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古い温泉宿で思わぬ本と出会う

古い温泉旅館に泊まったときなど廊下の片隅に古びた本棚が置かれているのを目にすることがあります。年季の入った木製の本棚で、一部壊れていたり傾いていたりすることもあります。並んでいる本も古くて埃をかぶったものが多いです。破損しているものもたくさんあり、手に取るとさらに破損がさらに進んでしまいそうな気がします。でも私はそれらを手に取って読むことがよくあります。

最近はやりのおしゃれな「ブックホテル」などとは違って、そうした宿には昔からその宿で所有されてきた本が置かれていることが多いです。何世代も前から所有されてきた本の中には貴重な資料となるものも少なくありません。その地方に関する書物や、その地方にしかない雑誌や同人誌などに出会うこともあります。宿の縁起(歴史)が書かれたものの中にも興味深いものが多いです。絶版となった文学全集や独立した子どもが残して行ったコミック誌、宿の主人の趣味と思われる実用書や展覧会の図録などが脈略もなく置かれていることもあり、それはそれで楽しいです。さながら古書店に行ったような気分ですし、思わぬ「掘り出し物」に出会うこともあります。

岩手の旅館に泊まった時のことです。雪で身動きが取れなくなったので暇つぶしに宿に置いてあった宮沢賢治の童話をほとんどすべて読みました。私にとっては再読でしたが、賢治の故郷で読むと読後感が少し違いました。

山形の肘折温泉の宿ではこけしの由来について書かれた本を読み、江戸時代に東北地方の温泉地で作られた木製の人形が始まりであることなどこけしについての知識をたくさん得ました。そこには東北学を提唱した民俗学者の赤坂憲雄さんの著作もたくさん並んでいました。何冊か手に取って読んでみました。すごく興味深い内容で、その時から赤坂さんの本をたびたび読むようになりました。貴重な出会いです。

万座温泉の湯治宿で手にした『ランプのともしびから:奥信濃五色の湯旅館:水野茂自伝』も忘れられない本です。宿の歴史を記したものですが、著者は宿の創業者で俳人でもあり、かつて軽井沢と草津温泉の間を走っていた鉄道(草軽電気鉄道)の社長も務めた人です。山奥の温泉旅館の営みや当時の社会状況などそれまで知らなかったことを知ることができました。宿泊しなかったならおそらく出会うことのなかった本です。

古い宿で良書と出会うのも旅の楽しさのひとつです。


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