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短編小説 生命錬金


 私は生命を創ってみたかった。
 命を、自分の手で創造したかった。男女の交配の結果である懐胎と出産という方法ではなく、それ以外の方法で。
 クローンという同一個体の複製も私の望みとは違う。私は説明書を見ながらプラモデルを作るように、自分がデザインした人間を、組み立ててみたかった。

 中世の錬金術の研究に、ホムンクルスという人造人間を作り出す研究がある。私が望むのはホムンクルスの創造だ。中世の科学技術では不可能だったが、現代の科学技術をもってすれば命の創造はおそらく可能だろう。
 大学の研究員の任期を終えた私は、家族もいない身の上だ。思い返せば今までの人生、研究一筋の人生だった。これといった趣味はないが、時間と金はある。人造人間創造の夢に憑りつかれた私は、寝る間も惜しんで研究に没頭した。私は自分の手で、化学の力で生命の創造を試みることにした。

 人造人間を作るにあたり私はまず、骨格から作りはじめた。
 材質はカーボンを使い、人体を構成する二〇六個の骨を作った。骨のサイズは大きく、すべて繋ぎ合わせると全長が二.七メートルを越える巨体になる。普通の人間の体格ではあり得ないサイズだが、内科医の免許がない私が臓器の接続や位置調整などの作業のやり易いようにこのサイズになった。これから作成する臓器も、この体格に合わせたものを作る予定だ。血管や神経は太い方が断然作業しやすい。

 全ての骨を作り終え、人工関節も作った。関節はセラミックとポリエチレンを複合したものだが、体格と想定される重量に合わせ、負荷に耐えられるようセラミックの比率を増やした。骨格を作ったら、次は臓器だ。
 胴体に必要な臓器は心臓、肺、腎臓、肝臓、胃、腸、膵臓、脾臓、膀胱だが、これらを統制する中枢神経として、脳がまず必要だった。予定は大脳と海馬は後回しで、製作段階で当面必要になるのは小脳部分、視床下部だ。

 私は古巣である大学病院の研究室から小脳のサンプルをなんとか手に入れた。かつての同僚には危ない橋を渡らせてしまったので、相応の謝礼を渡した。
 脳の培養と並行して骨髄液と神経も製作した。先に作っていた骨格を生理食塩水ベースの培養液プールに仰臥位に寝かせ、腐敗しないように液をポンプで循環させる。神経を培養する部分だけ流れを塞き止め緩やかにし、iPS細胞で各部位に対応する神経を成長させた。
 これでベースは概ね大丈夫だ。

 骨格のベースの製作中、脳をはじめとする臓器を培養基から作りはじめた。
 臓器の元になる細胞もまた、同僚から流してもらった不特定多数からの細胞だ。同一個体の細胞ではないので、DNAの免疫系に関わる情報を弄って、全ての臓器が拒絶し合わないように調整した。
 あとは時間と圧縮。成長にかかる時間を調整し、全ての臓器がおよそ同じくらいの期間で出来上がらせ、今度はそれらに神経と血管で繋いでいく。
 始めに脳、次に心臓という順に繋ぎ、繋ぎ目はiPS細胞で補った。

 臓器、神経、血管が出来たら自分の血液を培養して血管に流す。排尿はまだできないので、しばらくは透析によって純度を維持させておく。そしてボノボの筋肉のDNAを人間に適応するように調整して培養し、それを全身に貼り合わせる。筋肉の製作と貼り合わせが想定外に時間がかかり、首から下の全身が出来上がるまでに約半年を要した。
 これで首から下の臓器は完成した。
 続いて頭部だ。小脳は既に作成していたので残すところは大脳と海馬だが、これらは最後の仕上げに回す。

 私は脳脊髄液、脳血管、眼球及び視神経、嗅神経、耳の内部構造を各々作成した。まずは視神経のアッセンブリを頭蓋骨にセットし、次いで嗅神経、耳神経のアッセンブリを各々小脳と繋いだ。歯茎と、扱いの苦手な筋肉を人間と同様に表情筋として繋いだ。これで八割は人体の製作が終わった。
 仕上げの前に、皮膚を全身に被せた。皮膚はシート状に作成した大型のものを、医療用の糸で全身にフィットするよう縫いあわせた。肘や膝などの関節部は曲げた際に寸足らずにならないように十分に遊びをもたせたので、おそらくこれでトラブルなく動けるだろう。尻の割れ目など縫合が難しい部分はiPS細胞を注射した。これで細かい部分も直に創生されるはずだ。毛髪までは手が回っていないが、ここは重要ではないのでおいおいなんとかする。カツラでもいいだろう。とりあえずは本体だ。

