ジャンプ+原作大賞・「萌《アイ》で忍んで我屠る」第1話

〇くノ一の里・学び舎教室内
 くノ一の少女らが各々の机に向かい学修している。

師範「はぁい! ちゅうもくちゅうもぉ~く☆」
 眼帯を付けたゆるふわ師範が手を合わせて皆に呼びかけた。


師範「突然だけど、くノ一たるための三大原則って、みんな何かわかるかにゃぁ~?」
 師範の言葉ガン無視で漫画を読んでいる生徒。

師範「はい、まずは肉体ね。ムキムキになれってことじゃなくて、トップアスリートの5倍は最低限動けてねってコト」
 モニターでアニメを見ながらノートを取ってる生徒。

師範「んで次に技能。変装して騙さなきゃなのに、お化粧がはがれてたらお話にならんでしょぉ?」
 恋愛ゲームをしている生徒。モニターの周りにはメモが書かれた紙が大量に貼られている。

師範「まぁここまでは他の忍と同じで、肝心なのは3つめ。何だと思う? 知りたい? 知りたいよねぇ~じゃ教えちゃおっかにゃぁ」
 机の上の美少女フィギュアを観察しながら裁縫する生徒。

師範「そ・れ・は・ねぇ」師範の口元が歪む。


師範「愛です」
 言葉の雰囲気の変化を感じ取った生徒たちが一斉に顔を上げた。


師範「くノ一われわれは愛を以て、標的の心臓ハートを射止めるのです」
 悪役みたいな歪んだ笑顔を貼り付け、顔の横に萌え系な表紙のアニメDVDを掲げる。彼女の背後には『萌・技・体』と書かれた額が。

〇高校・校舎裏
 人気の無い校舎裏、そこに人目を盗んでやってきた2人の男女の姿。
 ぎゅっと胸の上で両手を重ね、顔を伏せている女の子。
リョウ「ソウ君――」

 両手に自然と力が加わる。

リョウ「……好きです。ソウくんと幼馴染になったあの頃から、ずっとずっと」ばっと顔を上げるリョウ。顔はすっかり真っ赤に染まっていて、涙目になりながら強く訴えかけている。

ソウイチロウ「家内かない
リョウ「ソウくん……」
 見つめあう2人、甘い空気が校舎裏に流れ出す。


ソウイチロウ「――いや、家内が隣に越してきたのつい半年前だろ」


 張り詰めた空気が校舎裏を塗り替える、数秒の沈黙。


リョウ「ソウちゃん!!」
ソウイチロウ「――わっ」
 ガバッ! 勢いよくソウイチロウの胸にダイブ。
   
リョウ「分かってる、ソウちゃんが言いたいこと……言わなくても分かるよ、幼馴染だもん」シャツを握りしめながら顔を伏せているリョウ。

ソウイチロウ「だから半年――」
リョウ「分かってる! 分かってるから、せめて今だけはこのままで……」
 ソウイチロウは「ふむ」と所在無げに空を見上げる。空は快晴。
 キンコーンカーン、予鈴が鳴る。

ソウイチロウ「家内、そろそろ――」
 言いながら顔を下げるソウイチロウ。

 身体に張り付いていたリョウは、姿勢を低くして物凄い形相でこちらを睨み上げていた。
 両手に握られているのは先端の鋭いアイスピックのような凶器。
 それはリョウが髪留めに使っていた花飾りの付く2本の簪。

 ソウイチロウ目がけ、双牙が勢いよく迫る!

