見出し画像

プロジェクトの始まり

 プロジェクトは単純なものだった。彼女の星の話を聞くだけ。それだけだった。
 彼女には少人数で数ヶ月にわたって繰り返し会い、質問を度々挟みながら理解を深めていった。

「初めに理解してほしいのは、私たちの星では優劣というのが何を目的としたときに優れているのかということしか表さないということです。これは非常に重要な世界の捉え方です。度々私は説明のために比較をしますが、それはいつでもこのプロジェクトの目的である世界平和のためだけに用いられる尺度であることを適宜思い出してください」

 彼女はここまで話すと一息つき、質問を募った。仲間の一人が手を挙げて彼女に質問を始めた。

「それはあなたたちの文明の方が優れているということもない、ということですか?」

 私は挑発的ともとれる発言にハッとして、異星人の顔を見た。彼女は満足そうな笑顔で頷きながら言った。

「その通りです。何かを把握するには差異を見つける必要があります。差異があるということだけです。人々が平等で平和な世界というものを目指すのであれば、それがあるという点においては、私たちは地球人に欠如しているものを具備している、という差があるとみなすことができます。もしも目指しているものが固定的な優劣をつけるために競うことなのであれば、私たちの星には固定的な優劣をつけるために競うという信念が欠如しているということになります」

 プロジェクトリーダーと名乗っている髭の人が手を挙げて発言を始めた。

「私も最初に彼女の話を聞き始めたときは、自責の念に駆られたり、劣等感で嫌な気分になったりすることがありました。聞いていて、ダメなところを指摘されていると感じることもある思いますが、彼女を含めこのプロジェクトで、私たちは世界平和を実現するという理念の下に集まって彼女の話を聞いているということを思い出しましょう。他にこの点に関して質問はありますか?」

 私はまったく関係ないことが強く気になっていた。連絡を取る時以外に誰も名前を名乗らないということだった。私の戸惑いはエネルギーになって届いたようだった。

「何かあるようですね」

 彼女が私の方を見て言った。

「今の話とは全く関係ないのですが、なぜここでは誰も名乗らないのでしょう? プロジェクトの仲間と言いながら、お互いに対する自己紹介もありませんし、あなたの名前すら知りません」

 すると彼女は深く頷いて言った。

「いい質問です。私たちの星では、個人には便宜上の識別のための名前のようなものはありますが、エネルギーの相互関係の状態であるすべてのものは関係性でしかありませんので名前も流動的になります。例えば母、娘、妹、姉などですが、個人を特定するための名前は記号や番号に近いもの出しかありません。地球でいうようなアイデンティティというものがありません。この感覚についてはおいおい説明していきますが、例えるなら光と虹の関係と同じです。光は各波長に分かれたときには色として認識されて虹と呼ばれるものに見えます。そして、虹の波長には境目はありません。私たちの星では個人と集団という意識体も同じようなものと捉えられています。関係性が常に条件や構成員の特徴によって変わるため、固定されたアイデンティティに縛られることは、より大きな目的を認識している私たちの星では不都合なのです。組織では地球人のように親や社長などの名前に暗黙裡に求められている能力が発揮できるようにと努力するよりも、個々が適正能力を適正な場面で発揮して組織に貢献することの方が効率的だと考えるからです」

「なるほど」

 この説明に参加したメンバーはみんな納得したようだった。

「地球での私の便宜上の呼称はおうし座の方から来たのでタウリにしています」

続く

この記事が参加している募集

宇宙SF

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?