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超短編小説「髪と私の人生」(前編)

(過去)
鏡に映った私を見つめる。
寝起きの顔とボサボサの髪。
水で顔を洗い、ブラシで髪を整える。
黒く綺麗な髪は私の自慢だった。
小学校では毎日のように、友達から褒められる部分だった。
「あ、学校に行かないと」
ランドセルを背負って、急いで学校に向かった。

私の人生は髪が命だった。
だから、手入れはしっかりと。
そして、丁重に扱った。

あれから高校生になり、より一層に紙を大切にした。
相変わらず、周りから髪に対して、チヤホヤされた。
私はそれだけで満足だった。

今日は健康診断だった。
体操服に着替えて、体育館に集合する。
周りは身長、特に体重を気にしていた。
しかし、私は違った。特に興味はなかったからだ。
「次の方、どうぞ」
私の番になり、レントゲン室に入った。
撮影はすぐに終わり、教室へと向かった。
特に何事もなく、私は制服に着替える。

今回は授業はなく、そのまま家へと帰ってきた。
私は鏡の前に立ち、髪を眺める。
手で優しく撫でるように触る。
私が言うのもなんだが、相変わらず綺麗だった。
失いたくない……。そんな感情が芽生える。
それは日を重ねるごとに増していく。
私は今日も髪を大切にする。
ただ、それだけだった。

(現在)
今、私はベッドに横たわっている。
起き上がりたい気持ちとは真逆に、私の体は動かなかった。
ここは病院だった。
健康診断の結果、体に異常があった。
癌だった。
症状は進んでおり、入院を余儀なくされた。
家からは遠く、静かな場所で治療をしていた。
補助具を使って、鏡の前まで歩く。
以前の私とは違った。
病気と治療で痩せていた。
そして、私の髪はもう無かった。
昔から大事にしてきた、私の唯一の長所。
「いやっ!」
もう見たくなかった。
魅力のない今の私に、誰も振り向かない。
体と心が不安によって、蝕んでいく。
徐々に、私を襲っていく……。


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