〇高校教室・昼休み
 賑わう教室内。各々いくつかのグループで机を囲み昼食を摂っている。

女生徒1「ねね、聞いた? 家内さんの話」
 その声に反応して顔を向けた赤髪ツインテールの少女アカネ。

女生徒2「あー、田中に告るとか言ってたやつ。やったんだ」
女生徒1「いや、それがさ……」
 アカネに話かけたと思われたそれはしかし、隣の席で弁当をつつきながら会話しているクラスメイト達だった。

女生徒2「てことはいつも通り?」   
 場面変わってさっきの校舎裏。
 煙草を燻らせながら白衣を着た女性養護教諭がそれを見下ろしている。背後には黒子が2人。
女生徒1「らしいよ」

女生徒1「見事に玉砕」
 校舎の壁にもたれているリョウ。目は完全に白目を向き気絶している。背の壁はちょっとしたクレーターになっていた。

女生徒2「はぁん、家内さんならもしかしたらって思ったけどなぁ」
女生徒1「幼馴染なんでしょ? 兄妹みたいな感じなんじゃない?」しらんけど
 場面戻って教室内。
女生徒2「てか毎度思うけどなんで田中? 田中だぞ名前」
女生徒1「いやモテに名前関係ないし……」
 そんな2人の様子を黙って聞いてるアカネ。

アカネ(オリョウが? うちの有力株の1人なのに?)
(幼馴染だぞ? 男のニーズは完璧じゃ……)
 アカネ、おとがいに人差し指を添える。
アカネ(でも待てよ、イコール奴はニッチ系好きの変態野郎なのでは?)
(それなら私の“キャラ”でも押せばワンチャン――)

生徒1「九頭鬼くずきさん」

 名前を呼ばれ現実に戻されるアカネ。
アカネ「は?」
生徒1「えっと……」
生徒2「はてか、いや、なに」
 そこでアカネが2人に身体を向けて睨んでいたことに気づく「あ」。

 「別に」その場から逃げるように、机に立てかけていたバットケースをひったくる。
 ガタッ! ケースを肩にかけおもむろに席を立った。
アカネ「ほんとそういう下らない話好きだなって関心しただけ」
女生徒2「はあ?!」

 教室を出ていこうとするアカネ。
女生徒2「なんでいちいちケンカ売るわけ? アイツ!」
女生徒1「ほっときなよ、ほら人嫌いって噂だしさ」
 教室に背を向けたまま廊下へ出る。
女生徒2「えらそうに、こっちから願い下げだっつうの」
アカネ「…………」
 後ろ手で引き戸を静かに閉める。

 俯く傍らで、何やら廊下のほうがざわざわとし始め、反射的にそちらを見た。
アカネ(噂をすれば)
アカネ(田中ソウイチロウ)
 友達の2人と共にこちらに向かって歩いてきてる。

アカネ(私の“キャラ”でも押せばワンチャン)
 先ほどの考えが蘇り、決心するように拳を握る。
アカネ(――よし)

ハム太「この見えそうで見えない角度! 芸術だよもはや!」
ユーキ「でも絵だろ? それ」
 ソウイチロウの友達、背が低く太ったハム太と金髪不良少年のユーキが、スマホを挟んで言い合っている。
ハム太「はっ、やだねやだやだ。女子を次元で差別する輩は」
ユーキ「んえ、あっ、じげん……?」
アカネ「たっ、田中ァ!!」
 不意にしたアカネの大声に姿を見つけるソウイチロウ。

ソウイチロウ「くず――」

 腰に片手を置き、目元でピースしたアカネ。顔は羞恥に染まり、ぎこちない笑みを張り付けている。

アカネ「わ、私はパピプペ星からやってきた“アカネ・スターダスト・屑輝”だプゥ!」
「ぜひ私と並行宇宙について語り合いながらお弁当――」


アカネ「を……」
 シーン。ざわついていた廊下が一瞬にして静まり返る。

 ――ガッ!! 目元にやっていたピースをソウイチロウに勢いよく突き出すアカネ。
 だが平然と片手で手首を掴み受け止められた。

ソウイチロウ「元気だな九頭鬼」
アカネ「忘れろや……ッ!」
 力の押し問答をしながら対峙する2人。
ソウイチロウ「こんなことしても記憶は消せないと思うが」
アカネ「ロボトミーって知ってる?」脳みそいじんの
 2人を傍観している生徒たち。
 ハム太は怯えた様子でユーキの陰に隠れていた。

