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学振申請書を書くときに意識すべきポイントまとめ

こんにちは。東京大学の山野弘樹です。

本日お伝えするのは、「学振申請書を書くときに意識すべきポイントとは?」という内容です。(本音を言うと、「“絶対に”意識すべきポイント」と書きたかったくらいです。)

学振の「情報格差」問題

正直なところ、学振は本当に「情報格差」が凄まじいことになっていて、某大学教授も「受かりやすい申請書の書き方(フォーマット)を知っているか否かだ」、「私が一筆入れるだけで採択率は大きく変わる」と述べておられたように、「知っていること」が絶対的に有利な世界になってしまっています。

私の所属する研究室はその「間」といったところで、東京大学自体はおそらく学振対策を研究室単位で行うところが多いのかな? という印象があるのですが、私がいる研究室は「縦」の繋がりがそこまで強いところではないので、学振の情報は散逸しがちであった印象があります。

情報を知っているか否かで、採択率が大きく変わってしまう。

こうした状況はどうなのか? と思い立って書いたのが、4月19日に行った次のツイートです。


「情報格差」を少しでも是正したい

学振シーズンですね。
今、多くの大学院生が「日本学術振興会特別研究員」に採択されるべく、申請書を執筆されていると思います。
そこで、これまで複数の研究計画書(学振・助成金等)や出版企画書(講談社等)を通していただいた身として、いくつかコツ(意識すべき点)を書いていきたいと思います。(8:25 PM · Apr 19, 2022· Twitter for iPhone)

このツイートを皮切りに、私は学振申請書を書く際に(ほとんどマストで)意識すべきポイントについて投稿していきました。(「出版企画書」というのは、講談社現代新書の企画会議で通していただいた拙著『独学の思考法』の出版企画書を指しています。)

今回のnote記事は、そのときに書いた文章を一つにまとめて、読みやすくしたバージョンです。学振に挑戦される際には、まずここで書いた“六つのポイント”について理解されてから書き出されることをお勧めいたします。

それでは書いていきます。


①アクチュアリティ

これは日本哲学会のワークショップ「査読に通る論文の書き方」でも強調されていた点ですが、「アクチュアリティ」は極めて重要な項目だと思います。
これは学振の申請書で言うと、「【研究計画】(2)③」に書かれている「本研究の完成時に予想されるインパクト、将来の見通し等」で求められている要素です。

これまで数多くの申請書の添削を依頼されてきたのですが(現在は引き受けておりません)、ここの項目で「この分野で新たな解釈を打ち出すことができる」「隣接分野にも影響を与えることができる」くらいの内容で留めてしまっている方が多いなという印象でした。

ですがここでは、「この研究が進展した暁には、次のような社会的インパクトが予想される」くらいのことを考えるべきかと思います。「インパクト」について書くのですから、それが「一分野」の中だけに留まるのではなく、アカデミズムの垣根をも超えて、幅広く社会に何らかの影響を及ぼしうる……という長期的な展望を持つことが大事だと思います。

もちろん、曖昧に「広い意味で社会にも影響を与えるだろう」と書いても説得力は皆無ですから、“これまで申請書に書いてきた内容が具体的にどのような形で社会の維持や改善に貢献しうるのか” ということを具体的に書くことが必要不可欠だと思います。

もちろん、研究者の方の中で「アクチュアリティなんてものを考える必要はない」、「俺はアクチュアリティという言葉が嫌いだ」というご意見を持っている方々がおられることも知っています。
(二つ目の言葉は僕が修士一年の時にとある先輩から直接言われたものです。)

ですが、申請書を読んでいただいた先生から、「学振の研究員に払われるお金は国民の血税である。だから、その研究成果が社会に還元されるような研究計画を練らないといけない」と言われたときに、僕は初めて上述したような意味での「アクチュアリティ」を考える重要性を理解しました。

