見出し画像

悪意のない星

「この星に来て一番びっくりしたことを話したいと思います」

 タウリは少し考えてから、言葉を絞り出すように一語一語考えながら話し始めた。

「これは批判として受け取る地球人が多いので、どう説明したらいいか難しいのですが……、地球人には明らかな、何というか、悪意と感じられるエネルギーを、他人に、自分以外の人に、簡単にぶつける人がですね、……言いにくいですが、わりとたくさん、皆さんが思っている以上に、たくさんいる上に、それに気がつかないふりをして、あるいは自分のせいとして受け止めてしまっている人がたくさんいるということに衝撃を受けました」

 私はこれを批判的に受け取るということがよくわからないと思った。犯罪はなくならないし当然だと思ったからだ。しかし、タウリの次の説明には地球人でいることが恥ずかしくなった。

「例えば、私たちの星ではどんな小さな赤ん坊も一人の人間として尊重されていますから、褒めることも叱ることもありません。しかし、地球人が小さな赤ん坊に対して、自分のいらいらをぶつけたりすることがあるのを見て、更に、赤ん坊がそれを感じ取らないと思い込んでいるのを見て、非常にびっくりしたのです。確かにある程度成長した地球人はエネルギーを赤ん坊ほど感知できなくなっているようですが、赤ん坊はエネルギーの流れや質を敏感に感じ取っています。だから私たちは赤ん坊となら地球人であってもエネルギー交換によるコミュニケーションができます。大人とはほとんどできません。地球人の大人は悪意がその場にみなぎっていてもしかたなくそこにいるために無視しているようです」

 参加者の一人が手を挙げた。タウリは頷いて言った。

「ええ、ええ。あなたがどんな気持ちでいるかとても良く伝わっています。私も傷つけるために言ったことではないのですが、悪意という言葉が強いインパクトを与えたのがわかりました。八つ当たりという言葉がありますね。攻撃を受けたと勘違いしている、脅威だと感じたことに対して防御のために反撃している、というのが厳密なところだと思います。質問をどうぞ」

「確かに、いじめとか虐待とか、弱いものに怒りの矛先を向ける人がいます。でも、少数だと思うのですが」

「いえ、実は、今、まさに、あなたは私に向けて怒りのエネルギーを発しています。ご自身で気がついていますよね。傷つけられたと感じたから、反撃しようとしています。私たちの星では、それがほとんどないのです。上手に説明ができそうにありません。取りまとめ役の方にバトンタッチしたいと思います」

 タウリはそう言って、プロジェクトリーダーに目配せをした。プロジェクトリーダーは小さく頷いて続きを受けて話し始めた。

「基本的に私たちは自分たちの感情に無頓着です。自分の感情を大したことではないと考えています。そのくせ、感情を抑えたりコントロールできると考えています。さらには、泣いたり怒鳴ったり感情的になることで人を動かそうとさえします。でも、彼女たちの星では感情の捉え方が全く違います。感情は自分たちの信条がどんなで、どんな思い込みで反応するようになっているかを知るための信号だということです。激しい感情は考えに偏りがあり、バランスを崩しているという信号なのだそうです。個々人が自分の感情に注目しているのは、偏りが著しくならないように健康を保つ必要があるからだそうです」

 頷きながら聞いていたタウリが手を挙げて続きを話し始めた。

「私たちは、感情を事実として捉えています。感情はエネルギーだからです。感情が起きるというのは何かの因果ですから、穏やかで心地よいエネルギーが流れ続けるよう、個々人が責任を持って取り扱います」

 続けてプロジェクトリーダーが、

「我々地球人も、ネガティブな感情が苦手ですし、怒りでコントロールしようとする人を避けますよね。ちゃんとわかってはいるけれど、その重要性を理解していないのだと思います。本当は悲しい気持ちでいるのに笑顔でいる人がいたら、ちゃんとその気持ちはわかるじゃないですか。彼女たちの星では、その「ちゃんとわかっている」ということが前提で、隠したりごまかしたりできないこととしてコミュニケーションが成立しているんです。誰もわからないふりをしないし、どうせわからないだろうと思わない。でも、その感情がなぜその人に湧いたのかは、その人にしか説明できませんし、その人しかそれについて処理をすることができないということも当たり前なのだそうです」

 と話を続けると、質問者がそれにこたえて言った。

「確かに、先ほど私はタウリさんがよく知りもしないのに地球人のことを悪く言ったと感じて抗議しました。悪く言うつもりがない、ということは最初からわかっているのに、私の中で勝手に怒りの感情が湧いてしまいました。これを考えてみると、自分が常に怒りの感情をコントロールしなければならないと感じていて、頑張っているのにまだまだお前らはダメだ、と言われたように感じたのです」

 するとプロジェクトリーダーが大きく頷きながら興奮気味にしゃべり始めた。

「そうなんですよ! 自分ではコントロールしているつもりで、本当に日々我慢しているつもりなんです。抑制して、抗議しているなら問題ないと思うじゃないですか。でも、こんなに頑張っているのに評価してくれないという思いを抗議という形でタウリさんにぶつけていることになっていると気がついたんです。私もずっとそうでした。でも、タウリさんは他の星から来た人で、その頑張りを誉める義務も義理もないし、ぶつけていい相手ではないんですよね。毎回抗議を受けて面食らったタウリさんが一度、自分があなたはよく頑張って我慢していますねと認めればそれでいいということでしょうか?と聞いてくれたことがあって、それでハッとしたんです。誰かに認めてもらうことが毎回必要なら、コミュニケーションは非常にめんどうですよね。毎回毎回自分の満たされない思いを認めてもらうためのコミュニケーションをして。それが主目的の相手が自分のところに来たらめんどくせえなと思いますよ。だって、どうしてそれがそんなに引っかかるのかこちらはよくわからないし、頑張ってるかどうかは自分しかわからないのに、私に何の権限があって、相手の頑張りを認める立場なんだろうって思いませんか。そんなやり取りしてたら話の内容なんて全然どうでもよくなっちゃいますよ。だから、さっきタウリさんが言ったように、穏やかで心地よいエネルギーが流れるように個々人が責任を持って取り扱うというのが地球でも必要なんだと思うんです」

「本当に、そうですね。まさに、その通りのことをやってました。だいたい観光で地球に来ただけのタウリさんが善意で自分の星の話をしてくれているのに、どこをどうやって批判されたと思って抗議する方に行っちゃったんだろうと考えると、やっぱり自分の中に理由がありますね」

 そう言って質問者は何か憑き物が落ちたような顔をした。

「地球人にも優れたところはたくさんあり、環境に合わせて非常によく工夫されているシステムを構築していると思います。ほとんどの発明が観察と思いやりで作られていることには感動を覚えます。ところが、利用する段になって意図に悪意のあるケースが現れてきてしまうんです。これをたくさんの地球人とこのプロジェクトを通して話してみたところ、私たちの星と決定的に違うところがあって、その違いが非常に大きな差を生んでいるということがわかりました」

タウリはそう言ってホワイトボードに「対等」「非人格」という言葉を書いた。

続く

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?