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世界激走 オーストラリア編4

タウンズビルに着いた日は、クリスマスで、ユースホステルにチェックインしてから、街中で開催していた、クリスマスイベントに行ってみるも、とにかくお金が無いので、楽しいことや、美味しいものを食べる事などは、一切できない。
結局、クリスマスとはいえ、通常の日と全く変わらない日を過ごし、翌々日にケアンズに向け出発した。
出発前に、車の異常に気付いていて、ガソリンスタンドで見てもらうと、ガソリンタンクに穴が開き、燃料が漏れているようだった。
どうりで、ガソリンが減るのが速いわけだ、ただ、大事に至らなくてよかった。
ガソリンスタンドで、空いた穴にガムのようなものをくっつけふさごうとしてくれたが、無理だった。
結局またエイビスの事務所に行き、代車を出してもらうことに成功し、今度こそ本当にケアンズに向け出発した。
一番厳しい道を一緒に走ってきた二代目ファミリアとここでお別れとなった、けっこうな悪路や、凸凹道を走り続け、過労の為、胃に穴が開いたようなもんだ。

三代目ファミリア

三台乗り換えたファミリアだが、二代目との時間が一番長かったし、一番厳しい道を一緒に駆け抜けたので、なんか愛おしいく、別れを惜しみながら、ケアンズに向かった。
結果的に僕は、シドニーで借りた車をナラボー砂漠で壊し、パースで違う車を借り、それをまた、タウンズビルでチェンジするという、エイビスのレンタカーを、オーストラリアの中で、大ローテーションしてしまった。
そしてそのうちの一台は、再起不能なくらい破壊している。
保険に入っていなかったら、いったいいくら請求されていたのか、恐ろしい限りだ。
シドニーを出てから、大半を、荒涼とした、火星みたいなところを走りつ続けていて、楽しみにしていた、西海岸に到達し、打って変わって、リゾートっぽい雰囲気の海岸線を走っていると、なんだか、何故か不思議と、荒涼とした赤い大地を走っていた時を懐かしく感じてしまう。
走れども走れども、目的地には着かない、風景も変わらない、熱い、蚊に刺されまくり、ちっともいいことが無かったはずだが、なんだかそれが、自分にとって、すごくいい経験だったし、自分を見つめなおすに、すごくいい時間だったようだ。
ケアンズに来た目的は、ガイドブックに、ケアンズの少し沖に、グリーン島という、島があり、そこが、すごくきれいだと書いてあったので、そこに行こうと決めていた。
ケアンズにもユースホステルがあり、そこにチェックインし、翌日にグリーン島に行った。
これ以降、西海岸沿いは、ちゃんとした町があり、安く泊まれる施設がいっぱいあり、といっても、ほとんどユースホステルだが、車中泊は少なくなった。
で、グリーン島だが、湘南のとても白いとは言い難い海岸しか知らない僕にとっては、衝撃的な、真っ白なビーチで、エアーズロックとは、全く違った感動があった。
ビーチ沿いにはヤシの木が生い茂っており、そこら中に、ヤシの実が落ちていて、近くに、ヤシの実を割る器具があり、当時は、自由にヤシの実を割って飲むことが出来た。

ヤシの実食べ放題

帰りではあったが、リゾート気分を満喫することが出来た。
そして、ケアンズで、年を越した。
街中の浮かれた雰囲気がどうにも気に障り、荒んだ気持ちで、街中で、タイヤをキュルキュル言わせながら走っていると、警察に停められ、アルコール検査をされた、もちろん飲んでなかったから、問題なかったが、その後、車を停め、町をブラブラしていて、車に戻ってみると、今度は、車に、駐車違反の紙が挟まれていた。
今日は警察デーのようだった。
当時のオーストラリアは、まだまだ田舎の雰囲気が強く、ケアンズでさえも、街中には、靴を履かずに、はだしで歩いている人が沢山いた。
そんな感じなので、下着のトランクスに、Tシャツだだったとしても、そんなにおかしな格好でもなく、目立ちもしなかった。
そして、もう一つ行きたい島があったので、そこに向けて、旅を進めた。
その島に行くへりーが出ている、港の近くの町のユースに泊まったのだが、

ジャングルのユースホステル

ジャングル映画に出てくるような、壁も電気もないない掘立小屋のような施設で、庭というか、ちょっとしたジャングルのようなところには、ライチの実がいっぱい生っていて,自由に食べていいと言われたが、それほど食べれはしないが、けっこう甘くておいしかった。
そこには、変わった、宿泊者が二組いて、一組は、いかれた感じのオーストリア人のカップル、彼らは同世代ぐらいだったと思う。

