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Vol.2 軍用から趣味車へ -CANIS KALAHARI-

カニス カラハリ

「何だ、この車は?」そう思った読者も多いだろう。私もその1人だ。

鋼板製のバスタブのような車体に細いタイヤ、宙ぶらりんに固定されたフロントウインドウ、軍用車両を思わせるつや消し仕上げのダークオリーブ。

この車は、1968年にフランスで実用的な小型車両として誕生し、1979年にフランス軍に正式承認された小型四輪駆動車「カラハリ」を、アメリカ有数のRV・SUVメーカーであるカニス社がライセンス生産し、手軽な趣味車として限定発売したモデルである。

基本的なスペック

販売期間:1968-1988年 (1980-1983年)

乗車定員:2〜4人

エンジン:空冷水平対向2気筒OHV 652cc 34馬力

駆動方式:前輪駆動 (四輪駆動)

変速機:4速MT (2速副変速機)

サスペンション:前輪リーディングアーム・後輪トレーリングアーム・4輪独立 横置コイルスプリングによる前後関連懸架

全長:3520mm

車両重量:525kg

最大積載量:400kg

※上記のスペックは全てベース車両のフランス製カラハリのもの。()は軍用仕様車のスペック。

↑[LSの街並みの中ではかなり浮くルックスである。都市部で乗り回すのは少々勇気が必要。]

一体、何者なのか

詳しい話に入る前に、一体この車が何者なのかを解説しないことには始まらない。

まず第一に、この車はカニス社が開発したものではない。ライセンス生産車である。

ベース車両はフランス軍の正式採用車両を目標に生産された小型四輪駆動車である。

開発当初は軍に見向きもされず、やむを得ず前輪駆動化やトランスミッションの変更などを経て市販化に着手する。

安価で手軽に乗り回せる小型車とあって、若者や車好きの趣味のセカンドカー、そして様々な業種の商用車としてそれなりに成功を収めたという。

市販仕様の最も注目すべきポイントはボディの材質。なんと鋼板ではなく、世界で初めてボディ全体がABS樹脂で形成されているのである。

傷がついてもサンドペーパーで磨けば直り、樹脂用スプレーで色の塗り替えも自宅で容易に行えるという衝撃のマテリアルチョイス。錆ないから、という理由で漁師の間でかなりの高評価を得たようだ。

↑[安価なため、当時は若者がファッション感覚で乗り回すことも多かった。樹脂用スプレーで自分好みの色に塗ることで個性を主張できたのも要因の一つだ。]

その後の1979年、ついに念願のフランス軍正式承認車両の座を勝ち取り、小規模の輸送任務や基地間の人員の移動、通信車両や看護車両としてフランス国内外で走り回り、「chameau(フランス語でラクダの意)」の愛称で親しまれた。

軍用車両と市民のセカンドカー、2つの顔を持つ非常に珍しい経歴の車である。

↑[ベース車両には存在しないカニス社オリジナルの大型の鋼管パイプ製グリルガード。野生動物との衝突事故の多いアメリカではポピュラーなパーツ。]

カニス社により北米上陸を果たす

フランス国内だけでなくヨーロッパ各地でセールス的に成功を収めたカラハリは、他の人気を得た欧州車と同様、北米への販路展開を目論んだのは言うまでもない。

しかし、北米の国土の広大さによる地域での気候の差や、欧州よりも遥かに長い連続航続距離、ユーザー間の自動車への保守的な趣向や車両登録規定を省みた結果(それを怠った同世代の欧州車達は皆北米市場に馴染めず苦戦を強いられている)、北米におけるRV・SUV系車両メーカーの最大手であるカニス社に、独自のテイストを加えた上での限定ライセンス生産を打診することを決意する。

これにより1984年、軍用カラハリをベースとし、カニス社の手による“アメリカンテイスト”を加えられた、アメリカ製カラハリが1300台限定で誕生することとなる。

↑[銃弾からエンジンや乗員を守るため、軍用車両はスペアタイヤが前方に取り付けられている場合が多い。ノーズにはカニスの文字とエンブレムが光る。]

実際に乗ってみた

先ずはいつも通りエクステリアを見ていこう。

とにかく無骨で、それでいてキュートな不思議なデザイン。カニス社がライセンス生産する際に装着したオリジナルデザインの鋼管パイプ製グリルガードが、より一層アンバランスさを強調し、記憶に残る印象的なルックスに仕上がっている。好き嫌いの分かれそうなモノだが、好きな人はかなり気に入るはずだ。

