見出し画像

来訪者

 知り合いを通じて私が彼女に会ったのは去年の夏だった。ウィルスの蔓延で人々の中に不安が渦巻いている中だった。彼女は非常に背が高く色白で細身だった。あまり汗をかいている風でもなく、酷暑にも涼しげな顔で公園のベンチに腰かけていた。背が高い割には目立たず、何というか、気配というものが薄い人だった。

 しかし彼女の話は衝撃的なものだった。

「優劣というものを固定された尺度と考えるのは地球人の特徴ですね」

 彼女は唐突に「地球人」と言った。それで私はハッとして彼女の顔をまじまじと見た。目と目の間、鼻筋が普通の人よりも太く、そう言われて初めて異質なものを彼女に感じた。彼女はにっこりと笑って、目を伏せ、もう一度こちらを見た。

「わかりますよね。私は別の星から来ました」

 心臓がドクンと強く打ち、一瞬めまいがした。私の様子を見て動揺を感じ取ったのか、彼女は言った。

「言語にだけ頼っているのも地球人の特徴です。感情や意図も伝わります。言葉や態度でごまかせると思っているのも地球人の不思議な性質です。発生したエネルギーや向けたエネルギーは言語以上に純粋に伝わります。発生したエネルギーは感情と呼ばれるものです。向けたエネルギーは意図と呼ばれるものです。一番不思議なのは、地球の人々が自分自身に対しても、そういったエネルギーを無視したりごまかしたりできると振る舞っていることです」

 あまりに唐突で理解がついていかなかった。「面白い人がいるから会ってみるか」と聞かれた時にはまさか別の星から来た人に会うことになるとは思いもしていなかったので、想定を上回る「面白さ」に戸惑っていた。

「戸惑っていますね。でも、強い興味を感じているのも感じます。恐怖はそれほど感じていませんね。珍しいことです。私たちはたいてい恐怖によって攻撃を受けます」

「おっしゃる通りです。でも、もしもエネルギーを感じるなら言葉をしゃべる理由は何でしょうか?」と私は興味をそのまま出すことにした。なぜなら、この人に隠し事はできないと感じたからだ。

「思考は言語化しなければ伝わらないのです。選択がなぜそのように行われることになったかというプロセスはその人の中にしかないからです。そのきっかけとなるのは感情ですが、その感情からどのようなプロセスを経てその結論に至ったのかということは説明してもらう必要があります」

「なるほど」私はさらに質問を続けた。

「そもそもなぜ地球に来たのですか? どこから来たのですか?」

「私たちは地球人の言うおうし座の方から来ました。最初は特に目的があってきたのではありませんでした。生命体が文明を作っていると聞いたので、それを見てみようと観光のつもりで立ち寄ったのです。今は出会った地球人たちに乞われてとあるプロジェクトに参加しています。そのプロジェクトは地球人が想像できないがために実現できずにいる、世界平和という問題に貢献することです」

 彼女はここでまたにっこりと笑うと、私の方を体ごと向いて言った。

「あなたもそのプロジェクトの一員となりませんか? 世界平和ということがどういうことなのか、具体的に想像できる人が1人でも増えればこのプロジェクトは目的を果たすことになるでしょう。どの星で生まれようと、私たち物質化した存在には、できると思っていないことはできないというのはわかりますよね?」

 私は体の底から力が湧いてくるのを感じた。変えられるのであれば変えたいと思っていたことが実現できる光を与えられたのである。

「はい、是非!」

 私は彼女と握手をした。彼女の手はひんやりと冷たいのに、伝わってくるものはとても温かかった。

続く

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?