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【ネタバレなし?】『ミスサイゴン』をより楽しむために知っておくべき大切な事

すっかり間が空いておりますが、地道にミュージカルは観ております。
今年に入ってからも、多くの作品が休止を余儀なくされていて、観られなかった作品もあるのですが、それでも、なんやかやと毎月観られている幸運。
ジャパンキャストのグランドミュージカルだけでなく、来日キャストの公演、小劇団やキッズミュージカルなど、昨年、一昨年には、なかなかチャンスがなかったジャンルも復活してきていて、ああもう、忙しいったら!レビューを書きたくても追いつかない事に、ある意味慣れてきてしまいました。
いかんいかん。

そんなこんなで、今月は念願の『ミスサイゴン』を観てきました。
この作品、前回は2年前で全公演休演になっております。先行きの見えない鬱々とした日々に飛び込んできた休演の知らせに、ホントにガッカリしたのを覚えております。

ミュージカルの借りはミュージカルで返す!

という事で、今回、無事リベンジできました。
初演から30年とは言え、まだ上演中の作品ですので、ネタバレは極力なしで、私なりの楽しみ方のTipsを書き残しておきたいと思います。

初演ぶりのミスサイゴンでした

保管してあるパンフレットのコレクションを確認したら、なんとなんと、前回観たのはまさかの初演時でした。

あれれ?そうなんだっけ?

で記憶を辿ると。。。

『ミスサイゴン』は、91年にブロードウェイで開幕したのですが、ちょうど開幕直前の時期にブロードウェイを訪れて、ポスターなどは散々目にしておりました。
話題にもなっていたし。

あの、独特な色合いのポスター。
アジアを舞台にした作品。
そのタイトルだけを脳裏に刻んで、いつか観てみたい、と後ろ髪を引かれる思いで帰国したのです。
その後、ジャパンキャストで上演された時に観たのですが、今では考えられない事に、なんと当時は、帝国劇場で1年以上にわたるロングラン。

その期間の何ヶ月目くらいに観たのか記憶が定かではありませんが、とにかくそのタイミングで念願かなって観られたわけです。

が、実はほとんど記憶がない。

ただ、エンジニアの存在感が良くも悪くも濃すぎて、『ミスサイゴン』のタイトルの意味??

と漠然と思った印象だけが残っていました。

近年になり、『ミスサイゴン』のいくつかの楽曲に触れる機会がありまして、これがとてもいい。
月並みですが、沁みる。
西洋人がイメージするオリエンタルテイストが詰まった楽曲には賛否両論あるのでしょうが、私はアートとしてありだと思うし、むしろすっかり魅了されて、前回の幻の2020年のチケットを取ったのでした。

初演時は、クリスと同年代だった私も、今やエンジニアと同年代。
結婚、子供、人生に起こる色んなことを自分ごととして感じるだけの人生経験も経て、今、『ミスサイゴン』を観たら、きっとなにか違うものを感じるはず。

さぁ、いざ、劇場へ!

ベトナム戦争のお話です

『ミスサイゴン』は、ベトナム戦争を背景にしたお話です。
戦争だの、革命だのを背景にしたストーリーは、もうそれだけでドラマチック。
ミュージカルには、そういう作品が山ほどあります。

まあ、何というか、普通に生きてる普通の人の人生が、戦争によってままならなくなるのですから、ドラマチックであたりまえ。
ある意味、作品作りの鉄板であり、禁じ手でもあると思います。

それを差っ引いて、なお、人々に長年愛され、再演を続けている作品には、やはりいくつも魅力があるものです。
戦争、革命モノで、再演が繰り返されている作品は、まず観るべきジャンルだと思います。

『ミスサイゴン』は、戦争中から話が始まりますが、戦闘シーンなどはほぼありません。
でもね。ベトナム戦争の話なんです。

ここ、重要。忘れないで下さい。

ベトナム戦争の話です(しつこい?笑)

そしてもうひとつ重要な視点があります。
『ミスサイゴン』は、『蝶々夫人』からインスパイアされて、ベトナム戦争をヨーロッパの人が描いた作品だ、という事です。

エリートの白人男性とアジアの不幸な女性の悲恋

というプロットは、戦争でもない限りは、まず成立しません。自国で普通に暮らす白人男性が、アジアの女性(しかもキムは17歳!)と結婚するのは、まず有り得ない時代背景だからこそ成り立つストーリーなのです。