イカれたカップルの男とリビングで

もう一組は、暗くなってから、厳つい自部に乗ってきた、学者風の夫婦と娘。
二組とも、女性もいるのだからもう少し違うところに泊まったらと思ったが、さして気にもせづ、さっさと寝て、次の日の朝、フェリーに乗り込んだ。
けっこう海が荒れていて、グワングワン揺れ、途中網が付いたアウトリガーのようなものを出し、海の真っただ中で泳がすサービスなどを楽しみつつ、

海の真ん中でバシャバシャ

やがてダンク島に着き、帰りの出向時間までに、4時間ほどあったので、港の反対側のビーチまで歩いて行った。
この島は、グリーン島ほど、目を見張るほど綺麗なわけではなく、なんか施設も少ないので、人もあまりいなかった。
反対側のビーチには、余計に人がいなくて、広い海岸には、ビーチマットの上で寝ている人と、その連れか、海の中で泳いでいる人と、2人しかいなかった。
それも、よく見るとその二人は、昨日ユースホステルにいた、いかれたカップルだった。

衝撃のたわし


僕たちは、もっと奥のビーチに行こうと、歩いていると、ビーチマットの上で寝ている人の股間にたわしのようなものがのっかっているのが見えた、よく見たら、全裸で寝ているのだった。
僕たちは、ちょっと困惑し、海の波打ち際で、パシャパシャやっている、彼氏と思われる男に、ジェスチャーで、通っていいかみたいに聞くと、大きな声で、オーケーオーケーと言っているので、裸で横たわる女性の足元を通り抜け、奥に向かった。
しかし、グリーン島ほどのリゾート感は全く無く、時間より少し前に船に戻った。
帰りの船は、行よりさらに揺れ、船内から、しばしば、悲鳴が上がるほどで、遊園地の絶叫マシンほど揺れたが、沈むことなく、港に戻れた。
行の船に乗るときに、イーグルスの"ラストリゾート"、帰って降りるときに、シャーリーンの"愛は陽炎"がかかっていて。
この二曲を聞くと、今でもこの時のことが鮮やかにフラッシュバックしてくる。
港から、僕の個人的な事情による目的地ブリスベンに向け出発した。
ブリスベンは、大きな町だが、何があるわけではない、しかし、これも、地球の歩き方の情報だが、ブリスベンの郵便局留めで、日本から手紙を送ると、旅の途中でも、そこで手紙が受け取れると書いてあり、出発前に、ある女性に、お分かりのように、オーストラリア編3で書いた女性に、ブリスベンの郵便局留めで、手紙を書いてくれるように頼んでいた。
翌日にはブリスベンに着き、真っ先に郵便局に行き、つたない英語で、手紙が来ていないか、郵便局の窓口で聞いたが、冷たくないと言われた。
そもそも、本当に出していてくれているかもわからず、もし、出していて、局に着いていたとして、僕の英語が伝わっていたかも怪しい。
しかし、簡単には諦めきれず、何もしないまま無駄に三日間もブリスベンに滞在してしまった。
4日目に諦め、次の目的地、サーファーズパラダイスに向け出発した。
手紙が無かったことは、とても残念で、前に書いたように、その女性の存在も、僕がオーストリア一周を決めた動機の一つでもあったのだが、この時に、オーストラリアをぐるっと周ってきて、ちょっと自分が変わりつつ、というか、変わったのを実感した。
さて、サーファーズパラダイス、名のごとく、サーファーには天国なのだろうが、僕は、サーフィンなんてやらない、出来ない。
でも、ちょっと気分を味わいたかったので、ボディーボードをレンタルし波打ち際で、バシャバシャ遊んでいて、けっこう面白かったので、胸の革が軽く擦り切れるぐらい夢中になってやってしまった。
そのころから、サーファーズパラダイスには、高層の今度ミディアムが立ち並び、ウオータースライダーの施設などもあったのだが、金欠の僕らには、およそ関係ないものばかりだったけど、近くにただ同然で入れる、動物園があり、そこにコアラがいて、その前で、物欲しそうに見ていたら、係のお兄さんが、コアラを抱かせてくれた。ラッキーだった。

コアラを抱かせてもらえてラッキー

でも、お金は無いし、帰国日は決まっているので、長居はせずに、シドニーに向け、出発した。

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