第21話 Suicide Cliff/自殺崖


#私の不思議体験

注記: こちらの記事は、以下のウェブサイトに掲載したものを、二重投稿したものとなります。
該当ウェブサイト: 李さんから聞いた怖い話・不思議な話 - 第21話

以下、本文:

李さんの親戚の孫かひ孫が体験した話。カナダで働いている彼と久しぶりに会って飲みに行ったときに聞いた話だ。
「実は僕、『自殺崖』に行った人に会ったことがあるんだ。しかも、5人も」
彼は昔から奇妙な運というか、何かを持っているような男だ。今のところ、その運は彼にとってプラスに働いているみたいだ。工事現場で鉄骨が落ちたときも、真下の落下地点にいたにもかかわらず無傷だったり、たまたま出張に行って自宅から離れた場所にいたことで災害を逃れたり(しかもこのとき、彼の家は奇跡的に無事だった)、車を運転中、あと少しスピードが遅ければ巻き込まれていたという交通事故から逃れたこともあった。事故に遭遇した回数は多いものの、そのほぼ全てで無傷の生還を果たしている点で、彼はある種の幸運を持っているようだ。もちろん事故に遭遇すること自体は不幸なので、彼が運のいい人間だとは言い切れない。それでも大事故や大災害から何度も、しかも何事もなく生還できるその運は、守護神が憑いているのかとさえ思う。
そんな彼だからこそ、「自殺崖」に行ったことがある人、しかも5人に会ったという話を聞いたとき、
「彼ならあり得るかもしれない」
と、私は思った。そのときの私は「自殺崖」を、あのサイパン島にある「Suicide Cliff」のことだと勘違いしていた。第二次世界大戦中、日本人がたくさん自決した、あの崖だ。その理解で話を進めていたため、序盤は話がかみ合わず、私は
「サイパンに行ったことのある人はたくさんいるだろうから、別にそんな大した話でもない」
と考えていた。彼の方でも私があの有名な「Suicide Cliff」と混同しているという理解に至り、私に「自殺崖」のことを教えてくれた。

以下、「自殺崖」の話になる。この話を読めば、「自殺崖」に行った5人の人に会うことが天文学的に低い確率であることがわかる。

-自殺崖-
・起源: 特定できていない。彼の話によると、西暦1000年頃には存在していたとされる。彼もまた、人伝に自殺崖の話を聞いたので、明確なところは知らない。
・場所: これの特定が一番難しい。確実に、地球上のどこにも存在しないはず。彼の考えによると、どうも自殺崖にアクセス可能な地域というものが存在するそう。その地域に行かなければ、そもそも自殺崖に行けない。
・自殺崖にアクセス可能な地域: 基本的に山間部、砂漠、荒野など。収集可能な情報から推測した地域は以下の通り。
ロシア中部(ウラル連邦管区、シベリア連邦管区)、もしくはチベット北部
ロッキー山脈(カナダ側)、五大湖周辺(カナダ側)
スカンジナビア山脈(ノルウェー側)
・アクセス可能な時刻: おそらく、24時間いつでも。朝、昼、夜など、自殺崖に行った時間帯はバラバラ。
・自殺崖に行くときに発生する現象: 上記のアクセス可能な地域を彷徨っていると、濃霧が発生して周囲の景色が見えなくなる。そのくらい、濃い霧が発生する。霧の発生時間は、短くて数分、長くて1時間程度。霧は徐々に晴れ、眼前に自殺崖が現れる。
・自殺崖での時間の流れ: 常に明け方、日の出の時間帯。それ以上時間が進まない。
・自殺崖への行き方: 上記の地域で、強く「自殺したい」と願いながら彷徨うこと。早くて数秒、長くて2日間で行ける。行けない人は、アクセス可能な地域にいないか、もしくは「自殺したい」という思念が足りないか。
・自殺崖に行ってからやること: 自殺崖は小さな島に存在する。崖のふもとや崖に登るまでの経路の途中など、自殺崖に訪れた人たちの着地点は様々だ。周囲を見渡しても海しか見えない。このため到着後すぐに、自殺崖が孤島に位置するという事実を知ることとなる。地面は芝生くらいの丈の低い雑草で覆われている程度。
最初、島を散策すること。島は起伏が激しいので、上り下りが多い。数分から1時間程度が経過した後、最初の人が現れる。この最初の人、さらにこれ以降に会う人が人によって異なるため、ここでは一番最近に李さんの親戚の彼が聞いたパターンを記載する。