もちろん、あまりに細かい内容を研究していく予定である為、その研究内容と社会との繋がりが一件見出しづらいような研究もあるでしょう。ですが、いかに基礎的な研究であったとしても、それが実社会の何らかの分野に応用される可能性が一切ないということはないはずです。

このような意味での「アクチュアリティ」を見失わないように申請書を書くと、より説得的な文面を作成することができるかもしれません。


②問題意識

これは基本中の基本と言われてしまいそうですが、基本なのであればこそ、特に大事にすべき要素の一つだと思います。
これは【研究計画】(1)「研究の位置づけ」で求められる要素です。
申請書を書くときには、「なんでこの研究をする必要があるんだろう?」という質問に答えられるように書く必要があります。(それに答えられないと、「じゃあ別に学振研究員に採択する必要はない=個人的に研究をすればいい」と判断されてしまうからです。)
「○○だからこそ、この研究は必要なのである」ということを、読み手に理解してもらわなければなりません。

こうした「研究の必然性」を理解してもらうために明示しなければいけないのが、「問題意識」です。
問題意識の部分が曖昧だったり、どこか誤魔化すような書き方をしてしまうと、その研究を遂行する必然性への信頼が著しく損なわれてしまいます。
しかも「問題意識」は申請書の冒頭で書くものですので、この点がハッキリ書けないと(最初からマイナス印象を持たれてしまうという意味で)著しく不利になってしまいます。

それでは、どうすれば「問題意識」を相手に伝えられるのか?
ここで必要なのは、次の要素を具体的に示すことだと思います。すなわち、A. 「社会的問題」B. 「先行研究の整理」です。

(A)社会的問題
これは①「アクチュアリティ」で説明した点と重複するのですが、「今日、~~という問題に取り組むことが急務となっている」という仕方で、申請書に書かれた研究内容が広い意味で社会的な問題と接続されていることを示すべきだと思います。ただ、そんなに長く書く必要も無くて、おそらく3行前後でまとめるのがちょうどいいかと思います。ここでも、「研究をするときに社会的問題など一切考えなくてよい」という立場の方が出てくると思いますし、私も「研究をする時に“常に”社会との接続を考えるべき」とは言わないのですが、とはいえ、「社会との接続が一切語られない研究の意義は非常に狭く見られがち」というのも、また一つの事実だと思います。

(B)先行研究の整理
そして、社会的問題との関連を示した後に書く必要があるのが「先行研究の整理」です。学問の蓄積は巨大なので、どのような分野であっても、すでに直接・間接に学術研究の蓄積があります。
そして、もし仮に先行研究が「完璧なもの」であったならば、もうそこに新しい研究を付け加える必要は無いのです。
ですが、先行研究というものは(たとえそれがどれだけ堅牢な牙城のように見えたとしても)何らかの観点やアプローチにおいて乗り越えることが可能なものです。(先行研究が乗り越えられないとただの「勉強ノート」になってしまいます。)

ですので、例えば「~~の問題について、従来の研究においてはAとBの解決策が出されてきた。しかし本研究においてはXの議論を導入することで、新たにCの解決策を打ち出すことを試みる」といった形で、「先行研究との距離感」を具体的に示すことが重要になります。

「先行研究との距離感」を整理するのは本当に重要で、もしもここで距離感が近すぎてしまうと、「じゃあ新しい研究をする必要は無いのでは?」と思われてしまいますし、ここで距離感が離れすぎてしまうと、「この研究は一体何に基づいているのか?」と思われてしまいます。先ほどの(A)「社会的問題」が3行前後なら、この(B)「先行研究の整理」は、複数の文献名を挙げつつ二段落~三段落くらいの分量をかけてしっかりと書いていく必要があると思います。

そしておそらく、(A)「社会的問題」と(B)「先行研究の整理」の二点をしっかりまとめることができたならば、申請書で問われている「当該分野の状況や課題等の背景、並びに本研究計画の着想に至った経緯」についてもよどみない仕方で書くことができるようになるはずです。