でですね。
悲恋ですから、普通に考えると女性の側だけが可愛そう、ってなりそうなもんですが、男性側であるクリスを悪者にしないために、ベトナム戦争である必要があるのです。
ここが、『蝶々夫人』に欠けていた重要なポイントなのです。

クリス、今回観ても改めて思ったけど、割と身勝手でとんでもないやつです。
本人は大真面目に辛い人生を生きてるけど、他人を思い遣ってる余裕はないし、正義なんてあったもんじゃない。
『ミスサイゴン』は、語弊を恐れずに言うなら、クリスにみーんなが振り回されるストーリーなんです。
でも、それでも観た人がクリスを憎みきれない、むしろ同情さえしてしまう理由は、彼がベトナム帰還兵でPTSDに苦しんでいる、という設定だからなのです。

もうひとり、ベトナム戦争の被害者だとも言える登場人物がトゥイ。
親同士が決めたキムの婚約者です。
一見すると、この人はキムとクリスの間に「ちょっとまった!」をするサイケデリックな悪役です。

ですが、ご丁寧な事に、この方、ベトコンなんですね。
ベトコンとは、

南ベトナムで1960年12月に結成された反サイゴン政権・反米・反帝国主義を標榜する統一戦線組織。ベトナム解放戦線、南ベトナム解放戦線とも呼ばれる。
Wikipediaより

この設定は地味ですが、パンチが効いているわけでして、政治的な立場もクリスに敵対しています。
アメリカ兵を相手に商売をしているエンジニアとも相容れない立場でもある。
おまけに大好きなキムにも嫌われていて、孤独なんです。
拠り所は、自身の政治信条しかない。
なんだかもう、可哀想な人なんです。

ベトコンの青年をこんな風に、人間的で可哀想に描けるのは、この作品をヨーロッパ人が書いているからだと思います。
アメリカ人の作家だったら、ベトコンの青年をここまで魅力的に描けただろうか、と思うのです。

このトゥイという青年は、サウンドオブミュージックのロルフとも通じるところがあります。
ロルフは両思いでしたが、政治信条と愛の間で揺れる青年という点で、トゥイがどうしてもロルフに被ってしまいました。ロルフやトゥイのようなキャラクターは、戦時下のお話ならではだと思います。

というわけで、『ミスサイゴン』は、ベトナム戦争のお話なんだ、という事を片時も忘れずにに観るべき作品です。

しつこいようですが『ミスサイゴン』はベトナム戦争のお話です

でですね。
何度も確認なのですが、『ミスサイゴン』はベトナム戦争のお話です。

なんでしつこく何度も確認してるか、と言うと、今回観ていて、それをすっかり忘れて観ていたからなのです。

忘れて観ていた事によって、なんかモヤモヤしたんです。

最初は戦争中から話がスタートするのですが、出てくるのは、

白人のアメリカ兵
ベトナム人とフランス人のハーフのエンジニア
ベトナム人の娼婦
エンジニアの店に新人として入店するキム

です。

これを、日本人が演じています。
みんな髪も瞳も黒くて、黄色人種なんです。。(涙

唯一違和感のない市村さんのエンジニア。
ある意味凄すぎて、別格の存在感でした。
オリジナルキャストより、ハマってるんじゃないだろか、と思ったほど違和感なしでした。
他の方のエンジニアだったら、また違ったのかなぁ。

それはともかく、エンジニア以外はみなさんビジュアルが日本人なんです。
衣装は工夫されているけど、せめて、白人役の人たちは、髪の色くらいどうにかならなかったのか。。。と悔やまれる。

海外を舞台にした作品を日本人が演じる事はよくある事です。でも、この『ミスサイゴン』という作品は、国や人種のルーツの違いが示す意味合いが、とても大きな作品で、そこをデフォルメする事に消極的な演出は、個人的はとても残念でした。

また、観劇後にこちらの動画を見まして、さらに、あのなんかモヤモヤした感じの正体がわかりました。

動画をご覧にならなくても、このサムネイルだけでも十分なのですが、17歳の設定のベトナム人キムと、20代のアメリカ兵クリス。

このビジュアルのインパクトよ!

