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パリ ゲイ術体験記 vol.19「夜のセーヌ河遊び 左岸編」

その道(ゲイ)の業界用語で、同士が集まり即実践ができる所を発展場とよぶらしいのだが、あちこち旅をしてわかったのは、ゲイがいるところはハッテン場らしきものは世界中に存在しているようである。
ゲイ専門のサウナや浴場やサウナのある健康ランドみたいな施設もハッテン場になりうるらしいが、ここでいうところのハッテン場は野外にある場所のこと。

日本国内での個人的な活動経験が無いに等しいのではっきりは断言できないが、日本では大きめな公園にある公衆トイレであったりするらしい。
パリにもハッテン場が何ヵ所か存在しており、その中の一つが以前に住んでいた家から徒歩で10分という遠くない所にあったので、夏場の暇な夜には散歩がてらよく訪れたものだった。
そこはセーヌ河畔に面した小さなセメント工場で、河っぷちにセメント生産用の建造物が幾つかあるだけで、柵もなく誰でもが散歩がてら通行できる場所でもあった。セメント生産が終わる夕方頃になると、どこからということなく男達がポツンポツンと集まってくる。

河畔に集まる面々は、だいたいが常連か既に様子を知っている者ばかりである。行くと必ず見る顔というのも少なくない。
ただ、公共の場でのマル秘ハレンチ探しに来ているわけであるから、よく見かける顔であっても「やあ久しぶり。元気かい?」と普通の挨拶にはなりにくい。なにしろ、ここは基本的に非言語コミュニケーションゾーンである。

何度か見かけた常連顔の一人に、バイクでやって来てハード系な服装をしている少し人相に問題がありそうな男がいて、ちょっと寄り付き難いオーラを醸し出している。
いつもはすれ違っても目もくれないのに、その日は何故だか目配せをしてきて、建物の隅にこちらを招く仕草をする。
「今日はなんでまた..?」といぶかしく思いながらも数歩近寄ってみたら、そのハード系人相悪め兄さんはズボンのポケットから黒の手袋を取り出して静かにはめたと思いきや、次に革ベストの内側に手を入れて何かを取り出そうとした時のこと…
「動くな!ポリスだ!おとなしくしろ!」の怒号と共に私の背後から6~7人の私服警官がいきなり現れて銃をその男に向け、お前は邪魔だと言わんばかりに私は横にはね除けられた。
周りには誰もいなかった筈なのに、密かにつけてきて上手く潜んでいたに違いない。
そして、彼は飛んできたパトカーに乗せられて行ってしまい、またあっという間に誰もいない静かな河畔となった。

常連の散歩人から聞いた情報では、彼は私服警官のフリをするのが趣味らしくて、腕にポリスの腕章をつけたりしては河で行動していたらしく、それが通報されてマークされていたらしい。
だけど、あの時に革ベストから取り出そうとしていた物は果たしてピストルだったのだろうか..
もしそれが偽物だったとしても、あの時に本物の警官が登場してくれなかったなら、それを見た瞬間にちびるか泡でも吹いて気絶していたかも知れない。
それから2カ月ほど経ったある晩にまたその男が来ていたので、あの時に胸元から出そうとした代物は一体何だったかをあらためて尋ねてみたい衝動にかられたけれど、トバッチリがくる可能性もあるのでやめておくことにした。

また、ある真夏の夜のこと。
23時を過ぎているのに気温30度もある暑さのせいで、セーヌの淵に座って足をおろしてぼんやりと過ごしていた。
セーヌの観光遊覧船バトー•ムーシュが、河畔を照らすライトアップ用の目映い光をこちらに当てながら通りすぎてゆく。
ご機嫌な観光客はこちらにむかって暢気に手を振っているが中には勘の良い人間もいて、河辺にいる男だけの不可解な群れを見て、すかさずヒューヒューと口笛を鳴らしてくる冷やかし好きな人もたまにいる。「ようやるなー」か「がんばれよー」なのかは知らないけれど。

船が去ってまた静けさと暗闇が戻った時、私が座っていた場所から20メートルほど先の河っぷち水面が突如波立って、なんと水の中から黒い生物が水面から頭を出した。その瞬間、ネス湖のネッシーが私の頭をよぎった。
辺りは暗いが真っ黒だとわかるその生き物は時間をかけて岸に這い上がり、ペッタペッタとこちら方向に向かってゆっくりと近づいてくる。
硬直してしまっていた私は動けずに固唾をのんでいたが、5メートル位の距離に来たらそれが完全に人であることが確認できた。
とっくり見たら、全身を厚めの黒いラテックスで装備していて、足には大きな水掻き、口の部分からは象さんの鼻みたいな長いホースが垂れ下がっている。
そのラテックス人間は、河畔にポツンと1軒建っている小さな作業小屋に向かうもよう。
ブロックとトタンでできているお粗末な掘っ立て小屋は、河に面した側には壁が無くて雨宿りなどにも最適なスペースとなっていた。

なんだか俄然興味が湧いてきた私は、ラテックス氏の後ろを密かに尾行して小屋の中までついていった。お断りしておくが、私はラテックスには何の興味も関心も無い。ただ、少しへんな人に興味があるだけである。
ラテックス氏は普段着のように軽くは動けないし、呼吸もゴムホースの先っぽからしか空気を吸えていなさそうであるから、側で見ていると呼吸も荒くてしんどそうに見える。

小屋には先客もおらず、いるのは彼と観察している私だけであった。
多分あまりにしげしげと見るものだから、彼は私がラテックスが好きでかぶり付き気味であると勘違いしたのか、おもむろにポッパース(瞬間的興奮増長用のシンナーみたいな液体)の小瓶を出してきて、ゴムホースの先っぽからそれを嗅ぎだしたのである。
ポッパースは普通に鼻から吸ってもしっかり嗅がないと効果がでない代物なのに、長いホースの先から嗅いだところで揮発したものが鼻の穴に到達する前に効果が減少してしまうと思われる …

そこで普段から余計な世話をやくという自分の悪い癖が出て、「そんなに長い管を通して吸引したところで、何の役にもたたないのではないですか?いっそのこと、ゴムホースの根元を少しちょん切って小瓶をセロテープでぐるぐる巻きに張り付けてみては?それなら空気もポッパースも両方吸えるから完璧かも…」とラテックスの塞がっている耳元で大声で言ってみた。
後になってから考えるには、多分ラテックス氏は小屋に一緒に入ってきた私が喜んで彼の衣装であるゴムを撫で回すとでも期待したのではなかろうか。
それなのに、余計なお世話感満載のアドバイスを聞かされたせいでムッとしたのである。
それを聞いたラテックス氏は私の頭を1発バシッとぶったとおもったら、呆れたような仕草をしながら小屋を出ていってしまった。
這い上がってきた地点にまた戻ったら、再び闇深いセーヌの水の中に消えていったのである …
ラテックス•プライド水の泡。

彼にとっては折角の一大お出かけイベントだっただろうに、故意ではないにしろ悪い事をしてしまったと猛反省する私。
しかし、暗闇のセーヌを泳いだり潜ったりしながら来たのはわかったが、一体どれくらい離れた場所から水の中を伝ってきたのだろう ..
這い出た場所には間違いなく自分の車がとめてあって、その中で大がかりな衣装チェンジをしているに違いない。
あそこまで完璧な変身だと、普段の彼がどういう人なのかを想像する事が難しい。
うすらハゲの不細工で気持ち悪い男なのか、はたまた美男然とした優男でスポーツマンだったりして…
しなくてよい妄想が膨らむばかりである。



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