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プチ贅沢な誕生日も悪くない



夏なんか嫌いだ。子供の頃はあの自由な夏休みが大好きで毎日誰かと一緒に遊んだり、地元のお祭りやプールなどにも行っていたくらい、外にいる時間のが多かった。だが、いつのまにかそんなのもなくなって、夏が一番ただ暑いだけでうっとうしいだけの嫌な季節となっていた。もし、1分以内に夏が嫌いな理由を10個あげて答えてみよと言われても、子供の頃の私なら困るであろうことが、今の大人になった私には迷いもせずに答えられる気がする。

そんなことを考えながら、私は炎天下の太陽に照らされたアスファルトの道を歩く。誕生日だからと久々に履いてみた慣れないヒールだからか、余計に足に気をつけているせいか、冷や汗もかく。歩いている自分自身が鉄板の上でじわじわと焼かれている肉になったのではないかというくらい、焼けるような暑さを肌で感じている。このどうしようもない暑さには勝てそうにない。それでも暑い夏が好きだという人間は、どういう神経をしているのか。今、履いているヒールを武器にして問い詰めてみたい。

スマホの地図アプリが目的地付近に到着したと表示していた。

「ここがか。」

そこはネットカフェ。
最近になってできたばかりの完全個室でオートロック付きのものだ。


数日前、友達から「少し早いけど、お誕生日おめでとう!」と言われ、自分の誕生日がそろそろだということに気づく。
「誕生日って、プチ贅沢したくなるよね。いつもは買わない高級アイスとかをたくさん買ったりして、そんでもって自分のプレゼントもちゃっかり用意してさ。人に祝って貰うのもいいけど、申し訳なくてさ。だから、誕生日にいつもと違うことを一人でするの。かなりおすすめだよ。意外といいよ〜、あははは。」と、笑っている友達。そこから浮かんだプチ贅沢な私の誕生日の計画。大人になると、ただ年を重ねる日しか思わなくなり、特別に誕生日だからと祝おうとか考えなくなる。けれども、今年はその誕生日をあえて意識して過ごそうと誕生日を楽しそうに過ごしている友達の話を聞いて思った。そうして考えた友達おすすめのプチ贅沢な誕生日が、このネットカフェでだらだら過ごすことであった。


受付カウンターに着き、「初めてのご利用ですか?」と店員に聞かれる。「そうです。」と答えてから、言われた通りに運転免許証やらを見せたりして受付を済ませていたら、前まで歩いていたアスファルトの道とは違う空気を全身でじわじわと私の身体にスッと入ってくる。クーラーが効いたこの快適な空間に熱くなった私の身体を任せていいだろうか。

ルームキーを受付の人からいただいて、私の個室に入る。ヒールを投げるような気持ちで脱ぎ、靴擦れができてしまった箇所にポーチの中に入っている絆創膏を貼る。去年の夏、従姉妹の結婚式があったからと百貨店で買ったおしゃれなヒールだが、あれから誕生日の今日まで一度も履いてない。1年ほど前には百貨店で飾られていたヒールが、今はネットカフェ専用のルームスリッパの隣にいる。なんだか面白い。思わず、スマホのカメラに収めてみる。何度見ても面白い。この面白さは今日が誕生日の私しかわからないだろう。

ルームキーを持ちながら、ネットカフェ専用のルームスリッパを履き、適当に選んだ漫画3冊とドリンクバーの飲み物を個室に次々と運んでいく。この姿で歩いていると、ネットカフェの住人になったかのようだ。


個室に戻ると、そこは私だけの世界。適当にとってきた漫画のページをめくってみる。ネットカフェにある漫画が全て読み放題と言われると、普段は漫画をあまり読まない人間でもなぜか無駄に読んでしまう。昔はよく漫画を読んでいたが、最近は時間がないのかわからないが、あまり読まなくなってしまった。久しぶりに漫画を読んだせいなのか、漫画を読むことが楽しくて仕方がなく感じる。そのうち読んでいるものから好きな漫画が見つかって、その漫画が来月発売される次巻で完結らしい情報をネットで得る。誕生日で浮かれているせいなのかわからないが、その場の勢いで気に入った漫画をポチッとオンラインショップのカートに入れておく。

そんなことをしていたら、目が疲れてきた。どうやら、子供の頃のように無我夢中で読むことは大人には難しいのか、それとも前日の仕事の疲れが残っているのか。とりあえず、横になってみようと思った。最悪の場合を想定してアラームをセットして。普段はなかなか聴かないが誕生日だからと、癒しの音楽をイヤホンで聴いて横になる。


波の音が、イヤホンから流れてくる。そういえば、小学校の頃に「夏休みなのに家族で夏休みらしいことをしてない!」と、駄々こねたのがキッカケで、親に水族館へ連れて行ってもらったなと、ふと思い出す。あの時の水族館で何を見たかったのかはもう忘れてしまったが、鞄の中にある家の鍵についたイルカのキーホルダー。たしか、そのキーホルダーはそのとき行った水族館のお土産で買ったものだ。少し記憶の奥底に眠っていたものが、ふと出てくる誕生日。


すると、アラームのバイブ音が鳴った。どうやら、思い出に浸りながら、いつの間にか寝ていたらしい。おかげで身体がなんとなく軽い。イヤホンをかばんに入れ、漫画を片付けて。横になって乱れた髪の毛をトイレ行くついでに整えて。ルームスリッパからヒールになり、私は外の世界へ出る。


最寄りの駅に着く頃には街は夜になっていた。「今年の誕生日はプチ贅沢に過ごせたな。」と充実感を感じながら、家に着く。片方の手にはこれから飲むキリンラガービールが今か今かと出番を待っている。誕生日をこんなに意識して過ごすのも悪くないなと思いながら、まだまだプチ贅沢な誕生日は続く。


(※これは、小説です。初めて書いてみました。読んでくださり、ありがとうございます。)

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