最初の人は髪の長い男性。髭を生やし、ワインレッドのローブを着ている。その男性からは中東の言語(アラム語のような言語)で話しかけられるが、なぜか理解できる。会話の序盤は日常会話から始まり、
「一緒に来てほしい」
と言われる。自殺崖に来た人は全員、その男性について行っている。
ついて行くと、秘密の洞窟に案内される。洞窟の奥には扉があり、その男性から中に入るように言われる。
中に入ると、そこは中華風の書斎。部屋の中央に机があり、昔の中国風のローブを着た東洋人男性がデスクワークをしている。その東洋人男性は小さい帽子を頭頂部に付けており、その男性もまた髭を生やしている。机の前には左右に並んでソファーのような椅子が並んでおり、中央に小さなテーブルがある。室内に入ると、その東洋人男性からソファーに座るように促される。その男性は中国語らしきものを話しているが、中国語がわからなくても理解できる。李さんのその親戚の彼の話によると、その中国語は、どうも現存する中国語ではなさそうとのこと。ただし中国の全ての方言を把握しているわけではないため、詳細は不明。
その東洋人男性との会話もまた、身の回りに関する話題から始まる。そこから自殺崖に来た経緯に軽く触れ、最後にその東洋人男性から鍵を渡される。
「後ろの扉から出なさい」
その男性の後方、入口と反対側には扉がある。
言われた通りに出ると、今度は面接室が現れる。そこは普通のオフィスにあるような面接室、窓からエンパイヤ―ステートビルディングが見えることから、ニューヨークのどこかであることが示唆される。入室すると、扉の前には長机が横方向に伸び、数名の面接官が並んで座っている。どの面接官も着衣はバラバラだ。袈裟を羽織っている者、ローブをまとっている者、中東風の服を着て頭にターバンを巻いている者、さらには毛皮を羽織っている者もいる。さらに驚くべきことに、どの面接官も互いに異なる言語を話している。それでも互いに話していることがわかり、かつ漏れてきた言葉を、自殺崖に来た人間は理解できる。長机の目の前にはパイプ椅子が置いてあり、
「着席しなさい」
と言われ、面接のようなものを受ける流れになる。
面接の序盤の方は、これまでの流れと同じように、世間話から始まる。ただし面接形式であるため、名前、出身地、趣味、職業などについての質問と回答を繰り返す。雰囲気は、いたって和やか。
面接の中盤に、自殺崖に来た経緯の説明を求められる。経緯を話し、
「それは大変でしたね」
「難しい問題ですね」
などの反応が返ってくる。このときの雰囲気は、多少暗い程度。しかし自殺に至るまでの経緯を話しているのだから、当然だ。
周囲の空気が強張るのが、面接の終盤。自殺崖に来た人を座らせたまま、面接官たちは互いに忙しく言葉を交わし、何かについて小声で議論を繰り返している。長机の端の方にいる者同士でやりとりをする際は、折りたたんだ紙を渡す形でコミュニケーションを行っている模様。面接官たちから漏れ出る言葉は種々雑多な外国語であるにもかかわらず、面接を受けている本人は理解できる。ほとんどの言葉は、以下のような意味のもの。
「この人は、やれそうか」
「この人は、あの人に当てるとよい」
「この方法で、やるのはどうか」
議論は波打ち、盛り上がりを見せた後に、その場は静けさを取り戻す。この段階で、議論が終着点に到達したことがわかる。面接官のうち一人が、改まった調子で自殺壁に来た本人に結論を言い渡す。
「そこの出口からこの部屋を出てください。退出後、あなたはすぐに案内人と出会います。後のことは、その案内人の指示に従ってください」
