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伝説の皿職人


「皿作りたくね?」

春一番が街を駆け抜けた頃、渋谷にあるとある喫茶店で東雲はこの言葉を鞍馬に向け言い放った。

しかし、鞍馬にはもうわかっていた。
自分の目の前にいる人間が、ただ決定事項を述べただけなのだと。
だからこそ、鞍馬は言った。

「バス予約するわ。」

注文したコーヒーはまだ微かに温かい。
目標が決まれば行動にすぐさま移る。
これが二人のルールであった。

こうしてコーヒーを飲み終えた二人は喫茶店を後にした。

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GW真っ只中。鞍馬と東雲は石川県金沢市に来ていた。

「腰がいてぇ」

そう嘆いた東雲は顔を歪めて腰をさすっている。
もちろん鞍馬も同じ感想であった。
新宿バスターミナルを出発して7時間バスの旅。
途中で休憩はあるものの尻が4等分されるような感覚を鞍馬は感じていた。

「しんどい」

鞍馬はそう呟いた。
決して軽くはない足取りで二人は歩き出す。

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朝の近江市場。

人々は活気に溢れている。

店の人たちは皆、客を集めようと必死だ。
並べられた海産物はどれもキラキラと輝いており、見ただけで新鮮だとわかる。

ふと、鞍馬は自分が昨日の昼から何も食べてないことを思い出した。
その途端急に腹が減り始めた。
猛烈な空腹に襲われる鞍馬。

しかし、どうやらこの危険に侵されているのは鞍馬だけではなかったようだ。
隣にいる東雲も目に力はなく、先ほどから一言も喋らなくなっていた。

これはやばい。

空腹であると不機嫌になることはお互いわかっていた。
なんとしてもこの状況を抜け出さなければ。
鞍馬がそう思っていた矢先、目の前に煌々と輝く看板を見つけた。
看板には、

「新鮮なノドグロあります!!」

そう書かれておりその文字を見るや東雲は、

「海鮮丼、、、。」

そう一言言い残し、吸い込まれるように店内へ入っていった。
慌てて鞍馬も東雲の後をついていく。

席に着いてすぐ東雲は、お茶を出す店員を差し置いて、

「ノドグロの海鮮丼ください。」

そう早口で告げた。

鞍馬は相方が先に注文し、焦ったのかメニューをよく見ないでとりあえず外れないであろう鉄火丼を注文した。
空腹を誤魔化すかのように出されたお茶を飲み続ける二人。
もちろん会話はない。
東雲が4杯目のお茶を注いだその時、

「ヘイお待ち!ノドグロとマグロだよ!!」

今時そんな昭和の寿司屋みたいな掛け声があるのか。
しかし、そんなツッコミを入れる余裕なんてこの二人にはなかった。

程よい薄さに切り下ろされたノドグロはツヤツヤと艶やかに輝き、見ただけで脂がのっているとわかる。
温かい酢飯の上に乗せられた身は上品にも金箔で彩られていた。
流石金沢。鞍馬はそう思った。

鉄火丼の方ももちろん負けていない。
ノドグロよりも少し厚めに切られた身は先ほどまで血が通っていたかのような深い赤色だ。
鞍馬は朝から脂ののった物を食べれるか不安だったがこちらのマグロは赤身で少しホッとしていた。

「「いただきます」」

溢れそうな唾液を飲み込み、二人は揃ってそう呟いた。

鞍馬はまず備え付けの味噌汁を一口啜る。
具はとろろ昆布。

ズズッ

、、、、。

もう一口、ズズッ

こ、これは、、、、神の雫なのか?????

鞍馬は発狂しそうになったのをグッと堪え、渇いた大地に恵みの雨が降り注ぐ幸せを噛み締めていた。

こんなにも美味しい味噌汁は飲んだことがない。

出汁が違うのか、いや、空腹が最高のスパイスということなのか。
どちらにせよ鞍馬は最高の朝食をスタートさせたことに間違いなかった。

次に鞍馬はメインである鉄火丼を頬張った。

う、美味い!!!!!!