 最後の仕上げが最重要で難題だった。大脳だ。
 完成した人間が赤ん坊の状態では私が目指す人造人間にはならない。私は目覚めてすぐに行動することができる、完成した人造人間の創造を目標としていた。そして人の行動には脳が必要だ。
 とりわけ大脳は、脳の主要な部分であり、人間の知能や意識を司る重要な役割を果たしている。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の知覚によって外界を把握し、意識をもって行動するのが人間だ。さらに運動野で運動を制御し、言語野で言語処理をする。喜怒哀楽や恐怖などの感情、そして問題解決、意思決定、判断、理解力、創造性などの認知機能も大脳の役割だ。

 ここまで人体を作ったが、脳は最後の仕上げに残していた。目の前には肉体が完成して、脳のない人造人間が目の前の培養機に横たわっている。今の段階ではハードウェアが出来ているものの、それを動かすソフトがインストールされていないようなものだ。脳を仕上げに回したのは、作りかけの肉体に意識が介在して勝手に動かれると困るからだ。先に肉体を作る段取りで、ここまでは予定どおりに進められたが問題はこれからだ。まっさらな新品状態の赤ん坊の脳を接続するのはさほどの難しくないが、この巨体の赤ん坊の世話をし、学習させるのは費やすであろう時間的コストがかかりすぎる。理想は基礎的な教養を既に備えており、かつエゴが弱く私の指示どおりに動いてくれる状態だ。

 記憶を司る海馬に最低限の情報を予め備えており、知覚、情動、論理的思考が可能な都合のいい脳をどう用意するか。基礎知識を備えつつ、人格は未完成の脳を作る……。これはかなりの難題だ。

 人の意識は前頭前野で作られる。そこで私は意識を朧気な状態にして、記憶は人のものを流用させてもらう、という結論を出した。脳は例によって、私の古巣……医大の友人に横流ししてもらうことにした。検体の脳は国立大の男子学生のものだという。知的レベルがそれなりに高い理想的な脳だ。この脳の前頭前野の数百ヵ所を熱した針で壊し、生前の意識を持たせないようにしておく。論理的思考が未熟な状態で目覚めさせ、私が再学習させることでシナプスを再接続させ、新たな人格の再形成を図る段取りだ。言語や知識は海馬にアーカイブされているので、おそらくかなり速い速度で意識が出来上がることだろう。

 これでプランは立った。あとは一ヶ月もすれば、私の人造人間が動き出すことだろう。
 いよいよだ。生命を自分の手で造り出すのだ。それも自然の摂理に反する方法で。魂の概念など無意味なのだ。人はあくまでも物質に過ぎない。細胞は物質であり、一つ一つの細胞が役割に応じた形をとり、エネルギーを得てメカニズムに則り働きさえすれば動けるのだ。もう少しでそれが叶う。目の前の人造人間が叶えてくれる。

 一ヶ月経って、準備は整った。
 頭部の頭蓋骨は額から上が空いている。小脳の上に大脳をセットし、脊髄にiPS細胞を注入した。細胞が大脳と小脳、脳と脊髄を繋ぐまでおよそ一週間だ。それから意識と反応の伝達が機能するまで約一週間。合わせて約二週間ほどで、私の人造人間は動き出すことだろう。
 いよいよだ。もう少しで私の生命創出の夢が叶うのだ。物質に魂を吹き込み、命を創りあげるのだ。これまでの自然の摂理に反する方法で。人間は神の意志から離れ新たな方法で生命を、自らの意志で生み出すのだ。
 私は身震いした。

 そろそろ脳と肉体が繋ぎあがる頃合いだ。神経は太くなっていて接続は良好に進んでいるようだ。私は頭蓋骨の上部を被せ、人工皮膚でコーティングした。髪はあとから植毛してやろう。顔も今のところ醜悪な造形だが、これも修正は後回しだ。自我の確認後、しばらく経って落ち着いたら整形してやろう。
 とりあえず優先するのは意識と反応の確認だ。

 私は機械から培養液を抜いて、点滴を外した。反応の確認が済んだらこれからは経口での栄養摂取だ。とりあえず粥や離乳食を与えてみよう。臓器の完成度は高く接続も抜かりはないはずだか、なにせ初の試みだ。何らかのトラブルに見舞われる可能性はあるが、私の大事な人造人間だ。細心の注意をはらって面倒をみてやろう。

