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Vtuberにハマる人たちの気持ちが分かった気がする

最近Vtuberにハマっている。きっかけは就活の現実逃避だ。周りの同級生がインターンだのなんだのガツガツしている中、俺は逃げるようにネットサーフィンを続けていた。そんな時、とあるVtuberが龍が如くの実況をしているのがおすすめに出てきたので見始めたのがきっかけだった。

そのVtuberは登録者約40万人(現時点)で人気ではあるがトップ層というほどでもない。だがゲームのチョイスと声がわざとらしくないのと楽しそうにプレイしている姿を好きになり見始めるようになった。

Vtuberってこんな感じなんだ

Vtuberを見てみて感じたことがいくつかある。まず彼ら彼女らの配信は数時間が当たり前である。10分の動画すらまともに見られない俺にとってこんなの見れるわけないだろというのが最初の感想であった。

しかしハマってしまえば自然と何時間でも見られるのだ。配信が始まりじっと見ていたら気が付けば何時間も経っている。バイトの時とかもこれくらいすんなり時間が進んでくれればいいのだが。

次に配信においても様々なタイプがいるということだ。以前の俺はVtuberに関してスパチャをとことん絞り上げるイメージで見ていた。もちろんそういう人もいるがスパチャを全く読み上げない人もいる。それはスパチャをねだらないことで金にがめつくない、視聴者を金づるとして見ていないというイメージ戦略なのかもしれない。

最後に配信者と視聴者の距離感が近いという事である。例えばとあるトップVtuberは男勝りなことを売りにしておりたまに女の子らしい猫なで声を出すと「きっつ」というコメントが飛び交い、それに対しキレるという流れがお決まりとなっている。かつてのAKBのような「会える」という訳ではないが配信者と視聴者の間に明確な力関係が存在せずフランクな感じになっているというのも特徴だろう。

Vtuberは現代の電子麻薬である

さて、本題に入ろう。どうして俺はVtuberにハマったのか。どうしてハマった人の気持ちが分かったのか。それはVtuberは怠惰な現代人がハマる要素しか無いからだ。

基本的に受け身な人間がハマるものと言ったらゲームやアニメなどのオタク趣味だ。なぜなら家にいて大してお金をかけずにできるから。それらのコンテンツを楽しむために人間関係を形成する必要も無くボーっとしてても楽しめるからだ。同様の理由でインターネット上のコンテンツも同じだ。他にやることが無いからとりあえずサーフィンや登山やってみようという人間はいないだろう。

楽しみたいがそのための努力をしたくない人間にVtuberというコンテンツはこれ以上なくマッチする。何もしなくても向こうが配信を始めてくれてリアルタイムに空間を共有できる。配信が終われば関係はきっぱり途切れ「楽しかった」という記憶だけが残る。

要は人間関係の楽しいとこだけを疑似的に「つまみ食い」しているのだ。もちろんきちんとした関係ではない。そもそも配信者と視聴者でしかないので関わりがあるのかすら怪しい。だが繋がっているような「感覚」に陥る。

孤独の問題の本質

先日、20代独身男性の4割はデート経験なしというニュースが話題になった。

このニュースは各種メディアやSNSで取り上げられ話題になった。その中で「金が無いからデートができない」という意見が多々見られたがこれは見当違いだと思う。多分20代になってもデートすらしたことのない人間は金を持った所で自分のためにしか使わない。

友人がいないなどの問題にしても様々な理由はあるにせよ多くは「人間関係の構築を怠っている」ケースであるのではないか。

他人と関わることは良いことばかりではない。もちろんトラブルや争いごとの原因にもなるし、それによって自身のメンタルが大きく狂うことだってある。でもその良いも悪いも含めての人間関係だ。人間は他者と交流することが最大の強みなのでそうして協力したり敵対したりして進化してきた。

しかし娯楽が増えすぎた結果、他者と関わらなくても何とかなってしまうようになった。普通の人間がリアルで他人と交流し得るような充足感を疑似的に得られるようになった。

昔ネットの書き込みで「女性声優やVtuberはそれらを応援するオタクにとっての女友達の代わり」というものを見た。

俺自身女友達どころか同性の友達すら数えるほどしかいないので何となくわかる。

あだ名で呼んだりコメント欄で軽口を言い合ったりするのは普通の人間が現実世界で女友達としていることを疑似的に体験しているのだ。

岡田斗司夫は若者の恋愛離れについて現代における無料コンテンツの増加を挙げ、そうしたコンテンツをかつてイギリスが中国に持ち込んだ麻薬「アヘン」に例えている。

今の日本っていうのは、昔はアヘンが有料だったじゃん。アヘンが有料だったからせめてアヘンを入手するための金稼がなくちゃだったんだ。今僕らはアヘンが無料だから、アヘンを楽しむために時間を作り出すために何かしなきゃいけない。 【覚悟せよ】僕は知ってる。無料コンテンツで大量の快楽を浴び続ける恐ろしさを。【岡田斗司夫/切り抜き】より

だからこそ面倒くさがりな人たちは受け身で楽しめるコンテンツにどっぷり浸かり、更にあらゆることを面倒くさがるようになる。

そうした人間が時間を捧げるのにVtuberはこれ以上なくマッチしている。広告収入やスーパーチャットが存在する今、「時は金なり」という言葉は本来の意味とは違った解釈で真理となっているのだ。

自分の人生を生きよう

もちろんこれは全員には当てはまらない。「自分には友達も恋人もいる」という人もいるだろう。だがそうであろうと受け身でできる趣味というのはハマる人が多い。今の子どもにほしいものを買い与え、特に何も制限せずに育てるとゲームやアニメにハマる子が多いのではないだろうか。

これらの趣味が悪いとは言わないが、何事もやりすぎは良くない。これは自らへの戒めでもあるのだが、自分の人生の責任は自分にしか無いので自分のために使う時間を作ろう。ゲームとかしてて何時間も経ってた時の喪失感半端ないしね。

これくらいESもすらすら書けたらいいんですけどね(白目)。

それはそうと壱百満天原サロメかわいい

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