ソウイチロウ「それでなんだったか、お昼がどうのと」
「悪いがもう一度――」
アカネ「――ッ!!」
 再び顔が羞恥で真っ赤に染まるアカネ。

アカネ「死ね! 裏切り者!!」
 ブォン! 一瞬にしてアカネの姿が無くなる。代わりに手にはアカネを模したぬいぐるみが握られていた。
 ぽつんと取り残された感じのソウイチロウとその他。

ユーキ「ソウなんかしたのか?」
ソウイチロウが「ふむ」と考え込んでいる後ろで、ハム太がぬいぐるみに「かわいい……」と興奮していた。

〇高校・校舎裏
 校舎裏に繋がる外階段3階部分、手すりの上に座り足を外側に放り出してるアカネ。

アカネ(あークソ! なんたる失態!)
(無駄に私が恥かいただけじゃん!)
 パック牛乳片手にレバニラサンドを食べている。
アカネ(あれのどこがニッチ系よ、哀れみの目だったぞあれ!)
 忌々しいという目をしながら牛乳を飲む。
アカネ(まあそれ以前に、キャラ被れきれなきゃ話にならないわけだけどさ)

 肩を落とした感じで落胆する。
アカネ「やっぱ私に“電波系”は無理あるな」うん
ムアン「え~? そうですか?」

 声に顔を上げる「アンタは――」
 大きな蝶の髪飾りの緩いカールを巻くピンク髪少女が、3階と4階の間の踊り場に立って、意地の悪い笑みで見下ろしている。

ムアン「お似合いですよ先輩に。脳みそが足らなそうなところとか♡」

アカネ「ムアン……なんでアンタがこんなとこに?」
 カツカツと階段を下りてくる。
ムアン「いやいや。先輩が大恥かいたと聞き、さぞ面白い顔してるんだろうなぁって」

   「見に来ただけですよ♡」ばっとアカネの顔を間近でのぞき込む。ハハッ、ブスゥ!

アカネ「相変わらず私にだけは口が悪いな……ほんと、気を付けなよ」
ムアン「? なにが……」

 至って冷たい目でムアンの顔を見る。
アカネ「迂愚うぐなお家プライドが丸見えだって言ってんの」
 ――ッ!! アカネの煽りに強く怒りの反応を見せるムアン。

ムアン「……ハッ、プライドが高いのはお互い様でしょう?」
アカネ「おあいにく、私は九頭鬼も派閥も興味ないから。暗殺これも仕事」
 「仕事に意味とかない」と言うアカネに、ちっと舌打ちするムアン。