面接室には、入室した際に通った扉とは別に、もう1つの扉がある。言われるがまま、入ってきた扉とは異なる方から部屋から出る。するとそこは洞窟のような場所だ。「洞窟のような場所」という表現をした理由は、その洞窟は明らかに一般的な建物の機能を果たしているように見えるからだ。その洞窟にはテーブルや棚、椅子があり、リビングのような役割を担っているように見える。一般のリビングと異なる点として、洞窟のような内装の外に、壁に飾られた奇妙な旗が印象的だ。その旗は、赤地の四角の中央に白い円を描いたようなデザイン。その白い円の中には、Lの字を4つ、90度ずつ回転させた形で結合させたようなマークが描かれている。それぞれのL字は一方の端部で接続され、同じ方向を向いている。外からはドイツ語のような言葉がかすかに聞こえる。その洞窟は、比較的広いところのようだ。
洞窟にいたのは、3人。1人は白人女性、1人はサラリーマン風の男性、残りの1人は頭にターバンを巻いた中東風の男性。
その現場は、明らかに異様な雰囲気だった。白人女性はうずくまって倒れている。サラリーマン風の男性は恐怖で顔が引きつり、直立のまま、一切の動きを見せない。あたかも何か透明なもので縛られているかのように。中東風の男性は近づくと、
「私が案内人だ。早速、要件に移る。この銃で、そこの男性の頭を撃ってほしい」
と伝える。中東風の男性はアラビア語のような言語で話しているが、なぜか理解できる。恐ろしい要件にうろたえていると、案内人から次のことを伝えられる。
「もし撃ち抜かなければ、あなたはこのまま元いた場所に戻り、そのまま自殺を遂げることになる。もしその男の頭をこの銃で撃てば、あなたは生還するチャンスを与えられる」
案内人からそのように言われ、当人は判断に迷う。当人は自殺したいがために彷徨っていたはず。しかしこの現場に来るまでに経験した不可思議な体験を通して自身の人生を客観的に振り返ることとなり、「自殺したい」という意志が揺らぐ。
「早くしろ! 撃つのか、撃たないのか、どちらかだ」
当人は熟慮する間もなく、拳銃を取り、そのサラリーマン風の男性の頭を撃つ。七三分けの黒髪に、唇の上にちょこんと乗ったチョビ髭。そんな彼の、苦悶に歪む表情が、鮮明に記憶の中に刻まれた。

「よくやった! お前は数多の人間を救い、偉大な歴史を造ったのだ」
中東風の男性はそう言うと、再び周囲は濃い霧で覆われた。数分の後、自殺崖に行ったその人は、元いた場所に戻ってきたとのこと。

以上-

李さんの親戚の彼の話によると、「自殺崖」に行った人によって、出会う人たちは異なるそう。最初に東洋人男性に会った人もいれば、最後に髪の長い、アラム語を話すローブの西洋人男性に会った人もいる。また中には、最後に炎に包まれた和風の建物から人を連れて脱出した人もいた。そのときに脱出経路を先導したのは、インド風の僧侶だったそう。そのときに一緒に脱出した人は着物を着ており、「アケチ」という名前だったとのこと。

不可思議な点の多い「自殺崖」。そこから生還した人たちのその後は多様だ。再び自殺した人もいれば、生を謳歌している人もいるそう。

「自殺崖」で出会う人たちとは、誰なのだろうか? 「自殺崖」から出るときにする殺人や脱出は、何を意味しているのだろうか?

「自殺崖」の正体は、深い霧に包まれている。


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