生魚特有の臭みが無く、圧倒的旨味で鞍馬の口内を支配していた。
そこに醤油とワサビ、そして酢飯。
それらはマグロという主役を引き立たせる名脇役なのではないだろうか。

ヤベェことになっちまった。

こんなに美味しい物を食べてしまうともう現世には戻れないかもしれない。
鞍馬はそう本気で思っていた。

ふと、鞍馬は東雲の方に目をやってみた。
東雲は既に8割以上を食べ終えており、その目は食べることに必死で完全に目がキマっていた。
鞍馬にとってその姿は腹ペコの肉食獣が食事をするシーンを思い出させた。
実に野生的であった。

「「ご馳走様でした」」

会計を済ませ店を出る二人。

「美味かったね。」

そう言った鞍馬に対し、東雲は

「人生で1番美味い朝食だった。」

そう言ってタバコに火をつけた。
同じタイミングで鞍馬も火をつける。

タバコを吸う為にご飯を食べている。
我々はそのような人間なのだ。

鞍馬はふと思った。

二人は胃袋と肺を幸せで包んだような温かい気持ちで歩き出す。

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九谷焼とは、石川県南部の金沢市等で作られる色絵の磁器だ。
五彩手という色鮮やかな上絵付けが特徴でその愛らしさから全国的にも有名で人気を博している。

鞍馬と東雲はオリジナルの九谷焼が作れるお店に来ていた。

様々な種類の器から自分が一番作りたい形を選び、色とりどりで可愛らしいデザインのシールを貼って焼いていく。

東雲は平皿、鞍馬はお茶碗を作ることにした。

ある程度シールを貼り、終わりに差し掛かった頃東雲は言った。

「私たちってきっと生きる方向が同じなんだよ。」

鞍馬は最初東雲が何を言っているのか分からなかった。
鞍馬が困惑しているのを無視して東雲は続けた。

「何年も一緒にいた人でも離れた瞬間に関係が切れてしまうことがあるし、逆に数ヶ月しか一緒にいなかった人が何年経ってもずっと良い関係でいられる事ってあるでしょ?これってたぶん一緒にいた時間の長さより生きる方向が同じだったから関係が続いているんだと思う。」

鞍馬は驚いた。
九谷焼を作る前、東茶屋街にあるソフトクリーム屋さんで金箔ソフトクリームを両手に持ち、それを食い散らかしていた人間から発せられる言葉だとはまさか思わなかったからだ。

後ろの並んでいた小学生の顔が忘れられない。
あれは、これが大人なのか、、と言う畏怖に近い表情であった。

「たまたま知り合って、お互い違う場所に住んで、そんなに頻繁に会わなくてもずっと関係は続いてる。だから私たちは生きる方向が同じなんだよ。そう思わない?」

自分の作っている皿にシールを貼りながら東雲は鞍馬に語りかける。

鞍馬は東雲と言う人間がわからない。
知りたいと思えば思うほど謎を突きつけてくる。
それが東雲とい人間であった。
だが、鞍馬は思う。
この東雲という人間が謎の無い、単純でわかりやすい人間であったなら、きっとこんなに一緒にはいないだろうと。
この不可解な人間だからこそ鞍馬は東雲と一緒にいるのだと。
一緒にいたいのだと。
そう強く思った。

「まあ、もしかしたら1年後には私たち疎遠になってるかもしれないけどね。どうなるのか分からないのが未来だから。」

東雲はそう言った。

鞍馬は何処となく寂しさに襲われた。
それは何処からやってきた物なのか鞍馬には分かっていた。
けれど今はなかったことにした。
この時間にその事実はあまりにも場違いだったからだ。
そして、鞍馬は言った。

「10年後、またここで皿を作ろう。」

東雲は手を止め、鞍馬を見ると笑い出した。

「10年後にこの店が開店してるかわかるのか?」

嘲笑うかのように東雲は言った。

「今から10年後の予約を取る。」

鞍馬は本気だった。

「好きにして。」

ゲラゲラ笑いながら東雲は再び手を動かした。

もちろん鞍馬の予約は通るわけもなく、そんなこんなで二人の九谷焼は焼き上がった。

なかなか良い出来だった。

自分で作った九谷焼を見ながら東雲は言った。

「こりゃ10年も持たないねぇ。またすぐ作りにこなきゃ。」

心なしか鞍馬には東雲が嬉しそうに見えた。

鞍馬は何も言わずタバコに火をつける。
またね。そう心で呟いた。

鞍馬のお茶碗は使って2日で真っ二つに割れた。

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