(逆に言うと、この「背景」や「経緯」の説明に詰まってしまうときは、前述した「社会的問題」や「先行研究の整理」がまだ自覚的に理解されていないのだと思います。)
この他にも②「問題意識」を具体化する要素はあるかもしれませんが、さしあたりこの二点を今回はご紹介させていただきました。

申請書の書き出しは本当に重要です。
最初のページが読みにくいと、それだけで「不採択」の書類に振り分けられる可能性さえある(その後逆転する可能性はあまり高くない)そうですので、ぜひ「研究の必然性」を伝えられるような文章を考えてみてください。


③専門用語を専門用語で説明しない

これはよく勉強されている方ほど陥りやすい状態だと思います。学振は短い行数で圧縮した情報を記載しなければならないので、つい「専門家の目から見て全く隙の無い説明」“だけ”を目指してしまいがちです。

もちろん、専門家の目から見て穴だらけの説明をしてしまっては、間違いなく落ちてしまうでしょう。
ですが、ここで言いたいのは、「専門用語で固めた高密度の文章で説明をすること」を心掛ける“だけ”では、やはり学振の審査で落ちてしまう可能性が高くなってしまうであろうということです。

このとき、「なぜ専門家の目から見て一切隙が無い文章を目指すことがマイナス評価に繋がるのか?」と疑問に思われる方も多いと思います。この点、私も指導教員から何十回も注意を受けた点であり、かつ学振に複数回落ちてしまった先輩からいただいた助言でもあるので、丁寧に説明していきたいと思います。

「専門家の目から見て一切ツッコまれない説明をする」、その理念自体は絶対的に必要なものであり、その価値は全く損なわれることはありません。
ですが、それ“だけ”を心掛けてしまうと、多くの人が陥りがちな状況があります。
それが「専門用語を専門用語で説明してしまう」という状況です。

ここでは「専門用語」という言葉で、「通常の言葉の意味で理解することはできず(あるいはそうした場合、深刻な読み間違えをしてしまうので)、然るべき知識を補わなければ適切に理解することができない単語・言い回し」という意味合いをさしあたり表しています。

例えばポール・リクールという哲学者の場合、「ミメーシス」、「再形象化」、「テクスト世界」、「自己」、「自我」、このへんはすべて「専門用語」です。
日常的・常識的に“おおむね”理解できない単語は、何らかの意味で専門性を有した言葉であると(さしあたり)言うことができるでしょう。

そして、「専門用語を専門用語で説明する」とは、例えば次のような事態です。

「『時間と物語』における「ミメーシス」とは世界と自己の再形象化の働きのことを指し、リクールはこの解釈学的概念によって、テクスト世界の読解を通じた〈自我から自己への変容〉という事態を描き出している。」

上述したような説明は、確かに「専門家の目から見て全く隙の無い説明」にはなっています。なぜならリクールの専門家は、「再形象化」・「テクスト世界」・「自己」・「自我」といった概念の意味をすでに知っているので、自分でその中身を補填して読むことができるからです。

ですが、リクールについてそこまで詳しいわけではない方が上述の説明を見たら、どうなるでしょうか?
当然、前提知識を補いながら読むことができないので、「何を言っているのかよく分からない」、「こういうふうに補いながら理解してよいものかそもそも分からない」という状態になってしまいます。

そして、学振の審査員の先生方は恐ろしい激務の中で時間を割いて膨大な数の申請書を読んでくださっているわけですから、そこからさらに「この申請書のために、該当する文献を読んで勉強しよう」とはならないわけです。(査読のプロセスでさえ、そうした過程は査読者の先生の負担になると思われます。)

結果どうなるかというと、前提知識が無いと内容を具体的に理解することのできない文章を読むことはできませんから、そうした申請書は、いかに専門家の目から見て隙の無いものであったとしても、おそらく通ることは難しくなるだろうと思います。(端的に読み手に内容を伝えられていないからです。)

