力のひとつだったのではないでしょうか。

発売から約30年を経ても色褪せないエッセイシリーズ『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』。

変わらぬ名作として、次の世代にも受け継がれることでしょう。


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