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具現化する才能

こんにちわ。最近息子がやる気に満ち溢れていてテンションの移り変わりについていけてないricoです。やっぱ中学はイマイチ合ってなかったのだろうか。


何かを具現化する才能のある人たちにとても惹かれる。大きな建築物からミニチュア粘土やアメ細工、もちろんイラストや文章を書くことも。色々な作品を観ては「凄いな、素敵だな」と感じる。


その人の持つ知識や技術が引き出す魅力は、やはりその人にしか出せないもの。昔から職人技を見るのがとても好きで、アイデアがどこから降ってくるのだろうとワクワクしていた。


想像はできても、なかなか具現化に辿り着かないこともある。実際私も頭で描いた図面を現実に落としこむと「思ってたのじゃない」が頻繁に発生する。だからこそ私の部屋はサンプルまみれになっているのだけど。


家族や友人からすると、私もその具現化する才能があるのだそう。布や毛糸、ビーズなどの資材を見ても「何をどうすればそうなるか」がわからないかららしい。


幼い頃からハンドメイドを続けて、気づけばもう40年を越えているのだけど。私にとっては何かを作ると言うのはごくごく自然なこと。あくまでこれがないなら作ればいいか、くらいのライトな感覚でいる。


今の人生の目標は、孫に洋服や帽子などを作ること。もちろん、今は孫は居ないけれど。


その時までにはロックミシンが欲しい。できれば刺繍のできるミシンも欲しい。いや、その前に洋裁の知識が欲しい。こういうのを作ったら可愛いだろうな。


そんな妄想をしているときが1番幸せかもしれない。本当は我が子たちにもそうしてあげたかったのだけれど、時間や資金の制限が多かったからなかなか叶わず。


作れてもサイズが小さいときのニットやバッグ、手提げなどの学用品くらいが精一杯だった。本当はもっと作りたかったのだけれど、家庭用ミシンでは限界もあった。資材を揃えるにも誤飲などが怖かったのもあるし、当時は自分の部屋がなく保管場所にも困っていた。


今は少しずつその妄想に向けて色々な技術を学んでいるところ。もちろんデザインもできる限り自分でやりたいのでアイデアのストックもこまめにやっている。


ハンドメイドをやっているとよく言われるのだけれど、「買った方が安い」だとか「既製品の方が綺麗」とか。そんなのわかっている。そもそもが、そこじゃない。作ることそのものが楽しいからやっている。


過去に「ゴミみたいなもの作って」とブランド大好き人間に言われたことがあるけれど。そういう人にはゴミに見えるのかと勉強になった。価値観の違いなのだろう。


昔夫にも「買えばいいのに」と言われたことがあった。血気盛んな私は夫がバイクをいじりだすまで待って同じことを言い返した。「ショップに出せばもっと綺麗にやってくれるのに」と。


それを聞いてムッとした夫に追撃した。


貴方が私に「作るのではなくて買えばいい」って言ったよね?同じじゃないの?貴方もいじってる工程が楽しいのであって、それをしたいために道具を揃えてるんじゃないの?ハンドメイドも同じことだから理解できるよね?


以降夫は言わなくなった。多分それ以上言えば、バイクをドナドナされてしまうことがわかったからだとは思う。笑


携帯に某買取業者のサイトを出してりゃ、そりゃヒヤッともするよね。



あとはよく居るのだけど、「上手な人がたくさん居るから」と尻込みをしてしまう人。物凄くもったいないと思う。


少なくとも私も、私の周りの作家さんや手芸好きさんも、皆「仲間ができたー」って喜ぶ人ばかり。下手だとかセンスがないだとか言ってやりもしないことって凄くもったいない。


作り続ければ腕は上がるし、その人にしか出せない雰囲気や布合わせなんかが何よりも魅力になるのにと思ってしまう。第一、最初から上手く作れる人なんて存在しないのに。


「誰かがNO.1」みたいな世界でもなければ、それこそみんな違ってみんないい、なのだと思う。


色んな才能ある人たちが、もっと活躍できたらいいのになと思う。

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