ですので、意識すべき点としては、「専門用語を専門用語で説明する」ということが起こっていないかということをチェックすることだと思います。厳密さ“だけ”を考慮すればすべての説明を専門用語で固めるのが一番なのですが、相手に情報が伝わらなければそもそも意味がないというジレンマがあります。

なので、緩すぎず、かといって常識的な理解から大きく離れることもない日常的な言葉や表現を使って、適宜専門用語や通説の説明を行っていくことが求められています。
これは本当にケースバイケースなのでバランスが難しいのですが、少なくとも「専門家しか読めない」文章が通ることはないと思います。

そもそも学振の審査は、「必ずしも自分の専門に合致する先生たちだけが読んでくださるわけではない」のです。自分の専門分野をよく知らない方の手に申請書が渡る可能性は低くありません。そうした方に向けて、readabilityの高い文章を書くことが必要となります。

ですので、申請書が一度書けたら、あえて専門外の方に読んでもらって、「そもそも内容や研究の意義を読み取ってもらえるか」ということについてコメントをいただくと良いと思います。それだけで「専門用語理解のフィルター」をかけていたときには全く見えなかった問題点がいくつも見えてくるはずです。

研究は一人ではできませんが、申請書を書く時も同様だと思います。
「専門用語を一般の言葉に開く」ということは非常に大変な作業の一つですが、そうした力を鍛えていくと、その先にある「アウトリーチ活動」のときに「語り口」を工夫できるようになるので、この機会にぜひ訓練なさってみてください。


④「研究計画」をいかにまとめるか

これは学振申請書を書くときに最も難しい問題だと思います。「研究計画」は申請書において言わば「命」なので、ここに不備があると何を書いても採択されません。(「不備がある」とは、具体的な研究内容や、それをする理由や意義が相手に伝わらない状態を指します)

しかも「どのような研究計画が望ましいのか?」というのは、その申請書の研究テーマや先行研究の状況などによって大きく左右されてしまうので、なかなか一般的なアドバイスもできません。
ですが、研究計画をまとめるときに有用な視座はいくつかあると思いますので、それについて書こうと思います。

【研究計画】(2) 研究目的・内容等
① 特別研究員として取り組む研究計画における研究目的、研究方法、研究内容について記入してください。
② どのような計画で、何を、どこまで明らかにしようとするのか、具体的に記入してください。


これは、申請書(DC)の4~5頁で記載が求められています。

この執筆欄は文字数も多いので、何も考えずに書き出してしまうと、枠を埋めることができなかったり、ダラダラと冗長な文章を書いてしまいがちです。
それでは、どのようなことを心がければ締まりのある体系的な文章を書くことができるのか。
それは「“目次”に沿って書くイメージを持つ」ことです。

研究計画の(2)を書き出す前に心掛けるべき点としてまずお勧めできるのは、「自分の今後3年間の研究成果を本にまとめるとしたら、どのような目次(どのような順序)で著作をまとめるか?」を考えるということです。
要は「研究計画」を書き出す前に、「目次作り」をまず先にすべきということですね。

一冊の本を書くというとき、思いついた順番で書いてしまうのは望ましくありません(詩など、例外はあるかもしれません)。
そして目次を考えるのは相当大変です。「この話をするために、第一章の段階でこの話をしておかなきゃいけなくて……」などと、目次の進行の順番には「必然性」が求められます。

逆に言えば、論理的に必然的な順序を持った「目次」を作成することができれば、それは「説得的な研究計画」のアウトライン(概要)を作ることができたことを意味します。
そして、こうした「研究計画の目次」の中身を具体的に書く形で、実際に申請書の「研究計画」(2)の欄を記入していくのです。

例えば全三章(かつ各章が三節構造)の目次を作成できたなら、それをそのまま研究計画の中に「A. リクール哲学における反省哲学の系譜 (1)ジャン・ナベールにおける「悪」論の影響」……という風に書いて、その内容を続けて書いていけば良いのです。
(この例であれば、「A」が章、「(1)」が節に該当しています。)