 地上から、「おーいムアンちゃん!」と呼ぶムアンの友人ら。
ムアン「ごめんなさーい! 今いくねぇ♡」友達に手を振るムアン。

 手すりから体を離す「ま、なんでもいいですけど」。
 コン、と階段を下りる。

ムアン「そんなことより、友達とか作ったほうがいいですよ先輩」
学校ここでも一匹狼のつもりですか?」
 手すりに座るアカネはパンと牛乳を握ってぽつんとしている。

ムアン「ま、無理か」ムアンのうっかりさん♡
 コツンと自分の頭をわざとらしく叩く。


 ――地上、ムアンを中心とした女子一行が校舎裏を離れていく。それを眺めるアカネ。

アカネ「友達……ね」
 ズズッ、空の牛乳パックをさらに吸い取ろうとする。

 「九頭鬼!」バタン! 勢いよくアカネの背後、外階段に出るための扉が開かれた。

アカネ「はっ、な……なに、田中?」
 困惑してるアカネにずんずん歩み寄って腕をつかむソウイチロウ。

ソウイチロウ「昼飯、一緒に食べよう」
 おもむろな昼食のお誘いに、「……は?」困惑するアカネ。

〇高校・屋上
 雲一つない快晴に「はあ」とため息が混じる。
 屋上にはアカネを含めたソウイチロウ、ハム太、ユーキの4人が昼飯を囲んでいる。他に生徒はいない。

アカネ「どうしてこうなった」
 大量のパンやらおにぎりを両手で抱えるアカネ。隣からさらに追加される。

ソウイチロウ「おかしなことを言うな九頭鬼、そも昼飯を一緒したいと言ったのはお前だろ」

 これもこれもとどんどんアカネに追加される。

アカネ「忘れろとも、もう食べたとも言ったはずだけど」
「ていうか――」

 ガバっと立ち上がるアカネ。抱えてない分がバサバサと地に落ちる。
アカネ「さっきからなんだ!!」「プププの住民じゃねえぞ私は!」

 何を言ってるんだ? と首を傾げるソウイチロウ。
ソウイチロウ「ぷぷぷというのは分からないが、これくらい普通の量だろ。なんなら少ない」
アカネ「バケモノが」


ソウイチロウ「まあ落ち着け、こんなのもあった」
 アカネの前についとレバニラ牛乳が差し出される。これは!? と表情を変えた。


ちう~~。黙って座り直し、レバニラ牛乳を飲んでいるアカネ。「九頭鬼も大概だよな」


ソウイチロウ「2人はさっきから何してるんだ?」
 あんだとコラ! と憤慨するアカネをよそにハム太とユーキに話を投げる。

ユーキ「おう! これだよこれ」喜々としてスマホの画面を見せてくる。
ソウイチロウ「……ぐう?」

ユーキ「“たまき”だよ、偶姫ムアン。今俺らが一番推してる学園アイドル」
 ムアンのファンサイトのトップページ。マイク部分が紙コップになっているマイクスタンドを握ったムアンが載っている。

ソウイチロウ「ふむ、知らないな」
ハム太「嘘だろ田中氏! ムショにでも入ってたんかあんた!」
ソウイチロウ「そこまでか」
 必死に身を乗り出すハム太に引き気味のソウイチロウ。

ユーキ「一度ライブ動画とか見てみれば? 足とかめっちゃエロいんだ」
ハム太「ユーキ死! アイドルをそんな目で見んなと!」
アカネ「なにがいいんだ、あんなのの」
 男共の下らないやり取りを傍らに、空を仰ぎながら呟いてちうーと吸う。

ソウイチロウ「九頭鬼知り合いなのか?」
アカネ「別に、ただの腐れ縁」
 マジか!? と反応する男子2人。

ユーキ「えっじゃあじゃあ、頼めばサインの1つや2つ貰えるってことかよ!」
ハム太「おい抜け駆けすんなコラ!」
アカネ「男ってホント――」言い終える前に、アカネは目の前の光景を改めて見た。


 それはやいのやいのと騒ぎじゃれあっている友達同士の光景だった。


 ガバッ! 勢いよく立ち上がるアカネ。それを見て「どうした九頭鬼」とソウイチロウが声をかける。

アカネ「――急用」
 背で語ったアカネはそれ以上何も言わずに屋上を出ていこうとする。

 扉を開けようとした時、「九頭鬼」と呼びかけられた。
ソウイチロウ「また飯、一緒に食おうぜ」純粋な微笑みのそれに、言葉を返すことなく扉を閉めた。

 階段を下りるアカネ。
 自身の太ももをバシっと殴りつけて、「ムカつく」と呟いた。

女生徒3「九頭鬼さん」

 呼びかけられたのは階段の下、見覚えのない男女数名がアカネを見上げている。

女生徒3「放課後、ちょっとツラ貸してもらえる?」
 言う彼女の手にはデコレーションされた紙コップが握られていた。

〇高校教室・放課後
 放課後のチャイムが鳴り、用の無い生徒が帰っていく。
 「なあ」ほとんど人のいない教室、話しかけられた男子生徒が顔を上げる。
ソウイチロウ「ハム太とユーキ知らないか」「さあ」
 ふむと考える仕草を見せる。


