パリ ゲイ術体験記 vol.45 「おまけクロワッサン」
パン大国フランスの多くのスーパーマーケットには独自のパン売り場があって、バゲットなどのポピュラーな種類のパンはその場所で焼いていることが多い。ただ、大抵は低得点な味わいのパンだけど . . .
私が以前住んでいた界隈のスーパーにも同じようなパン売り場があって、それでも焼きたてのまだ暖かいパンに当たるとまあまあ美味しくて嬉しいものである。
そこのスーパーのパン売り場だが、いつの頃からか女性販売員から超大柄強面なお兄さんに変わっていた。
初めてその人からクロワッサンを買った時、手渡してくれるパンと一緒にあからさま過ぎるウインクを投げられてしまった。
私は単純安上がり人間なので、こんな事だけでも半日くらいはトキメいてご機嫌に過ごせてしまうのだけど、このお兄さんの場合はちょっとばかり素直に喜べないのだった。
何故なら、お兄さんの顔があまりにもドスのきいたおっかない顔なのである。一昨日あたりに長い刑期を終えて監獄から出てきたばかり. . 又は間もなく敵の組襲撃を企てているような顔の出来である。
アクション映画の悪役端役ならば、そのまま引っ張っていって使えそうな顔というか. . .
そんな自分の人相を自覚しているのかどうかは知らぬが、相手の眼球めがけてのウインク直球は色目とか目配せというより「殺れ!」のサインを出しているような迫力しかない。
その次にパン売り場に寄った際はお兄さんの顔を見ないようにして購入を試みたのだが、なんと「もう1個プレゼント!」と言ってクロワッサンをおまけしてくれる予想外の展開が起こった。頻繁にパンを買いにくる上客でもないのに. . .
まさか顔も見ないで礼を言うわけにもいかないので再び悪者顔を見返すことになってしまったが、またちゃーんと巨大なウインクを忘れないお兄さんなのだった。
それ以降、お兄さんからのクロワッサン•プレゼントは無くなるどころかクレッシェンドしつづけて、たった1個買うクロワッサンに5つ程ものクロワッサンやらパン•オ•ショコラのおまけがついてくるような事態になってしまった。
普段は一人暮らしだから、やたらめったら貰っても食べきれずに、結局は歩道に座っている人に分けたり窓辺に訪れる鳩に与えるしかなくなるのである。
気持ちは有り難く頂くけれどオマケはたまに頂く1個で充分です. . .と伝えたら「君の家で僕と一緒に食べればもっと美味しいよ」と大胆な事をあっさり言うお兄さん。
予期せぬ台詞を言われるといつも慌ててしまう私は、ここでもまた「エッ、家に来るって?!」と不用意なフレーズで反応してしまったのだ。
ここはパリで相手はフランス人なんだから笑って誤魔化すなり、とりあえずは「NON」と言ってしまえば何ら問題無しなのに、私はまだまだ面倒な日本人さを引きずっている学習が足らない人間である。
結局、パン屋の兄さんはワイン1本片手に夕方のアペリティフにやって来るという流れになってしまった。
いつになく満面の笑みで家に来たお兄さんは物凄くダイレクトだった。
私はお兄さんには何ら興味が無い事をいかにそつなく伝達するかを考えている最中、彼は身を乗り出し気味に言った。「君とやりたい」と。
一瞬でたじろいでしまっている所に、お兄さんは更に怖い話をねじ込んできた。
「フツーにやりたいんじゃなくて、少しだけハードなんだけど君にフィスト•ファックをしたいのさ」
(注* この言葉の意味を上品に説明しかねますので、ご存知無くて知りたい方は各自でご検索願います)
すかさず「ムリムリムリムリムリムリ!!」と引きつりながらも即答したが、彼は「なんで?」と拒否する私が不思議人間であるような反応。
想像しただけでおぞましい上に、そんな事をしたらこちらが壊れてしまうではないか。
医者から座薬を処方されただけでも憂鬱気味になるというのに. . .
その日は気分が冴えなくなったと言ってお引き取り願ったのだが、後日スーパー帰りに彼と出くわしたら、もう一度だけ話を聞くだけでいいので家に来たいと言ってついてくる。
我が家で仕方なく提供したアペリティフを一気に飲み干したお兄さん、いきなり泣き出したので私はびっくり仰天。
そして、尋ねてもいないのに何故自分がそういう性的趣向になったかを語りだした。
なんでも、中学生の時に彼のお兄さんが運転する車に乗っていて大事故に遭って、彼の股関に割れたガードレールの破片が突きさって神経までやられてしまい、それ以来大事な部分が再起不能になってしまったのだとか。以後も数回の手術にチャンスを託したけれど、悲しいかな甦ってくれることはなかったらしい。
彼の額の真ん中に抉られたような大きな傷痕も事故の時にできた刻印みたいなものだと見せて、また大衆演劇風にワオワオ泣き出すのであった..
そこで、使い物にならなくなった竿の代わりに脳ミソのドーパミンだかアドレナリンだかを満たす役目として発見した結果がフィスト•ファックだったらしいのである。
確かにスーパー気の毒な話には違いないけれど、人生多かれ少なかれ受け入れなくてはならない現実ってものがあるから、私には「うーん、ふーん…」としか返しようが見つからないのである。
それでお気の毒だからといって、私がその恐ろしい労いの役目を担当する理由もみつからないではないか. . .
若くして苦労を背負った君だけど、それにつき合っていって耐えた未来には他の男が感じられない幸せがきっとある気がする. . . と何とか見つけた励ましの言葉をさえぎるように「ほらね、可哀想と思うだろう?そう思うならば頼むよー」とまだ言ってる。
そして終いには、金を払うから受けて欲しいとまで懇願され. . お金で解決する気があるならばその種の専門家を相手にしたらよいと言っても「相手はおとなしそうな小柄なやつで出来れば初体験、単純な性格で体毛のないアジア人が最適」なんて言っている。
その条件だと私は確かに適役かも知れないが、協力できる事と無理な事があるではないか。
いくら話しても辿り着く点は変わりそうになく堂々巡りになるので、お茶を濁してまたお引き取りいただくしかなかった。
彼は帰り際にひとこと「君が望むなら手始めにワインの空き瓶から始めてもいいからさ. . .」
何が手始めだっ!!
クロワッサンを買う時は当分は他のパン屋で買うことをかたく心に決めて、彼がいるスーパーをも迂回して通る日々になっていった。