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雨の日に父を迎えに駅に行った遠い日のこと

「お父さんに傘を届けてあげて」

子どもの頃雨が降ると母によく頼まれました。仕事から帰る父に駅まで傘を届ける仕事です。父は職場に置き傘などしていません。傘を持たずに出勤した日は帰宅時間に雨が降っていると私はよく頼まれました。

父は電車で通勤していました。携帯などない時代ですから連絡があるわけではありません。でもまじめで規則正しい父はいつも決まった電車で帰宅していました。だからその時間に私は駅に向かいます。待たされることはほとんどありませんでした。

家から駅までは歩いて10分ほどです。私が改札の前で待っていると父が出てきます。「しおりちゃん迎えに来てくれたの。ありがとう」そう言って父は愛用の傘を私から受け取ります。私たちは並んで家に向かいます。父の深緑色の傘と私の赤い傘が異なる高さで並んでいるのを下から見上げながら私は父の横を歩きました。2人で歩くわずかな時間でしたが私はとても幸せに感じました。

「傘を届ける」ことが一般的だった昭和の時代のことです。父はもういませんが、雨が降ると思い出します。


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