 ガララッ! 唐突に勢いよく外から扉が開かれる「田中先輩!」


ソウイチロウ「お前は」と入ってきた者に目を向けた。

 そこにいたのは、腕から流れている血をもう片方の手で抑え、制服が崩れた偶姫ムアンだった。

ムアン「助けて、先輩……」
「九頭鬼先輩が!!」

 場面変わって体育倉庫。ガララ! 倉庫の引き戸が開けられる。

 薄暗い倉庫内で1人、バットを片手に立ち尽くすアカネ。
 足元には数名の男女生徒が倒れ伏している。
ソウイチロウ「九頭鬼?」

 訳も分からず呟いたソウイチロウの視界に映る。「――ッ!!」

ソウイチロウ「ハム太! ユーキ!」

 倒れている2人に駆け寄るソウイチロウ。

ソウイチロウ「……なんでこんなことした」背を向けながら呟くソウイチロウにアカネは黙っている。

 「九頭鬼!!」振り返るソウイチロウの表情は鬼気に迫っていた。

アカネ「――別に」
 落ちていたバットケースを拾う。
「やんなきゃやられてたから」


ムアン「信じちゃだめですよ……田中先輩」
 体育倉庫に入ってくるムアン。

ムアン「そんな子供みたいな嘘が通じると思ったんですかぁ? せんぱぁい」
 「ムアン……」睨むアカネ。
ムアン「田中先輩、聞いたことありますか? 九頭鬼先輩の怖~い噂」

 「“九頭鬼は身体の中に本物の鬼を飼っている”」それに黙っている2人。

ソウイチロウ「そうか」と、ぽつり。

 諦めるように目を伏せるアカネ。体育倉庫を出ていった。
 途中、入口のムアンとすれ違う。

ムアン(アハッ、かった♡)勝ちを確信して笑みを歪める。


 アカネが居なくなった体育倉庫。ソウイチロウとムアンの2人。
ムアン「ありがとうございます田中先輩♡ 迫真の先輩カッコよかったですぅ!」

 言葉を受けながらも、ソウイチロウが見つめるのは手の中の友人であった。

〇高校・廊下
 夕日の差す、人のいない廊下を1人歩くアカネ。
 ――『アカネ!!』俯くアカネにいつかの記憶の声が浮上してくる。

 ※回想・くノ一の里、アカネ小学生くらい。

 派手に割れた壺が地面に散乱してる。

アカネ『はぁ!? だから私じゃないって!』憤慨するアカネ少女。
大人『じゃあ誰がやったというのです!』
『ここで猫と戯れていたのでしょう?!』

 里の大人に怒られているアカネ少女。
 ちらり、アカネ少女の視線が動く。
 その先では、ムアン少女と取り巻きがくすくすと笑って見ていた。

大人『大体ね、いつもその態度がいけません! 誰も敵ではないのですから素直に認めて――』
アカネ(分かってる)

(だから私は私が嫌いなんだから)


 ※現代に戻る。
ムアン「はぁ!? なんでそうなるんですか!」

 叫び声が聞こえてきたのはアカネの先、保健室の中から。
 覗くとソウイチロウとムアンの2人が言い争っていた。

ムアン「九頭鬼先輩の言うことを信じるんですか!? 私じゃなく?!」
 え――と驚くアカネ。「ああ」

ソウイチロウ「さっきハム太達の体を見て気づいたんだ。あれは急所や当たり所を見極め、バットを当てていた」
 倒れているハム太達。
「あれなら多少の打撲くらいで済む」
「ただの暴君ならそんな面倒な気遣いはしないだろ」


 ガタッ! 丸椅子から勢いよく立ち上がる。
ムアン「そんなっ、そんなことでッ!」

ムアン「私は偶姫ムアンですよ?! それよりもあんな……人望も味方もない女を信じるんですか!?」

ソウイチロウ「ああ、信じるよ」真っ直ぐに見据えて言い切った。


 「――くぎィッ!!」悔し気に歯噛みするムアン。
ムアン「ア、アイツは、鬼を飼ってるんですよ? だから誰も近寄らない……!」「ふむ、なら」

ソウイチロウ「その鬼もろとも、友達になればいい」
アカネ「――――っ」廊下で聞いていたアカネが息を飲む。

ソウイチロウ「腕が良さそうなら俺はもう帰る。ハム太達を送らないといけない」
 ガタ、ソウイチロウが椅子を立つのが分かる。

 「お大事にな偶姫」扉を開けて保健室から出てくるソウイチロウ。そこにはもうアカネの姿はない。

 廊下を歩き去っていくソウイチロウ。角の陰に隠れていたアカネには気づかなかった。


 戻って保健室。椅子に座って俯きぶつぶつと呟くムアン。
ムアン「はぁ?? 意味わかんねぇ、どうしたらそんな思考になンだよ。あん、なんであんな……あんなクソ女なんかに――ッ!」

