20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(1)~
【ご注意】本稿には秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、『猫の地球儀』のネタバレがあります。
(1)2003年夏、貴方は何をしていましたか?
秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』は、私にとっても思い入れの深い小説である。
最終巻にあたる『イリヤの空、UFOの夏 その4』の奥付を見ると発行日は2003年8月25日。書店に並ぶのを待ちかね、買い求めると当面しなければいけないことも全部放り出して読みふけった記憶はいまも鮮やかである。
しかし、記憶が鮮やかであれば鮮やかであるだけ、逆にあれから20年も経ってしまったのかと愕然とせざるを得ない。2003年と言えば、あの『世界の中心で、愛を叫ぶ』がバカ売れし、のちに芥川賞最年少受賞記録を更新する『蹴りたい背中』が発表された年なのである。
実は、私はこれまでにも『イリヤの空、UFOの夏』について何か書こうとして、書きあぐね、ついに果たせずにきた。パソコンを探すと書きかけのファイルが5つも6つも出てくる。最も古いタイムスタンプは2006年である。
それでも、20年目の区切りを迎え無理にでもまとめておくべきだと思った。書き始めたら長文となってしまったので全6回に分割してアップする。ご用とお急ぎでない向きはお付き合いいただきたい。
本書の物語は8月31日から始まる。
主人公の浅羽直之は中学2年生。夏休みの間、浅羽は超常現象大好きな先輩に付き合わされて、野宿しながら近所の園原基地を見張ることで夏休みを潰していた。園原基地は軍用の飛行場で機密事項が多く、UFOの目撃談が絶えなかったのだ。
すべてが徒労に終わった夏休み最後の夜、野宿を撤収した浅羽はいたずら心から学校のプールに忍び込み、無人のはずのプールで謎の少女と出会ってしまう。少女は翌日、浅羽のクラスへ転入してきて伊里野加奈と名乗った。伊里野は謎めいた言動をし、無愛想なのでクラスでも孤立する。さらに伊里野の転入と共に、浅羽の周囲には秘密組織の影がちらつき始める。しかし、伊里野の表向きの顔に隠れた懸命さに気づいた浅羽は、伊里野に惹かれてゆく。
浅羽たちの見立ては、結論から言うと間違っていなかった。園原基地周辺で目撃されるUFOの正体は、伊里野たちが操縦するブラックマンタと呼ばれる戦闘機であり、異星からの侵略者とのいつ終わるとも知れない戦いを繰り広げていたのだ(ただしこの戦いは一般市民には知らされず、「北」と呼ばれる国との戦争だとカムフラージュされている)。
『イリヤの空、UFOの夏』の傑出している点は、「俺だけが世界の秘密を知っている」「謎めいた美少女が俺だけには心を開いてくれる」という、ある種の思春期男子が抱きそうなドリームを、完璧な彩度と密度で構築していることだ。
いわゆるラッキースケベや、文化祭でのすれ違いなど(余談ながらこの文化祭の場面は映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』をも凌ぐ楽しさで絶品だ。秋山はこういうカオスな空間を描かせると抜群に上手い)ラブコメのお約束を交えつつ、読んでいると「自分にもこんな思春期があったら」と思わずにはいられない。
しかしそれだけなら、私は面白いと評価しても、そこ止まりであったろう。本書が凄いのはここから先で、秋山は完璧に構築した妄想の世界を、自らの手で完膚なきまでに破壊してしまうのである。(続く)