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「50歳の息子を養う、80歳の母」複雑な課題の当事者を行政はどう支援できるか

行政の支援から漏れてしまう複雑な課題を抱える人たちがいる。例えば、「50歳のひきこもり状態の子供がいる、80歳のお母さん」はどこに相談をしたらよいのだろう?支援制度から外れてしまう当事者の困りごとに対応するために、厚生労働省が始めた事業が「重層的支援体制整備事業」だ。

リディラバは、10年前からスタディツアー等を通して地域の声を聴いてきた知見を活かして、本事業の調査に関わった。今回は調査の設計・実施を行った国司(くにし)に話を聞いた。

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国司言美(くにし・ことみ)
株式会社Ridilover 事業開発チーム所属。1991年生まれ、東京大学出身。日本政策投資銀行勤務を経て、2018年からリディラバに勤務。チームでは、省庁や自治体、企業と協業して、社会課題解決のための新事業立案に伴走する業務を担当。令和3年度、「重層的支援体制整備事業の促進に向けた多様な分野と連携した参加支援の在り方に関する調査研究事業」にてプロジェクトマネージャーを務める。

従来の制度では対応できない母子の課題

ー冒頭のケースについて、もっと詳しく聞かせてください!

例えば、「50歳のひきこもりの子供を養う80歳のお母さん」のケースの場合、お子さんが働けないというところも困難ですし、お母さんも高齢になっていて、自分自身の健康といったところにも不安を抱えていたりするんですよね。

でも、いざ役所に行ってみても、子供、障害、高齢者、はたまた生活保護といった従来の枠組みとはちょっと違うがゆえに、対応できる課が存在しない。しかも、いろいろな問題を同時に抱えてしまっているので、どこに助けを求めたらよいのかわからなくなってしまう。

これまでの福祉制度や政策は、住民が直面するであろう困難を、ある程度予測して生まれてきたという背景があり、対象者は、子供や高齢者、障害のある方といった、想像しやすい困難を抱える方になってしまいがちです。

冒頭のケースのような、既存の取り組みでは対応できない「狭間のニーズ」を持っている人は、支援を必要としているにも関わらず、複雑な課題であるがゆえに、行政として支援する体制がきちんと整っていないという課題があるんですよね。

ーそういったケースに対応するためにはじまったのが、「重層的支援体制整備事業」なのですよね?

そうですね。更に言うと、そうしたケースに対し、「地域」に光を当てることで対応できないかという考えで生まれた事業だと理解しています。この事業は「相談支援」「参加支援」「地域づくりに向けた支援」の3つで構成されています。

<重層的支援体制整備事業の3本の柱>

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役所の制度や政策からこぼれ落ちてしまう方々のための総合的な相談窓口をつくろうというのが「相談支援」、相談しておしまいではなく地域の団体やNPOにしっかり繋いでいこうというのが「参加支援」です。

冒頭の事例で言うと、自治体は「相談支援」として、80歳のお母さんが相談したりフラッと立ち寄れる相談窓口を立ち上げたりしています。「参加支援」では、役所の中に当事者や家族をサポートする制度や事業がない場合、例えば「地元のNPO法人がひきこもりの方の家族支援の会を運営しているから、相談に行ってみませんか」と、参加を促すイメージです。

そして、それらを行うためにも行政と地域の団体が協力し合える地域づくりをしようというのが「地域づくりに向けた支援」ですね。

希薄になった地域のつながりを取り戻すための「楽しさ」

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ー国司さんはこの事業の背景についてどう捉えていますか?