 ガラガラ、バットが廊下を引く音が聞こえてくる。

 音に反応して保健室の出入り口に目を上げた。「テメェ……」恨めしそうに睨むムアン。

 「ムアン」アカネがバットを片手に立っていた。
アカネ「昔からコソコソと――いい加減目障りよアンタ」

 ガチャン! バットの柄を回すと、バットから大量のクナイが外側に先端を向けて飛び出し、鬼の金棒みたいなトゲトゲのバットにフォルムチェンジする。

ムアン「あぁ、ああ……テメェのテメェのせいでいつもいつも……」ゆらゆらと立ち上がる。

ムアン「九頭鬼ィィィィィィ!!」
アカネ「上等!! お前には容赦しねぇ!!」
 対峙する2人。戦いの火ぶたが落とされた。


 ズガァァァン!! 大きな爆発と共に保健室から大量の土煙が廊下に流れ出てくる。
 ガキン! ガキン! 土煙の中で互いの得物を何度も打ち合わせ、火花を散らしている。

 ボォン! 土煙の中から出てくるアカネとムアン。バットとクナイが鍔迫り合う。

 空中でムアンがもう片方の手から手品のようにクナイを取り出し、先端をアカネへ――!

 視線でそれを捉えるが、バットに両手が塞がれ防げない。
アカネ「――ッ!!」

 身体を回転する要領で、力任せにバットでムアンを押し飛ばした。

 廊下の後方に勢いよく飛ばされたムアンだったが、地に足裏を付けて着地。
ムアン「さっすが。鬼ゴリラな先輩相手じゃ、体術オンリーは不利ですね」

 「だったら」カラカラン、両手のクナイを落とすムアン。

ムアン「おぼえてますか先輩」
 代わりに制服の懐から取り出したのは、マイク部分がデコレーションされた紙コップのマイクスタンド。

ムアン「くノ一の三大原則」紙コップを口元へ。


ムアン「その2」
バッ! 突如アカネの背後に人影が飛び出す! 


 瞬時に振り向いて反応。そのままバットを背後の奇襲者に……。
 「――ッ!?」

 それは正気を失った様子の男生徒。
 ほぼ反射的に後方へ転ぶように体制を崩し、バットを空振らせ、代わりに上げた右足で男子生徒のこめかみを叩いた。

ムアン「すげぇー」
 パチパチとにこにこしながら手を叩く。

 「で・も♡」ガラララ! アカネのすぐ脇の教室の戸が開く。


ムアン「私の残弾ファンはまだあんぞ!」
 出てきたのはカッターナイフを握った女生徒。
 体制を崩し無防備なアカネにそれが振り下ろされる。

ムアン「アハッ!」歪んだ笑みを張り付ける。

 ぽた、と地面に赤い水滴が落ちる。

ムアン「ざんねん♡」
 切ったのはアカネの額。顔に紅い幕を下ろすように下へ向かって滴る血。
ムアン「完全に取ったつもりだったけど、よくあの状態で顔逸らせましたねぇ」

 「ま、王手には変わらないんですけど」屈むアカネ、傍らの女生徒がカッターを無慈悲に振り上げる。


アカネ「――――」ガシッ! おもむろに女生徒の制服の裾を鷲掴むと、
 ブォン!! そのまま片手で女生徒をムアンへ向け投げた!


