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時間の無駄話#6(ダメな1日の作り方)


 夏休みだ。

 冷静にカウントしてみると、小学校1年生からはじまって、人生12回目の夏休みである。すでに11回、夏休みをフイにしてきた経験があるのだが、今年もご多分に漏れず、早速日々を浪費している自覚がある。


 そもそも本来、自分は夏休みに遊んでいられる身分ではない。高校3年生、受験学年だからである。毎日日の出とともに机に向かい、日の入りまで問題集を解き続け、トイレに行く時も単語帳を手に取り、予備校の講習のある日は夜の10時近くまで自習室に籠るというのが正しい時間の使い方である。

 ただ自分は大学附属高校の生徒なので、進路はほぼほぼ決まったようなものだ。なのでちっとも勉強する気が起きないし、遊んでもいいと思っている。


 しかし、だからといって、1日をまるまるNetflixに注ぎ込み、あっという間に終わらせてしまうのはいかがなものだろうか。遊ぶなら遊ぶとして、もっと何か自分にとって有益な活動ができるはずだ。同じ境遇の友達と海に行って思い出作りするとか。そんなこともしないで、ただ家の中でぼーっとするという過ごし方は、明らかに自堕落である。


 本質的には、その「遊んでもいい」という感覚から自堕落な生活が生まれるわけではない。自堕落な生活というのは、1日1日に対して、「特に何も考えていない」ことから生まれる。


 ダメな1日が生まれる条件を考えてみよう。


1.起きるのが遅い(8:00を過ぎる)
2.特に1日の予定が決まっていない
3.家に誰もいない
4.冷房が常についていて、外は特に暑い
5.机が散らかっていて学習できる環境にない


 起きるのが遅いのは、学校に行かなくてもいい、というプレッシャーの解放による反作用的な現象であり、「遅く起きよう」と思って行動しているわけではない。
 1日の予定が決まっていないのは、夏休みが長すぎるのだから仕方がない。宿題は気づいた時にやればいいし、そもそも高校生の夏休みの宿題なんてあって無いようなものだ。
 家族は当然仕事があるので家を留守にする。
 冷房は付けざるを得ない。
 机が散らかっているのは以前からで、夏休みに入って「さあ散らかそう」と思って散らかしたわけではない。


 以上のように、ダメな1日を導く原因の中に、自分から進んで作っているものなどない。全て自然に生まれてくるものだ。そして、それらを自然に生んでしまうというその1日に対する意識の低さが、全ての元凶であることは明らかである。


 1日を生きることに対して、特に何も考えていない、この思考停止の状態はどうやって生まれてくるのだろうか。


 学校に行っていた頃のことを思い出してみると、朝7時前に起きて身支度をし、朝食を食べて8時前に家を出ていくということは完全にルーティン化されていた。つまり、思考停止状態でもこの一連の作業はできた。
 そして、学校で特に目的意識無く漫然と授業を受け、家に帰ってくればそれで1日が終わっていた。


 要するに、現在の怠惰な夏休みがあるのは、学校に通っていた平常時から、生活に対する意識が低いことによって引き起こされたとも言えるのではないか。


 勉強が出来れば良いのではなく、いかに平素から意識高く過ごせるかが、人の性格や生き方の決め手になってくるかもしれない。


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