ここで伝えたかったことは、「研究計画をいきなり書き出してはいけない」ということです。ちょっと大げさに書きますが、「目次」(つまりストラクチャー)を体系的にまとめてからでないと、説得的かつ読みやすい文章をこの欄で書くことはほとんど不可能だと思っています。(少なくとも僕には無理です)

(2) 研究目的・内容等
① 特別研究員として取り組む研究計画における研究目的、研究方法、研究内容について記入してください。
② どのような計画で、何を、どこまで明らかにしようとするのか、具体的に記入してください。

↑これを書くことを要求されているので、①において「各章のアウトライン」を書いて、②において「各章の内容の具体的な説明」を書くように意識するとちょうどいいかと思います。
(※ちなみに③の欄についてはすでに「アクチュアリティ」の重要性を説明した時に解説を行いました。)

「学振」については色々な意見が寄せられています。「酷すぎる」というツイートも見ました。
ですが、これほどまでの水準で文章を丁寧に書くという訓練ができたことは、少なくとも私にとってはかけがえのない財産となりました。
仮に通らなかったとしても、今後の研究方針を考えることは大学院の世界を生き抜く上で重要なことですし、相手に伝わりやすい専門的な文章を書く訓練ができると、そのまま査読論文執筆に直結するスキルを獲得することができると思います。


⑤研究遂行力の伝え方

4.【研究遂行力の自己分析】
本申請書記載の研究計画を含め、当該分野における(1)「研究に関する自身の強み」及び(2)「今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素」のそれぞれについて、これまで携わった研究活動における経験などを踏まえ、具体的に記入してください。


これが申請書の7~8頁記載が求められている内容です。
元々僕が学振DC1を提出した年(四年前)では、ここは4.【研究成果等】という項目を書く箇所になっていて、そこでは
(1) 論文、著書
(2) 学術雑誌等又は商業誌における解説、総説
(3) 国際会議における発表
(4) 国内学会・シンポジウム等における発表
(5) 特許等
…………の五つを書くことになっていました(もちろんすべて「査読」の有無を書きます)。
それまでは業績一覧を列挙するだけで済んだのですが、フォーマットが変更されてからは “「これまでの研究活動」から申請者の研究遂行能力を論証する” という趣旨の箇所に代わっています。

この箇所の変更について批判も多いですが、私は逆にこうした変更点を活かせる記述ができると思っています。
なぜなら4の箇所は、それまでのフォーマットでは「業績がない人は埋めようがない箇所」だったからです。
それが変更されて、今では業績以外の情報を書けるようになった。これは大きいです。

例えば、分野によって業績の数に差が出てきてしまうのは当然のことです。また、既存の研究環境がどれだけ整っているかで業績数も大きく異なってきてしまうでしょう。
研究業績の数は、その人個人の才能というより、「研究環境の恩恵をどれだけ受けられているか」ということによっても変わってきます。

だからこそ、研究環境や既存の研究状況が違うのであれば、例えば「査読付き論文」の業績数が「1本」であったとしても、それは他の分野の「1本」とは意味や重みが違ってくるはずなのです。
なので、「単に業績の量だけで判断されるわけではなくなった」という意味で、公平になったと私は感じています。

こうした変更点によって、研究業績の「量」以上に「質」の要素を主張できるようになったと思います。例えば研究が盛んなフィールドで複数の業績が出せたことと、長らく査読論文が出なかったようなフィールドで一本の成果を挙げることでは、場合によっては後者の方がよりインパクトがあるはずです。

また、4の項目は「研究遂行力」を論証する箇所なので、①「研究業績」だけでなく、②「それまでの研究活動の「水準」や「主体性」」を示すことも求められています。(逆に言うと、①の業績が現時点で少なかったとしても、②で評価を挽回できる可能性があると言うことです。)

例えばですが、「学部時代から大学院生の方々に混ぜてもらいながら読書会に参加していた」とか、「他大の○○研究者や△△研究者を招きながら読書会を主催した」とか、そういう風に読書会を開催した経緯についてまとめることができます。(※あくまで一例です。書き方は他に工夫できると思います。)