ムアン「はッ!?」

 衝突。
 ムアンは飛んできた女生徒を抱きとめる形で受け止める。「ぐっ!」

 次いで目を開けると、顔面血まみれのアカネが肉薄していた。
 咄嗟にクナイでバットを受け止める。
 女生徒はムアンの腕から離れて地面へ滑り落ちる。

 バットを受けたクナイだったが、力でクナイは砕けそのままムアンの腕を叩き、吹き飛ばされる。

ムアン「ぐっ、ガァ!」
 折れているムアンの腕。

 バットを引きずりながら歩み寄ってきているアカネ。
ムアン(なに!? 急にアイツのパワーが)
(ていうかあの圧気プレッシャーはッ!?)

アカネが顔を上げる。血で真っ赤に染まり睨むその目つきはまるで――。

 『“九頭鬼は身体の中に本物の鬼を飼っている”』
ムアン「……鬼ッ」紙コップマイクを持ち上げる。

 進行がふいに止まるアカネ。
 目線で前方を見上げると、廊下を埋め尽くさんとするほどのファンゾンビ化された生徒たち。ムアンはその後ろの安全圏。
 気づけば背後の通路からも同じような生徒たちが。

ムアン「結局、テメェはただの偽善者なんだよ! 実はいい人でしたなんてオチはありえねぇ!」

 「それともなにか」笑みを歪ませるムアン。


ムアン「エゴのため、かわいいファンたちに潰されてくれるかぁ!?」キャハハハ!!

 アカネは迫りくるファンゾンビたちの中心で、手に握ったクナイバットを前方斜め上に掲げ、柄の底を引っ張った。

ドドドドドド!!!! バットから飛び出ていたクナイが一斉に爆発し四散する!

ムアン「ちっ! 吹っ切りやがった!!」

 しかし、それらは生徒達を誰1人として貫いていない。

 代わりにクナイは、廊下の天井や付近の壁上部に刺さっていた。
 見つけたムアンが一瞬困惑する「あれは……」

 その間にアカネは身体を極限まで低くすると――バネの要領で跳んだ!

 タンタンタタン! と、刺さったクナイを足場にしながら、生徒たちの上を通ってムアンへと迫る。

ムアン「なッ――!?」驚き見上げるムアン。

 柄をしっかりと握って、ただのバットを空中で振りかぶる。
アカネ(私は私が嫌い)

※回想、アカネ幼少

 子供たちに向けて怒った様子で叫んでいるアカネ少女。
アカネ(いつだって大事な時に限って、思ってることと逆を言ってしまう)
(まるでもう1人の私が身体ん中にいて、乗っ取られてるみたいに)

(だから私はいつも心の中でSOSを叫んでた)
 独りぼっちになるアカネ。猫と戯れている。

(あの時もあの時もあの時もあの時も)
 今までに後悔した場面がいくつも蘇る。

(あの時だって)
 アカネがひどいこと言った子供たちが仲良く遊んでいる。遠目でアカネがぽつんとその様子を見ている。

(ただ私は――)

 ※現代に戻る。

アカネ(みんなと遊びたかっただけ!)

 バケモノのような笑みを浮かべながらバットを振りかぶっているアカネ。その表情は無邪気な子供そのもの。


ムアン「バッ――! パ、パパ……たすけ――ッ!」
 怯えた表情でただそれを見上げる。

 ゴーン。夕方の鐘が校舎全体に響いた。


 廊下には敷き詰められるように生徒達が倒れている。ムアンも戦闘不能で伸びていた。

 ただ1人、その中で立っているアカネ。
 ドッ、ドッ、ドッ。心臓の音と、アカネの息を切らした音が混ざる。

ソウイチロウ『なら、その鬼もろとも、友達になればいい』

 ドッ、ドッ、ドッ! 心臓が速くなる。
アカネ「ああ……くそ」苦しむ胸を手で抑えた。

アカネ「血、流しすぎた……」
 頬を真っ赤にして、バットを持った手を口元へ。まるで恥ずかしがっているように目線を無自覚に逸らしていた。


ドサ! 唯一立っていたアカネも地面に落ちた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?