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短編: 消音機能テレビ

国民の不満と怒りはピークに達していた。

国を代表する政治家によって、時間をかけるだけで中身のない、空っぽな発言がくり返され、その苦痛は「無限∞丁寧な説明」と揶揄されるほどだった。

「このままテレビは、どーでもいい発言をたれ流しにするだけでいいのか」
「何かテレビにできないだろうか?」

立ち上がった放送業界と電機業界の話し合いによって、放送法に抵触せず、「政治家による空虚な言葉をテレビ・ラジオで聞こえなくする」機能が編み出された。

各局の「空虚リスト」にある言葉やフレーズが政治家の口にのぼると、消音機能を搭載したテレビでは、その部分が無音になって聞こえなくなる。

無意味な発言をするほど、お茶の間に声が届かなくなるしくみだ。

こうすれば、選挙に通るためにも、少しは、政治家が意味のある発言をするようになるのではないか。それぐらいの矜持と脳みそはもってるよね、という見立てだった。

        ☆          ☆

だが甘かった。この国の政治家をめちゃくちゃ買いかぶっていた。

数日後、消音機能に同意した視聴者から「テレビからまったく音がしないが大丈夫か」という問い合わせが各局に寄せられるようになった。

政治家は空っぽな発言を繰り出し続けたのだ。


「これでは結局誰もテレビを見なくなる」。
DEF放送局は危機感のなか、空虚リストの見直し検討会議を開いた。

会議室のスクリーンに、首相の演説映像が映し出された。党の不祥事について話している。
「我が党といたしましては…」「結成70年の…」といった言葉が聞こえるものの、すぐにブツッ、ブツッと途切れ、何を言っているのかわからない。

局長がたまりかねて声を上げた。
「一体どんな言葉が消されているんだ」

担当次長のタナダが答える。

「開始9秒で『真摯に受け止める』、14秒で『原点に立ち戻って』。その後25秒から『しっかりと説明責任を果たし包括的にお示ししたい』です」。


首相の演説の内容は円安と物価高に移った。
「我が国の…」「足下の…」「追加策…」といった言葉は聞こえるが、無音が多く、首相はただ口をぱくぱくさせているように見える。

「これは?」
「消音対象は、『万全を期す』と『再構築し』と『しっかり注視をしてまいりたい』ですね」

さらにその後、長めのぱくぱくが続いた。

聞かれる前にタナダは答えた。
「これはですね、『あらゆる選択肢を排除することなく総合的に判断し、状況をしっかり見極めた上で一つ一つ議論を積み重ね、大きな問題意識を持ってしっかりと一つ一つ対応していくよう努力をしてまいりたい』です」

「むむう」

局長は言葉が出ない。内容空っぽじゃん。どんだけ国民を馬鹿にしてんだよ。

「あのー、思うんですけど」

タナダ次長が意見を言う。

「『しっかり』と『一つ一つ』のリフレインの空虚さがさらにイライラを増すんですよね」

それを聞いて局長が怒鳴った。

「わかってんだよそんなこと!だがそんな基本単語を単発で消音にするわけにいかないだろう!」

各放送局は頭を抱えたが、なすすべがなかった。

        ☆          ☆

この事態にまずリアクションしたのはアニメ系ユーチューバーだった。
首相ら政治家の発言が放送される際、声が聞こえない箇所に、好きな声優に似せた声で言葉をのせたのだ。

「よく覚えておきなさい 大人は汚いのだよ」

「無いもんはしょうがないだろ? 結局のところ、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ」

「オレが変わらないと何も変えれない」

いずれもこよなく愛するアニメの名セリフだ。こちらのほうがよほど、人々の心を打った。

次に動いたのはラッパーだった。首相らの発言が聞こえない部分に、思いを込めたリリックをぶちこみラップを作る。Spotifyやラジオで人気が広がったのは「Bring’em down ~落とせ~」という楽曲だった。

♪『我が国の…』貧困非婚不労苦労Keep on『様々な国際的課題について…』世論異論反論聴かないあんたの招かれざる『連携・確認…』は誰と?
♪『方向性について…』ってちょ待てよ わかんない気づかない考えないもういらない
♪テンションだだ下がり『まだ何も決まっておりません…』俺らの気持ちはとうに決まってる
♪落とせ!落とせ!かじりつきたくとももう無理 Bring‘em down, Bring’em down


芸人たちの間では、首相が口をぱくぱくしている時の内容を考えて笑いをとる「ぱくぱく大喜利」が展開された。


言葉って面白い、美しい、楽しい。

アーティストたちの取り組みが脚光を浴びたことで、日本の人々は言葉の持つ力を再認識した。この勢いで政治への関心が高まるかに見えた。



だが結局、政治家は伝える言葉をもたないままだった。さらに、「議員活動を侮辱し国民の政治参加機会を著しく毀損する」として、テレビの消音機能の禁止を閣議決定した。



テレビからは再び、空虚な言葉が繰り返し流されるようになった。

だが、もはや、それは誰の耳にも届かなかった。
聞こえる人がいなかったのだ。

国連が派遣した医師団の調査で、日本人が「消音」という、世にも珍しい耳の機能を獲得し始めていることがわかった。

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