他にも、「学部時代から留学生と積極的に英語で議論を重ねてきた」とか、「欧語文献を読むために必要な語学力(フランス語、ドイツ語、ラテン語)の授業を履修してきた」といったふうに、(訓練を積んできたのであれば、)語学力を訓練してきたことをしっかり伝えることも重要です。

また、当然のことながら、研究業績が複数あるのであれば、それぞれの業績(学会発表や論文執筆)に挑戦した際の「壁」を示し、それを乗り越えるために「○○」を遂行した……というふうに書けば、その「○○」の箇所で書いた能力をある程度「有している」と評価してもらえる可能性が出てくるはずです。

残りは(2)「今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素」ですが、この箇所に関しては、「この研究遂行能力が身に付けば自分はもっと研究者として強くなれる」と思う内容を書くことを意識すると良いと思われます。
(研究者として自分に足りないスキル、克服すべき弱点を自覚する箇所です)

どのような研究者であれ、長所と短所があると思います。そして(2)の箇所においては、「学振研究員に採択された暁には、××の短所(あるいは少なくとも長所とは言えないところ)を克服するための訓練を行う」という趣旨を明記することが重要です。(※実際の文章は、個別事例で大きく変わってきます。)

審査を担当する先生方は、「自分の現時点の克服すべき点をちゃんと理解しているらしい」「この申請者を採択したら、この部分が克服された研究者になるらしい」という点をしっかり見定められると思います。完璧な研究者などいませんので、むしろ自分の短所とその克服方法を明記することが大切でしょう。

実はこうした点は、査読論文を書くときでも「今後の展望」を書く際に問われることだったりします。字数制限のある論文の中では、盛り込めない論点や深められないトピックがいくつも出てきます。その中でも重要な点を自分で「今後の展望」で書くことで、「この筆者は克服すべき点を自分で分かっている」ということを相手に示すことができるのです。このように「論理的かつ説得的な文章を書く」ために必要なスキルは、査読論文においても申請書の執筆においても(一部)共通していることがあります。(※もちろんすべてではありません。むしろ論文と申請書では大きく異なる点の方が多いと思われます。)

4.【研究遂行力の自己分析】を書くことは、おそらくつらい作業の連続になるかもしれません。
・「自分には何ができるのか」
・「自分は何をしてきたのか」
・「自分は何ができないのか」
・「克服する為に、何をすべきなのか」

こうしたことをまとめて相手に伝えることは、容易なことではありません。

ですがこれは、ひいては「研究者としての自己」の位置づけを考え直すきっかけにもなりうるものです。
「学振申請書を執筆するという営み」「自己自身について考え直す営み」が必ず含まれます。執筆しているうちに崩れ落ちそうになることもあると思いますが、周りの人たちもおそらく同様です。申請書を書くという作業は全員にとっての「試練」ですが、真正面から向き合えば向き合うほど、必ず得られるものがあると思います。どうか心を強く持っていただければと思います。


⑥「目指す研究者像」欄について

学振申請書の最終ページ(9頁)で書くことが要求される項目、それが5.【目指す研究者像等】という欄です。
この項目について、次のような説明が書かれています。

「日本学術振興会特別研究員制度は、我が国の学術研究の将来を担う創造性に富んだ研究者の養成・確保に資することを目的としています。この目的に鑑み、(1)「目指す研究者像」、(2)「目指す研究者像に向けて特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」を記入してください。」

つまるところ、この項目が要求されているからこそ、私が①で強調した「アクチュアリティ」の要素を明示せざるを得ないのです。
ここで特に注目すべき文章は次の二つ、すなわち
(1)「我が国の学術研究の“将来”を担う」
および、
(2)「創造性に富んだ研究者の養成・確保に“資する”」
という文章です。

