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「さかなのこ」:アンチ「花束みたいな恋をした」ムービー

「花束みたいな恋をした」が妙に脳裏に焼き付いて離れないのは「きのこ帝国」「明大前」「ゴールデンカムイ」「天竺鼠」「長谷川白紙」「崎山蒼志」といった馴染みのある固有名詞がいくつも出てくるから、だけではない。「青春は終わる」ということを突きつけた映画だからだ。音楽であれ映画であれ小説であれ何かを貪るように摂取する日々とそれを通じて生まれた関係が青春であるとするならば、それは永続するものでは無い。「もうパズドラしかできない」という言葉を代表するように何かの好事家である自分を捨てる瞬間がいつか訪れる。とはいえ互いに新たな恋人を迎えつつ後ろ手でピースするラストシーンに宿る妙な晴れやかさが象徴するように、「青春の終わり」が必ずしも幸福を捨てることと等号で結びつく訳ではない。だからこそ、やはり、観終えた後に幸福の背後にある取捨選択の中で失ったものに思いを馳せてしまう。清原果耶と細田佳央太が語らうシーンは永続するように見える青春そのものだが、これから失われると分かっているからこその淋しさが漂う。

 話は少し脱線するが、今年5月に行われた乃木坂46のライブを見たときに印象に残ったMCがある。賀喜遥香の「今この瞬間が幸せすぎて、終わったら夢が醒めてしまうんじゃないかって….」という言葉だ。70000人の観客と花火とサイリウムの光と肩を預けてくれるメンバーの存在に替え難い価値を見出しているからこそ、その向こうの虚無へと視線を向けてしまう。熱狂の最中に熱狂の終わりを自覚しつつ振る舞う。その健気さと切実さと一回性こそがアイドルの魅力であり、同時に私が創作に求める要素である。

 そして、失われることが前提にあるからこそ(痛々しさや気恥ずかしさが伴う)「青春」を描いた作品は普遍性を持ちうる、のだろう。その失われる過程を記号的な固有名詞と共に一種のシミュレーションとして描いてしまったからこそ「花束みたいな恋をした」は妙な感傷と共に記憶に残る。

 そんな「花束みたいな恋をした」に対するカウンターとして機能しているのが「さかなのこ」である。実際の人物であるさかなクンのナラティブを描きながらも創作物としてのフィクションの強度と主人公を演じるのんの特異な魅力を持って失われるはずの青春を永遠のものとする営み。傑作。2時間半弱の物語において描写され続けるのは主人公=ミー坊の魚への屈託の無い愛情だ。「花束みたいな恋をした」ではコンテンツへの愛情が社会に揉まれる中で変容していく様が描かれていたが、本作では魚への執着が一貫して変わること無く表出する。「好き」と「金を稼ぐ」の距離感の難しさも描かれる。「水族館のバイト中に魚に目移りしてしまい仕事に集中出来ない」「水槽のプロデュースを頼まれるけどオタク過ぎる水槽を作り失望される」「級友が家に上がり込んでくる」など事実をなぞると決して優しい世界、というわけではない。その代わりに登場人物が全員(狂気や末恐ろしさを感じるほどに)ミー坊に愛を注ぐ。仕事を与え、家族を与え、何より肯定してくれる。きっと映画の中にしか存在し得ないユートピアなのだろうが、一つの対象だけに対して邁進する姿が社会に受け入れられる様に終わるはずの「青春」が永続するような眩しさを感じた。

 既に語られ尽くしているが、この映画に陰影を与えているのが「魚好きなよく分からない近所にいるおじさん」として登場するさかなクン演じるギョギョおじさんだ。「魚」という一つの対象だけに対して邁進する姿が社会に受け入れられず、ひとり田んぼの中でただ水槽と遊ぶ。イフ世界のミー坊としての哀愁を映画世界に与え、ミー坊のいる場所のユートピアさを際立たせる。ただ、何者にもなれなかった「花束みたいな恋をした」のふたりと比べスクリーンに映るさかなクンの瞳にはクッキリとしたハイライトが描き込まれていたように思える。

 何より、この物語に説得力を与えているのが主演・のんであることは間違いない。芸能界の複雑さに巻き込まれて「あまちゃん」以降唯一無二の俳優人生を送ったのにも関わらず、その目は異常に澄んでいる。何も知らないような無垢さも全てを知っているような達観も包摂したラストカットを演じられるのはのん以外考えられない。オープニングの「男か女かはどうでもいい」というステートメントの本意は本作で描かれる男女の性的関係を排除した人々の関わり方にあるのだろうが、その中心にいるのが両性具有的な芳香を放つのんであることもまた事実だろう。この描き方もまた性差による社会から求められる役割や肉体関係にフォーカスを当てた「花束みたいな恋をした」に対するカウンターとして機能している。

「青春は終わらない」と語尾を荒くし我が道を行くのではなく、飄々と、しかし確かに青春を邁進する様に映画という創作物の持つ普遍的なエネルギーを見出した。

https://sakananoko.jp/






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