クラス会
塗装部門で設備トラブルが発生した。急遽ラインが止まり、生産をストップすることになった。班長がライン上にいた工員たちを呼びあつめ、口頭で指示を出した。自工程の清掃及び、整理整頓。要は3Sを徹底しろということだ。しかし、ぼくを始めとした工員たちが素直に従うことはなかった。箒とちりとりを手にその振りをしているだけで、近くの工員とおしゃべりを始めた。監督するべき立場の班長も休憩所に腰を下ろして、スマホをいじっていた。
稼働再開がいつになるのかも分からず、ただ無為に時間が過ぎていく。同僚との会話にも飽き、掃除をする気にもならず、仕事を切り上げて帰ろうと思っていたとき、台車を押していた霧島さんが声をかけてきた。彼はこの春までうちの班で班長を務めていたが、体を壊してしまって、今では事務所に席を置いていた。
「暇ならゴミ捨てを手伝ってくれないか?」
「構いませんよ」とぼくは言い、箒とちりとりを隅に置いて、彼の後に続いた。
ぼく達は台車を押して各班を歩き回った。空き缶の詰まったビニール袋や廃材に廃油が詰まった一斗缶を乗せた。ゴミを集め回る自分達が廃品回収業者みたいに思った。稼働再開を知らせる放送もないまま工場中のゴミを集めまわり、一回り終えたときには台車から溢れ出すほどの量になっていた。
「じゃあ、これから処分場まで運ぶぞ」
霧島さんとぼくはゴミが詰まった台車を押して歩いた。処分場までかなりの距離があったが、彼から話しかけてくることはなかった。
「最近調子はどうですか」と尋ねてみたが、「ぼちぼち」だとしか返ってこない。事務所の仕事についも尋ねてみても「まあまあ」だとしか答えてくれない。班に在籍していた頃から無駄口を喋らない人だったが、事務所に移ってもその様子は変わっていなかった。
処分場に到着し、一服休憩をしているとき、霧島さんが夏休みについて尋ねてきた。
「寮にこもっていました。旅行に行きたくてもどこも人で混雑しているし、なにより暑すぎて外に出る気もしませんでした」とぼくは言った。「海外のどこでもいいから涼しい国で過ごしたかったけど、給料が安すぎて手が出せませんよ」
霧島さんは笑い、煙草を一口吸った。「苦情は会社に行ってくれ。正規だって実質賃金が下がってるんだから」
「じゃあ、霧島さんもどこにも行かなかったんですか?」
「いや、俺は地元に帰って、クラス会に参加したよ」
「へえー。高校とかですか?」
「違う」と彼は首を振り、小学校時代の同級生達とのクラス会だと話してくれた。
霧島さんは元々ここの土地の出身じゃなかった。彼は高校を卒業して、すぐに今の会社に就職することになった。地元が嫌いという訳ではなかったが、あまり中学高校時代にいい思い出がなかったからだと教えてくれた。
「虐められていたとかそんなことはなかったんだけど、あまりクラスに馴染めなかったんだ。小学校の時が一番楽しかったけど、仲の良かった友達たちは引っ越ししたり、別の学校に進級したりして、高校に進学したとき周りに知り合いは一人もいなかった。仲良くなろうと努めたけど、どうしてもあまり親睦を深めることができなかったんだ」
霧島さんは寂しそうな表情をしていた。煙草を吸い終え、吸い殻を携帯灰皿に捨てると、ゴミの分別を始めた。ぼくも煙草を吸い終えると彼を手伝った。
「で、クラス会は楽しかったんですか?」
「もちろん楽しかったに決まってるだろ。これが中学や高校のクラス会なら戻らなかったさ」
ぼくは台車から非燃焼ゴミを取り出し、専用のコンテナに放り投げていった。霧島さんは木製の廃材を脇に抱えて一人で運ぼうとしていた。しかし彼はふらつきながら歩いていたので、ぼくは廃材の一部を受け取った。
「すまんな」
「気にしないでください。それで、やっぱりどんちゃん騒ぎを繰り広げたんですか?」
「まあな」
クラス会当日、霧島さんは案内状に記されていた居酒屋に赴いた。そこには三十名近くの男女がいて、すでに出来あがっている様子だった。
「二十年ぶりに地元に戻ってみたけど色々と変わっていた。でも学友達は変わってなかった。当時と同じままのノリだよ。多少老けたり皺があったりしても俺が知ってる友人達だった」
処分場のコンテナに霧島さんは脇に抱えていた廃材を捨てていく。ぼくは長すぎる廃材を近くにあったノコギリで半分に切り分けて捨てた。
「昔は足が早くてクラスの女子達の人気を独占していた山田って奴がいたんだけど、今じゃ頭は禿げ上がって、腹がズボンのベルトに乗っていただよ。これがすごい無様でな、それを肴に盛大に笑ったんだ」
霧島さんは台車からゴミを取り上げることを止めて、話を続けた。無駄口を叩かない彼がこれほど喋るのは珍しく、ぼくは呆気に取られてしまった。