 点滴を抜いて十分ほど経過したのち、脳波モニターに反応が見られた。
「起きたか!」
 モニターの反応が活発化していく。
「おいっ! 聞こえるか? 起きろ、世界が待ってるぞ!」
 声をかけると、人造人間の瞼がピクピクと反応した。そしてついに、目が開かれた。
「やった! 起きた! おい、言語は記憶されてるはずだ。思考もある程度はたらくだろう。体を起こしてみろ」
 人造人間は男をじっと見つめたあと、徐々に体を起こしていった。
「ふんぐるい、むぐるうなふ」
 人造人間は言葉を発したが、口から出た音は意味をなさないものだった。
「まだ発語は難しいか……。無理もない。生まれて初めて発声するのだ。慣れるまで時間がかかるのだろう。私の言ってる意味はわかるよな?  お前は生まれたばかりだが、脳には知能が備わっているはずだ。ゆっくりでかまわん。しばらく発語の練習をしてみろ」
「わがぁぎはさどぅーぎろしのばあああ」
 言葉はまだ意味をなしていないように聞こえた。しかし一語の発語ではなさそうだ。文法を備えた言葉を発しているのではないだろうか。私は人造人間の知性に期待した。
「わがぁぎばなんばかあああ!」
「どうした!? 興奮することはない。ここは安全だ。ゆっくり考えてゆっくり話せばいいんだ。落ち着きなさい。時間はいくらでもある」
 人造人間は依然として興奮状態だ。伝達したい意志が伝わらないのが原因か、思考や感情のコントロールがうまくいかないか、不慣れな脳が落ち着かない様子だ。
「おげぇがぁなにもごなんがあ! どごーんがぐおごおがああああ!」
 人造人間は機械の縁に手をかけ、体を起こした。意志を体に伝達する神経機能は良好のようだ。とりあえず実験の成功に、私は喜びを感じた。
「いいぞ、動けるのだな?」
「なんがあああおげががああ!」
人造人間は叫びながら立ち上がった。私は感動を覚えながら挙動を見守っていたが、人造人間は私に近づくとおもむろに私の体を持ち上げて放り投げた。

「う~ん……。あ痛たたた……」
 体が痛かった。ここは……地下の研究所か。なんだっけ? あっ、人造人間。
 気づいた私が周囲を見渡すと人造人間は冷蔵庫を開けて中の食料を漁っていた。私はどれくらい気を失っていたのだろうか。
 奴は冷蔵庫に食料があることを認識していたのか、はたまた適当に動き回っているうちに探し当てたのか。
 人造人間はレトルトパックの食料を破り開けて一心不乱に食料を食べている。冷蔵庫の周囲は飛び散った食料で汚れていた。なんてことだ。犬猫よりは学習能力が高そうたが、人としては知能が想定外に低い。
 前頭葉を壊しすぎてしまったか? 理性があまり働いていないように見受けられる。
もう少し言語野のシナプスが複雑に形成されれば理性が働き出すかもしれない。とりあえずもう少し様子をみたいところだ。

 私は彼に落ち着くための時間を与えようと、ひとまず研究所から逃げ出すことにした。奴が食料に夢中になっている隙に、ここから出て施錠しておこう。
 気配を殺し、地下室の扉を開けて部屋から出ようとした。慎重に動いて人造人間に気取られることなく出られたが、外から扉を閉めようとしたその時、奴がこちらに気づいた。
「どごおっごごっおう! どごいぢぃいいい」
 猛スピードで扉に突っ込んでくる。しかし扉を閉めるスピードの方がわずかに早かった。すぐさま鉄製のかんぬきをかけた。人造人間は体当たりでもしているのか、扉の内側からごうんごうんと音が鳴る。
 実験は微妙な結果だ。脳が指示を出し肉体が動くというのは生物として合格だったが、想定外に知能が低い。海馬には優秀なデータがあるはずだが、いかんせん目覚めたばかりで神経が未成熟なのだろう。前頭葉を破壊しすぎてしまったことも影響が大きいのかもしれない。閉じ込めてしまったが、幸い食料はまだまだ保つはずだ。

「ごおごおがががだでええ」
 ごうんごうんと扉にぶつかる音は止まらなかった。人造人間はまだ落ち着かないようだ。この扉はゴリラがぶつかっても壊れない強度に設計されているので破壊される心配はなかったが、人造人間の肉体が痛むのが心配だ。早く落ち着いてくれないだろうか。
 ごうんごうん。
 まだ体当たりを続けている。
 扉はゴリラの筋力をもってしても破壊できない耐久性だ。破壊される心配はないが体当たりを続けて人造人間が怪我をしてしまうのがやはり心配だ。
 ごうんごうん。
 人造人間はまだ諦めていない。
 ミシッ。
 扉から軋む音が聞こえた。まさか。扉の強度は動物園のゴリラの飼育部屋と同等だ。そんなはずはない。
 ミシッ。
 音は蝶番のあたりから聞こえる。平均的なオスのゴリラであれば身長は1.7mから1.8m。平均体重は135kgから220kgほどだ。人造人間は筋肉はボノボと同質で、身長は2.7m、体重は240kgほどある。筋力は骨の長さに比例する。もしかすると……。
 ごうんごうん。ミシッ、ミシッ。
 もしかすると、この人造人間にはゴリラ以上のとんでもない怪力がある……。まずいことになってしまったかもしれない。こいつは、知能がまだ未熟で獣並みだ。
 ミシミシッ。蝶番のネジが悲鳴をあげている。私は事態に気づいて恐怖した。
 ごわぁん。
 扉がついに外れた。
「いあ、いあ、はすたあ! いあ!」
「うわわわわわわ」
 人造人間は一直線に私に突撃してきた。

 全身を骨折し内臓がほとんど破裂し、首がありえない角度に折れ曲がった。
 男は絶命した。



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