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カズくんとおばあちゃん

カズくんは中1と中3の時に私が担任した生徒です。温厚で誰に対しても優しく接し、みんなから好かれる少年でした、陸上部に所属していましたが、運動は大好きで何でも得意でした。だから体育系の行事ではいつも大活躍。お勉強はあまり好きではありませんでしたが、それなりに(?)頑張っていました。

カズくんにはお母さんがいませんでした。カズくんを産んだときに亡くなったのです。だからカズくんにはお母さんの記憶がありません。家族はお父さんとお姉さん、おばあちゃんとおじいちゃんですが、カズくんの面倒はほとんどおばあちゃんが見ていました。

おばあちゃんは当時70代で、大正生まれの私の母と同年代です。いつも和服姿でした。おばあちゃんは家でカズくんの世話をするだけでなく、学校のこともすべて担っていました。大変だったと思います。毎日のお弁当作りはもちろんのこと、行事への参加やPTA活動、部活の応援など可能な限り参加していました。授業参観や懇談会はもちろん出席です。毎日のお弁当はそれはそれは豪華で、カズくんの好きなリンゴがウサギのかたちにしていつも入っていました。周りの生徒が「カズ、うまそうだなあ」と言ってよくおかずを狙っていましたが、カズくんに寂しい思いをさせたくないというおばあちゃんの気持が私には痛いほど伝わってきました。

友だちもカズくんの家庭のことをよく知っており「カズのばあちゃん」と言っておばあちゃんを慕っていました。授業参観の時はおばあちゃんが教室に現れると黙って椅子を用意します。ある日、椅子が用意されていないことがありました。すると一人の男子が「カズのばあちゃん来てんだろ。だれか早く椅子持って来いよ~!」と大きな声で言うのが聞こえました。「なんていい子たちなんだろう」と私は思いました。教師があれこれ言わなくても自分たちの中で大事なことをしっかり学んでいます。おばあちゃんはみんなのおばあちゃんだったのです。

おばあちゃんは律儀な方で、年賀状と暑中見舞いは毎年欠かさずくださいました。それは卒業後もずっと続きました、毛筆でしたためられ、達筆な文字が並んでいました。家庭訪問で伺った時も「玄関先で失礼する」と言っても聞き入れず、お茶とお菓子でもてなしてくださいました。その際はおじいちゃんともお話しし、私は自分の両親と一緒にいるような気分になりました。

進路を決める三者面談にもおばあちゃんが来られました。カズくんは高校でラグビーをやりたいからと地元の県立高校を志望しました。成績は合格ぎりぎりでしたが、何としてでも入りたいと言うカズくんにおばあちゃんは「だったらしっかり勉強するんやで。おばあちゃんも応援するからな」と言ったのを覚えています。私には「先生、カズをどうかどうかよろしくお願いします」と言って深々と頭を下げました。

そんなおばあちゃんも10年以上前に亡くなりました。最後までカズくんのことを気にかけていたと言います。カズくんはその後結婚して子どもも産まれました。40代の今は介護士としてしっかり働いています。施設で高齢者の介護をしながらおばあちゃんとの日々を思い出しているのではないかと思います。

おばあちゃんと同じように毎年私に年賀状をくれます。年賀状に印刷されたカズくん家族の写真を見ながら私はいつしかおばあちゃんに語りかけていました。「おばあちゃん、安心してください。おばあちゃんが育てたカズくんは立派な大人になっていますよ」



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