↑[無駄なものが一切無いインテリア。軍用車両らしく乗降性が重視されており、足元は凹凸もなく車格の割に広々としている。]
↑[そのまま鉄板をはめ込んだような簡素なドア。初期型のカラハリにはドアが存在せず、装着された後のモデルでも自分の手でドアを取り外すオーナーも多かった。]
↑[ほんの僅かながらリクライニングできるようにシート後部にスペースが設けられている。リクライニングシートももちろんカニス社オリジナル。]


↑[専用のピラーを装着すれば、着脱式の合成繊維製の幌をかける事ができる。フランス製カラハリはこれがコットンの幌だというから驚きだ。]

エンジンをかける。水平対向2気筒のエンジンは、細かい数回の破裂音を響かせて始動し、節々をガタピシ言わせながら小刻みに車体が振動する。同時に車内にガスの匂いが漂う。旧型のバイクを思わせるような、愛想のいい対応だ。古い車はこうでないと。

床ではなくセンターコンソール下から伸びるシフトレバーとサイドブレーキ。

サイドブレーキは手前に引いてON、もう一度引いてOFFという操作方法。まるでピンボールのボールを打ち出すレバーのようだ。この“オモチャ感”がたまらない。

クラッシュを踏み込み、ミートを探す。踏んだ感触はかなり軽い。ポイントもシビアすぎることはなく、スムーズに繋がりそうだ。それでは発進しよう。

↑[北米での販売にあたり、州によって異なる車両登録規定を全てクリアするため、カニス社によって取り付けらた触媒付きエキゾースト。同社の既製の車両用の物を取り付けているため、車格に対しかなりアンバランスなサイズである。]

バタバタバタと軽快な音を響かせながら加速していく。クラッチを踏み、2速へ。「ガッコン!」という音と共に、フライホイールが繋がる感触が太ももから伝わってくる。

カラハリの公称最高速度は時速95km(約60mile)前後だという。その気になれば、フリーウェイをかっ飛ばすことも無理な話ではない。

──勇気を出して、フリーウェイに足を踏み入れた。

折りたたみ式のフロントウインドウのヒンジがガタガタと音を立てる。自転車より細いタイヤは路面の凹凸をダイレクトにサスペンションに伝え、旧式のそれらは余計な振動を足してドライバーに投げつけてくる。

小さなエンジンは限界まで力を振り絞り、喉から絞り出された悲鳴のようなエンジン音を上げる。助手席に座るパートナーがいるなら、まず会話などできないだろう。

4速に入れ、スピードメーターは70km台を差した辺りでアクセルを踏み込むのを止めた。水温計は尋常ではない数値を差している。危うくオーバーヒートさせるところだった…

オフロードへ

さて、次は軍用車両らしく悪路を走ってみようと思う。

フリーウェイでの頼りなさとは一転。この車が軍用を念頭に開発されたことを、はっきりと思い知らされる。

何度も繰り返すが、この車格にして れっきとした四輪駆動車。たった500kg弱の軽量な車体に、34馬力のエンジンは必要十分。シビアすぎないクラッチの味付けも相まって、非常に軽快に山道を走る。

↑[実際の戦場で培った信頼と実績。無造作にうねる悪路を、まるでボートで川を下るようにスイスイ走り抜ける。ああ、楽しい…]

自動車の電子化や安全性の追求著しい今の時代に、あえてエアコンもパワーウィンドウも窓も屋根もない簡素な小型車をセカンドカーに選ぶのは、大きなバイクやATVや水上バイクを所有するような事と何ら変わりなく、少し歩きにくい洒落た靴を涼しい顔で履きこなすような“粋”なチョイスだと感じた。


フランス生まれの小さなラクダは、今も一部のゲテモノ好きカーマニア達の心を満たしている──。

ほっとけない存在の、一筋縄ではいかない不思議な魅力に満ちたこの車は、驚くことにまだ新車で手に入れることができる…!というのも、フランス本土に「CLUB KALAHARI」というカラハリ専門の会社が存在し、世界中から寄せられるレストアの注文と共に、新車の受注生産を行っていると言うのだ。

ペット感覚で所有できる新しいパートナーをお探しの読者諸氏、一度調べてみることをオススメしたい。


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