しまいには台車に腰掛けてまた煙草を吸い始めた。お前も吸っていいんだぞ、とぼくにも煙草を勧めてきた。ぼくは廃油が詰まった一斗缶に腰を下ろして煙草を吸った。顔見知りの上司に見つからないかと周囲を伺ったが、誰もいなかった。
「それでさ、ぐっちゃんっていう俺と山田と仲の良かった友人が加わってまた馬鹿話が始まったんだ」
「どんなことを話したんですか?」
「地元の町で流行っていた噂だよ。なんていうか、怪談の類ってやつだ」
「怪談ですか…」
「そうだよ。放課後の音楽室からピアノの音が聞こえてきたり、階段の段数が違ってたりとかよくある手のやつだ。当時はそれなりに怖かったのに、この年になると馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったよ」
「そうですか…」ぼくは煙草を吸い、腕時計に目をやった。昼休みまでまだまだ時間がある。そして霧島さんの話にも終わりが見えない。
「それで今でもぐっちゃんの話が印象的に残ってるんだよ。あいつは当時鍵っ子で、家に帰っても一人でさ、親が帰ってくるまで一人で留守番してたんだけど…」
ぐっちゃんこと谷口さんはいつものように親が帰ってくるまで一人で留守番をしていた。一人っ子ということでもあり、両親が帰ってくるまで家ではかなり自由に過ごしていたそうだ。その日も帰宅するなり、宿題を済ませ、テレビゲームに没頭していたのだが、ふと見るとトイレの照明がついていた。帰宅してからトイレには行ってもいないのに、勝手に照明がついていることに谷口さんは首を傾げた。でも彼はトイレの照明を消してまたテレビゲームのコントローラーを手に持った。
両親からの電話でその日は少し帰宅するのが遅れると連絡があり、彼はまだテレビゲームができると喜んでいたが、またトイレの照明が点灯していた。
「ぐっちゃん曰く、それから家中を見回ったんだってよ。泥棒でも侵入してるんじゃないかってビビって、箒を片手に全部の窓を確かめたんだ」
谷口さんは不安がっていたが、家中の戸締まりはしっかりとしてあった。窓や裏口はしっかりと鍵がしてあり、玄関も閉まっている。谷口さんが脱ぎ捨てた靴も帰ってきたときと同じままだった。念の為、トイレの中も見てみたが格子造りの窓は閉じられていて、便座も降ろされていた。
トイレの照明を消して、谷口さんはまたテレビゲームを再開させた。コントローラーを握り、画面に集中するが、やはりトイレが気になってしまう。見ないように心がけたのだが、谷口さんはトイレに目をやった。
トイレの照明がまたついていた。霧島さん曰く、そのとき谷口さんは全身から血の気が引いたそうだ。
彼はコントローラーを放り投げ、玄関に向かい、靴も履かずに急いで家から逃げ出した。彼は大通りまで走った。後ろを振り向く気も起こらないほど恐ろしかったそうだ。
「んで、ぐっちゃんはなんとか親に会ったんだけどトイレの照明なんてついてなかったんだよ。両親に事情を話しても信じてもらえず、逆に怒られたんだってよ」
「怒られた?」
「そりゃそうだろ。留守番を頼んでたのに、玄関を開けっぱなしで出てきたんだ。泥棒が入ったらどうするんだって父親に頭を殴られて、ゲーム機を踏み潰されたんだ」
霧島さんは大笑いしていた。ぼくはゲーム機を踏み潰す谷口さんの父親の恐ろしい形相を思い浮かべた。
「それで、トイレの件は一体なんなんですか?」
「知らねえよ。どうせ配線かなんかが壊れてただけじゃないか」
そのとき昼休みのチャイムが鳴った。台車に積んであるゴミはまだ半分以上残っている。
「飯に行こうぜ」
「残りのゴミ捨ては?」
「午後からでいいよ。どうせラインはまだ動きそうにないんだから」
ぼくと霧島さんは食堂へ向かった。
昼飯を食べているときも霧島さんはクラス会の様子を話してくれた。今度の年末また山田さんと谷口さんの三人で飯を食べる予定を立てているのだそうだ。
処分場に戻り、ぼくらは食後の一服を吸っていると、霧島さんのスマホが鳴った。
相手は話をしていた山田さんからだった。
「噂をすればなんとかってやつですね」
霧島さんは鼻で笑い、そして電話に出た。
「おお、山ちゃん久しぶりだな。部下にクラス会の話をしてたんだよ。ぐっちゃんのあの話をしててな」
ぼくは一斗缶に腰を下ろし、煙草を吸い続けた。霧島さんはクラス会の続きでも楽しむかのように話をしていたが、電話を終えたとき彼の顔が真っ青になっていた。
「どうしたんですか」
「ぐっちゃん死んでたんだよ」
「ええ、マジっすか。急いで地元に戻った方がいいですよ」
「ち、違うんだ。二年前にすでに死んでたんだよ。事故に遭ってさ…山田もついさっき知ったって言ってたんだ…」
「じゃあ、クラス会で霧島さんたちが会っていた谷口さんって一体…」
霧島さんは何も言わなかった。午後の操業を伝えるチャイムが鳴った。