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屈強な体育教師でも...

部活の指導を終えて帰り支度をしていた男性教師が誰にともなく言うのが聞こえました。

「生徒が待ち伏せしてないかな」

私はびっくりしました。彼の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったからです。彼は中学校の体育教師。背が高く、筋骨隆々の男性です。失礼ですが私には巨大なトドを連想させます。学生時代からバレーボールをやっており、バレー部の顧問をしています。部活の指導は厳しく、いつも怒鳴り声が聞こえます。時に体罰も辞さない教師でした。生徒も恐れています。そんな彼が生徒の待ち伏せを心配するなんて意外でした。

学校はその年荒れていました。生徒の問題行動が多発し、暴力事件も起きていました。対教師暴力も見られました。彼もたびたび生徒と口論になることがありました。でも生徒から暴力を振るわれたことはありません。彼に暴力をふるう生徒がいたとしたらよほどの強者です。そんな中で発せられた先のことばは冗談のようにも聞こえました。でも冗談ではないことが徐々にわかってきます。

生徒が校内で問題行動を起こすと教師はすぐその場に駆け付けます。器物損壊や暴力行為もたびたびありました。そんな時、生徒指導部の男性教師は真っ先に足を運びます。彼も生徒指導部に属しており、以前はすぐに駆け付けていました。

ところがいつのころからか彼は遅れてくるようになりました。生徒が暴れているとたいてい力のある男性教師が止めに入ります。でも彼はいつも後ろの方にいます。女性教師が前面に立つこともありますが、その際も彼は一歩下がったところにいます。指導には男性も女性も関係ないとは思いますがか、少なくとも私などは男子生徒の力には敵いません。「トド氏」には最前線に出てもらいたいと思っていましたが、やがて彼は現場にも姿を見せないようになりました。そんな彼を批判する教員も少しづつ増えていきました。

その後ほどなくして彼は療養休暇に入りました。精神疾患によるそうです。その要因が学校の「荒れ」にあるのかどうかはわかりません。でも私にはまったく無関係とは思えませんでした。

からだは屈強でも心もそうだとは限りません。




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