少し時代をさかのぼってみると、地域コミュニティに入るのが当たり前だった頃もあったと思うんですよね。それによって、地域の中で「助け合う」という文化が自然と根付き、行政が支援できない分を地域が補っていた部分があると思うんです。

でも最近は、地域コミュニティに入るのが当たり前ではなくなっている。そのことで、若い人を中心に個人主義が深まり、地域のために何かしたいという気持ちが育ちにくい環境になっていると思います。

そのこと自体は良い悪いで判断されるものではないですが、複雑な課題を抱える当事者を救うためには、もう一度「地域コミュニティ」に着目する必要があると思います。それが「重層的支援体制整備事業」になるのではないかと。

では、どのように助け合う地域をつくっていくのか。昔のように参加が当たり前ではなくなったからこそ、「楽しい」から参加し、結果として住民同士の交流が生まれたり、支援する側も当事者からパワーをもらったり、生きがいを持てたりするような仕組みづくりをすることが、これからの鍵になってくると感じています。

そのためにも、行政と地域が密に連携することが大切になってくると思います。リディラバとしても、今後地域のことを知ってもらう機会をつくっていきたいと感じています。

自治体が参考にできる手引きを作成し、全国のすべての自治体に配布

ーリディラバはこの事業にどういった関わりをしているのですか?

3つの支援のうちの「参加支援」の調査を1年かけて行いました。

「相談支援」の窓口はすでに取組のある自治体が多かったのですが、「参加支援」については令和3年に新しく創設されたということと、「自治体の特性に合わせてよい」という自由度の高い性質から、取組方針が決まっていない自治体も多いという実態があります。

自由度が高いということは、「自分たちで考えなければならない」ということ。自治体の担当者によっては、クリエイティビティが求められる場面に慣れていないこともあり、せっかく制度として予算がつくのに、活用できていないことが多い。

また、せっかく新しい取り組みを立ち上げようとしても、「これって参加支援って言えるのかな?」といったところで詰まってしまうこともあるんですよね。そのような状況から、自治体が「参加支援」を始めるにあたって参照できる事例集が必要とされていました。

そこで、すでに取り組んでいる自治体に、参加支援に関する課題のヒアリングを行ったり、その課題に合わせて有識者の方にご意見をいただいたり、自治体の好事例のポイントを整理したりして、手引きを作りました。

作成した手引きは全ての自治体に配布しました。オンラインでも公開し、全文無料でダウンロード可能な状態にしています。

社会課題調査のノウハウを転用し、課題や解決策の類型化に取り組む

ーなぜ、リディラバが調査に関わることになったのですか?

リディラバは12年以上に渡り、様々なNPOや地域と連携し、社会課題の現場と連携して事業を行なってきた団体です。そのため、制度にカチッと乗らないけど、素敵な取り組みをされている地域の団体や事例をたくさん知っているんですよね。

「参加支援」は、狭間のニーズを抱える地域住民の課題を、地域の団体や住民の力によって解決していく事業です。

そのような活動を類型化してまとめるという作業は今までやったことがありませんでしたが、地域にとって必要なことだと感じて、これまでの調査で培ってきた社会課題に関する分析・現場ヒアリングのノウハウを活かして、調査に挑戦してみようと思いました。

調査を進めていくと、世の中にある一般的な事例集は、事業概要や結果だけを書いているケースがすごく多いことに気がつきました。

確かに素晴らしい事例だというのはわかるのですが、それだけだと「うちの自治体じゃマネできそうもないね」と思われて、実践されないのではないかという印象を受けたんです。

今回の手引きでは、好事例には必ず事業のポイントや特色を入れるようにしています。他の自治体でもできるようなレベルで、なるべく具体的にヒアリングを行って、解決策や事業設計プロセスのどこを工夫したのか書き込んでいきました。

これまで地域のスーパーマンのような方がご自分のセンスと直感でやられてきたところを明文化できたのは、今回の事業の成果だと感じています。

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地域のプレイヤーと連携し、約270名が参加したセミナーを開催

ー手引き公開後にはイベントを実施したとも伺いました。どのような内容だったのでしょうか?