もう、どう見ても、ええ感じの青年と、まだ子供の恋愛です。
どんなに情熱的に、Sun and Moonを歌っても、この時点では、おままごと風にしか見えない、からこその、待てど暮らせど迎えに来ないクリスもそこまで悪者に見えないし、突然現れるタムの存在のインパクト、なのです。

このおままごと感は、ミスサイゴンには、欠かせない要素だと思うのですが、残念な事にジャパンキャストになる事によって、背格好も年齢も、いい感じに釣り合ってる2人の恋愛に見えてしまう。

途中演出で、クリスがキムをひょいっと抱っこするところが何度かあるのですが、それはキムを愛していると言いながらどこか子供扱いするクリスの行動によって、おままごと感を表しているように思うのですが、ジャパンキャストだとひょいっと子供扱いに見えない。

なんか、ちがうのよー。

はじめから、ガチ大人の恋愛に見えちゃう。
だから、クリスがただの不誠実な身勝手男に見えちゃうのです。PTSDだと描かれても、なにちゃっかり美人さんと再婚してんの?ってなるんです。

脳内で色々修正しながら観ないと、原作が描きたい純愛みたいな部分が、クリスに感じられないのです。すごく惜しい!惜しいのよ!

これはベトナム戦争の話で、クリスは生真面目な白人のアメリカ人の兵隊で、キムは華奢なベトナム人の「女の子」なんだ、と常に意識してないと、なんか色々間違えちゃうわけだよ。

ぜひ、この脳内修正のためにも、ベトナム戦争のお話である事を忘れないで観て頂きたいと思います。

表現としての歌とダンスの可能性は無限大

レミゼと同じ作家の作品だ、と言われたら納得なのですが、『ミスサイゴン』は、セリフの多くが歌です。
ちょっと感情が盛り上がると歌になるやつです。

よく、ミュージカルはセリフで事足りるのに無駄に歌う、と揶揄する輩がいますが、この『ミスサイゴン』に関する限り、とにかく感情が激しく揺れ動く場面の連続なので、台詞にメロディがある事を忘れてしまうほどなのです。
サントラを聴くとわかりますが、曲数が少ないわけでもないのに、一曲が長い。
5分を超える曲の多い事!
でも、劇場で観ると、その多くがセリフなので、物語が前に進んでいくから、全然多いと感じません。

また、前半では敢えて細かく描かれない登場人物たちの心情も、後半でがっつり歌われる。
前半は、音楽は、それがある事で観る人に自由に想像させてくれるのに、後半はまるで答え合わせであるかのように、これでもかこれでもかと、心情や事情を説明して、ストーリーを回収していきます。

『ミスサイゴン』は、レミゼのクリエイティブチームが、満を持して制作したミュージカルと誉高い作品。決してハッピーエンドでないのに、もやっと感が残らないストーリーに思えるのは、ドラマの全てを音楽で描き切る手法にあるのだと思います。

これほどまでに、音楽にありとあらゆる仕事をさせている作品は珍しいんじゃないでしょうか。観終わってサントラを聴き直すと、改めてそう感じました。

また、時代背景など、くどくど言葉で説明せずに表現したい時には、ダンスを多用しているのも『ミスサイゴン』の特徴。
踊れるアンサンブルさんたちが、所狭しと踊ります。
娼婦もアメリカ兵もベトコンも。
衣装やセットや照明などアートも素晴らしいのですが、ダンスの見応えは予想以上で、踊るミュージカル好きの私としては、大満足でした。

レミゼも素晴らしいミュージカルだと思いますが、踊らないんです。
その意味では、どう考えても「好きなミュージカルランキング」に入ってこない。
でも『ミスサイゴン』のダンスの使い方、振り付け、アート、どれをとっても満足度がとても高かった。
ストーリーが盛りだくさんなので、ダンスはオマケみたいに思われる方も多いのかもしれませんが、ぜひ、ダンスシーンは注目して、そこに表現されている事を余すところなく感じながら観てほしいなぁと思います。

おわりに

ここまでお読み頂いても、もっと予習がしたいという方へ。

今回トゥイ役でご出演の西川大貴さんご本人による解説です。
とても良くできています。
『ミスサイゴン』に対するリスペクトと愛に溢れた14分の動画、ぜひご覧下さい。

このチャンネル内には、他にも共演者の方との対談なども沢山あって、一度予習を始めると14分では済まなくなるかもしれませんが、悪しからず。

節目の30年を超えて、さらに再演が続く事を祈りつつ。

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