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「もやしっ子を御柱に!」ちょっとオカルトな中部の旅(その1)諏訪大社


【新シリーズ もやしっ子と新たな旅へ】


熊野への旅で味を占めた私は、また年始に別の後輩と共に旅に出ることにした。「熊野三山」で自称「恋の病」が癒えた後輩は幸せに暮らしているのだ。
今度の相方は、頭も顔も良いが、肝心な時に体調を崩しがちな「もやしっ子」である。歌も上手く何かと器用だが、スポーツ芸能と言った分野が壊滅的で「令和の怪物?それは知りませんが、昭和の妖怪・岸信介なら知っていますよ」と答えるのだった。
また推しの子の「おし」を「唖(聴覚に障害を持つ人)」だと思っていて「おしのこ?詳しくは知りませんがおしの子ですか?現代だと良くない表現ですねえ」と誤解を広げる人であった。
そんな彼を地の力あふれる聖地「諏訪」にて、もやしっ子から御柱(おんばしら)まで育て上げようというのが旅の目的だ。
昭和のパワハラ親父みたいだが、「病は気から」というし、聖地に行けばなんとか良くなるんじゃないかと思って旅に出た。

【諏訪大社と「逃げ上手の若君」】

諏訪大社には以前から行ってみたいと思っていたのだが、理由の一つに松井優征氏の漫画「逃げ上手の若君」がある。
今年になってアニメ化もされ知名度を大いに上げたが、南北朝を舞台にするとは攻めた漫画だなぁと当時から思っていた。
知ったのは写真家の廣田勇介氏のYouTubeだった。

主人公・北条時行を「瓦解する幕府を刀一つで支えようとした土方歳三のような存在」「フロイド・メイウェザーに立ち向かう那須川天心のような勝てない戦いに挑む男」として熱く語る廣田勇介氏の話しが面白すぎて、すぐにKindleで「逃げ上手の若君」を読んだのを思い出す。
ここに行けば、「もやしっ子」は御柱おんばしらくらい太くなれるだろう。

【大垣駅で降りるわけない、と豪語する女性二人】


とにかく合流地点・大垣駅に向かう。
大垣駅で乗り換える中年女性二人が「みんな大垣駅の改札出ないねぇ」「大垣駅で降りるわけないでしょ」と馬鹿にするようにケラケラ笑っているのが聞こえる。
そうなのか・・・

大垣駅はアニメの聖地巡礼を呼び込みたそうだ
大垣から諏訪まで3時間弱の道のり

後輩が家の車を出してくれたので、早速乗らせてもらう。
大垣から諏訪までは結構長いが、車が乗りやすくてスイスイ進む。
いつぞやのアクセルが「うわーん、うーん、うわーん、うーん」と言っていた車とは大違いである(※熊野への旅参照のこと)。

サービスエリアで昼食をとって休憩。

味噌カツときしめん・・名古屋めし・・

諏訪湖についたのは昼過ぎだった。

湖面が美しい諏訪湖
コロッケを購入して勝ち誇った顔のもやしっ子後輩

「あたしゃ、どこのサービスエリアでもコロッケを買うんです」
若いのに落語のセリフのような言い回しでコロッケを頬張る後輩。

雪は降ってないが、とてつもない寒さである。
コロッケに限らず、何か食べないとやってられない。

【大断層が交わる諏訪湖】


諏訪湖は、糸魚川静岡構造線と中央構造線という大断層が重なる場所である。

この断層が交差したことで出来たのが諏訪湖であり、日本のヘソと言っても良いパワースポットなのだ。
パワースポットという言い方は胡散臭くて好きじゃないが、熊野のように火山活動があるところには聖地と信仰があるものだ。
諏訪大社に向かおう。

【地の力が吹き出るように感じる諏訪大社】


諏訪大社と一口に言っても何社もの社が並んでいる。

めざすは本宮(ほんみや)

目指すは本宮である。

縁日が出ている。美味そう

意外と駐車場に簡単に停められて拍子抜け。
ここ、諏訪大社の御祭神は、建御名方命(タケミナカタノミコト)であり、大国主命(オオクニヌシノミコト)の御子神にあたる。

国譲り神話では、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)とタケミナカタノミコトの戦いが描かれている。
高天原の使者として天の鳥船(あめのとりふね)で出雲の稲佐の浜に降り立ったタケミカヅチノミコトは十拳剣(とつかのつるぎ)の逆さに突き立て、切っ先の上にあぐらをかいたのだ。
セルフ拷問みたいだが、圧倒的な力を感じる登場シーンだ。

タケミカヅチノミコトはオオクニヌシノミコトに「汝(な)がうしはけるこの葦原中津国(あしはらのなかつくに)は、我が御子の知らす国」と呼びかけ、国譲りを願う。
結構乱暴な話しに思えるが、結構この言葉が深いのである。

「うしはける」とは「領はける」と書き、簡単に言えば我が物にすること。
「知らす」とは「知ろしめす」ことであり、日本独特の統治概念である。わかりにくいが、天皇陛下の国民への接し方をイメージすればわかりやすいかもしれない。各々が自由に生きることを見守るような概念が「知らす」であろう。
さらに余談を重ねるが、大日本帝国憲法の制定に関して、井上毅(いのうえこわし)は日本独自の統治概念「知らす」を本当は憲法に明記したかった。その経緯は「憲法義解(けんぽうぎげ)に書いてある。

オオクニヌシノミコトは「自分は良いけど息子はなんと言うだろうか」と返す。
御子神の一柱・事代主命(ことしろぬしのみこと)は恭順を示したが、もう一柱のタケミナカタノミコトは力比べを挑んだのだった。
結果は惨敗であった。タケミナカタノミコトは敗走し、諏訪湖で降伏して、恭順を誓ったのだった。

出雲から諏訪までかなりの距離

しかしタケミカヅチノミコトが強すぎるだけで、タケミナカタノミコトもまた強いのである。全国25000社と言われる諏訪神社で軍神、農耕神・狩猟神・風の神として信仰されてきた。

【聳え立つ御柱(おんばしら)】

聳え立つ御柱

「でけええええええええええええええええ」
御柱は20メートルに届こうという巨木で、人が挽いてきたとは信じられない。


御柱ともやしっ子のサイズ感

16本の御柱が7年に1度、勇壮に運ばれるのが「御柱祭」だが、YouTubeで検索してほしい。
「!!!死ぬぞ!!」と思うはずである。
実際に死者を出している。だが、今でも続いているのが御柱祭。
生命尊重を絶対の価値とする時代に生きながらも、死者を出しながらお祭りをする。これが祭りの不思議さである。

手水も凍る

境内の水はあまりの寒さにカチカチに凍っている。

赤く燃える炭が温かい。温かいところに自然と人が集まっていた。

さすが軍神・諏訪大社と言うべきか史上最強の力士「雷電為右衛門」の像があった。なんとこの辺りの出身らしい。

江戸時代なのに身長197cm 体重 172kgの体格を誇った。

やはり強い神が宿る地からは、強い人物が出るのかもしれない。
今と巡業の違いはあるが、雷電為右衛門の通算成績は254勝10敗2分14預り5無41休で「勝率962」。

御柱のように、雷電為右衛門のように強くなろう!!

続きます。

「もやしっ子を御柱に!」ちょっとオカルトな中部の旅(その2)
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