令和4年2月、株式会社ホルグと共催でオンラインセミナーを開催し、約270人の方にご参加いただきました。

手引きは全93ページとかなりボリュームがあるので、読み込むのも大変ではないのではないかと思い、内容について理解を深める機会を作ろうという意図で実施をしました。

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セミナーでは、実際に参加支援の取り組みをされている自治体の方々をお呼びして、取り組み内容をお話いただいたり、参加者からの質問に答えていただく場を設けたりしました。

事業実施プロセスやそもそもの当事者の方へのアウトリーチの方法、横断的な仕組みをつくるポイントといった細かい質問が出てきたのが非常によかったと感じました。イベント後にゲストと交流する参加者もおり、自治体や地域の方の課題感に寄り添うセミナーができたのかなと思っています。

参加支援を通して、複雑な課題を抱えていても生きやすい社会を

ー重層的支援体制整備事業に取り組む自治体が増えることで、「80歳のお母さんと50歳の子供」の課題も解決できる社会になっていくのでしょうか。

お母さん側のケアとして、「参加支援」を通して地域の有志の方や当事者の方がされている家族会につなぐという支援ができれば、気が楽になったり、自分と同じような境遇の人からヒントが得られるかもしれません。

また、ひきこもり状態にある方の中には、いきなりフルタイム就労は難しく、昼夜逆転を直すために1日数時間からできる仕事を探しているケースがあります。

「参加支援」を通して地域の事業者さんや農家さんなどに協力してもらい、そうした希望を叶えるマッチングができるようになるのではと思います。

例えば、長野県のある自治体では、市や社会福祉協議会の職員さんが1軒1軒農家さんをまわって、「短時間でもいいから仕事を切り出してくれませんか」とお願いをして、農家さんの仕事をひきこもりがちの方に紹介し、マッチングした事例があります。

うまく「参加支援」につなげられている自治体は、色々な課題の当事者の方々を救っていると思うんですよね。制度を活用する自治体を後押しすることで、複雑な課題を抱える人が生きやすい社会を実現したいと感じています。

地域の人にしかできないことを、後押しするための存在

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ー調査や手引きの作成を終えてみて、活用を広げるための次の課題はどういったものだと考えていますか?

まず、厚労省がこういった支援を掲げたということ自体が、とてもよいことだと思っています。活用する自治体を増やしていくためには、地域につなげるという考えを自治体が持ち、地域のつなぎ先リストをつくれるようになることがまずは大切だと思います。

地域のリストづくりを課題に感じている自治体が多いのですが、これはリディラバが代わりに行うことはできないんですよね。やはり、地域の人にしかできないと思うんです。

「その地域のここに住んでるんです」と言える距離感や、毎日顔を合わせられる地元の自治体職員だからこそ、説得ができる部分があると思います。

それでも、自治体の方ができるようになるためのサポートならきっとできると思います。より細かいガイドブックなどを作って口頭で伝えた方がわかりやすいのであれば、対面で研修を行うことも考えています。

リディラバの発信を通して制度を活用する自治体を増やし、結果的に救われる当事者が増えるといいなと思います。

「新しい形の参加」を含めた広報発信が次のミッション

ー今後の展望についてお聞かせください!

どうしても自治体が行う参加支援の事例となると、当事者の方が「対面で」地域の「居場所」のようなところに「参加」することを支援するといったイメージになりやすいところがありました。

一方、有識者会議で、ひきこもり支援をされている有識者の方に、「参加」の捉え方についてご指摘をいただくことがありました。

「例えば、ひきこもり状態にある方の中には、全然外に出てなくて誰とも関わってないけど、メルカリでせどりをやってる人もいる。そういう人は社会に参加してるわけですよね。

そういう参加をしてもらうために何をするべきかも考えなければいけないと思う。参加の定義をもっと広く考えた方がいいのではないか」というご意見をいただいたんです。

今回の調査ではその「新しい形の参加」の事例までは拾えませんでしたが、そういった対面にこだわらない「参加」の事例発信は別途していきたいと感じています。

来年度は「地域づくりに向けた支援」に関する調査の受託が決定しているので、引き続き、よりわかりやすい自治体への発信を目指していきたいと思っています。

ーありがとうございました!

(文章:藤原愛 / 編集:国司言美太田圭哉

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