(1)で書かれているように、学振研究員に採択されたいのであれば、「この社会」(申請書の表現では「我が国」)の学術研究の将来を担うという規模感で研究活動を行うことが要求されています。
さらには、「学術研究の将来を担う」ということは、広い意味で「この社会の将来を担う」ことにも繋がります。

ですので、「研究者としてこの社会の維持および発展(改善)にいかに貢献することができるのか?」ということをはっきり書かなければならないのが、この5の項目なのです。
この項目は、「今取り組まれるべき社会的問題とは何なのか?」ということを理解していなければ説得的に書くことはできません。

なぜなら、「いま社会においてはAの問題が起こっている。したがって、私はXの方法でAの問題を解決することを試みる」という流れで「問題発見」→「具体的な解決策の提示」をはっきり書くことができないと、明示的に「この社会の将来について考えている」ということを伝えることができないからです。

(2)の「資する」という表現はさらに分かりやすくて、結局のところ、学振の審査員の先生方は、「この社会の将来を担う研究者として、この人にお金を投資して良いか(無駄にならないか)」ということを丹念に確認されているわけです。

Aさんを学振の特別研究員DC1に採択するということは、Aさんに「720万円」(※月20万円×3年間)(DC2であれば「480万円」)を渡すことを決定することに他なりません。
てきとうな人にそんな大金を渡せるはずがありませんから(しかもそのお金は国民の税金から支出されるので)、「この人に数百万円のお金を渡したら、その分だけ社会に還元されるような研究成果をこの人は残してくれるだろう」という「信頼」を勝ち得た人のみが、学振研究員として採択されるわけです。

たまに、「目指す研究者像なんててきとうでいいよ、みんな書く内容同じだから」と言い切る人がいるのですが、それは違うと思います。むしろこの「目指す研究者像」の欄でこそ、
・「いま、どのような社会的問題が浮上しているのか」
・「それに対して、いかなるアプローチが求められているのか?」
・「そのアプローチを、なぜ自分が担えるのか?」
・「その理念に対して、現在の研究計画はどう位置づけられるのか?」
…………という(少なくとも)四つの点に応えることが求められていると思います。
つまるところ、学振申請書を書き上げる際には、一番最初にお伝えした①「アクチュアリティ」の要素に帰ってこざるを得ないのです。

1.「かねてより申請者は××に対する社会的な問題意識を抱いてきた」【問題意識】
2.「それに対する解決策としてはAが挙げられる」【先行研究の整理】
3.「したがって、Aの研究は社会に必要だ」【アクチュアリティ】
4.「そして、それを担えるのは他の人ではなく自分だ」【研究遂行力の提示】

あえて思考の順路をまとめるとするならば、このような感じでしょうか。
多くの人が、5.【目指す研究者像等】に対して「同じような内容になる」と感じるのも、「社会に貢献したい」「この学問の魅力を伝えたい」という同じようなフレーズで枠を埋めてしまう人が多いからなのかもしれません

ですがこの箇所は、私がこれまで提示してきた①~⑤までの要素を申請書の中で具体化し、その要素をしっかり反映させることができるなら、5.【目指す研究者像等】の欄を説得的な仕方でまとめることができるはずなのです。(首尾一貫した印象を相手に与えることもできると思います。)

5.【目指す研究者像等】のところは、
①アクチュアリティ
②問題意識
③専門用語の説明の仕方
④研究計画のまとめ方
⑤研究遂行力の伝え方

これらの要素が全てバランスよく問われるある種の「申請書の総まとめ」として理解すると、この項目で求められていることを首尾よくまとめられるかもしれません。


最後に

今まで行ってきたポイントの整理は、すべて私の個人的な体験談と、先生方・先輩方から教わってきたアドバイスが元になっているので、必ずしも網羅的ではないと思います。
ですが、学振についての「情報格差」が採択率に直結してしまう状況にどうにか一石を投じたいと思い、こうして要点をまとめ、広く公開することにしました。

こうした投稿が、学振に挑戦される方の一助になれば幸いです。


学振に挑戦されるすべての方を応援しています。


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