第14話 余命10日

李さんの子か孫の体験談。その日も彼女はその夢を見た。夢の中の彼女は10代の女の子。目の前にいるのは、ランニングと半ズボンを着た、坊主頭の男の子。彼は小学生くらいの年齢だ。毎晩、彼は彼女に人差し指を突き付け、何かを叫ぶ。その後彼はゆっくりと両手の平を彼女の方に向ける。次の瞬間、彼女は後ろから大きな衝撃を受ける。いつの間にか周囲には水が満たされ、彼女は溺れる。下へ、下へ、彼女は沈んでいく。上から降り注ぐ日の光が消え、真の闇が訪れたところで彼女は目を覚ます。
「あと8日」
その夢を見始めたとき、彼は両手の指を全て広げていた。翌日、彼はそのうちの一本を内側に折っていた。それが何らかのタイムリミットであることは、彼女にとっては明白だった。なぜならその男の子は彼女の弟。戦時中、彼女は弟を栄養失調で失った。あと少しで戦争が終わるというときに、弟は亡くなった。
「ジョンフン(정훈)が、私を呼んでいる」
彼女はすでに70代。もう十分生きた。
「きっと、弟が私を迎えに来てくれたんだろう」
彼女はそう理解していた。夢に現れる場所は、彼女の生家の近くにあった公園。その公園はもう存在しない。
現在彼女は実家から遠く離れたところに住んでいる。戦争が終わり、高校を卒業した彼女は就職のために宮城に来た。以来、故郷に帰るのはお盆や正月程度。夫はすでに他界。子供も独立して上京した現在、彼女には思い残すことなど何もなかった。

運命の日は、刻々と近づいてきた。毎晩弟は夢に現れ、そのたびに広げた指の本数は減っていった。
7本、6本、5本…
その日に合わせて、彼女は久々の故郷へ帰ることにした。
「夢に昔遊んだ公園が出てきたのは、『最期に故郷へ来い』という弟からのメッセージなのだろう」
そう解釈した彼女は1人、電車に揺られながら故郷へと向かった。
最期のときを迎えるにあたり、旅館の中で居心地のよさそうな小さな部屋を予約した。少し歩けば全てのものに手が届く空間が、彼女にとっては心地よかった。そして最期の夜、彼女は床に入り、夢を見た。弟は目の前に拳骨を突き出し、彼女は水の中へと沈んでいった。

明くる日目を覚ました彼女はいつ迎えが来てもいいように、部屋の中でお茶を飲んで過ごしていた。
「もうすぐでおやつの時間だわ。いつ迎えが来るのかしら?」
そう思った矢先、運命の瞬間がやってきた。最初は大きく揺れる地面。揺れの次に来たのは旅館内の職員や他の宿泊客の話し声、足音、緊迫した空気。2011年3月11日の彼女は震災に遭遇したものの、太平洋側から遠く離れた故郷に帰っていた彼女は亡くなる前にテレビ越しに地獄の風景を拝むことになった。
余震、津波、廃屋、そして死体…
彼女が住んでいた地域は地震と津波で壊滅的な打撃を受けていた。もし弟が彼女を故郷に呼び寄せていなかったら、彼女はどうなっていたのだろうか。

その日以来、弟は夢に現れなくなった。宮城に戻ってきた彼女はボランティア活動に参加して復興に尽力し、充実した毎日を過ごしているそう。


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