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短編小説 オカルト娘の恋

 私は県下のマンモス高に通っている。
 生徒数が多いので、部活は多種多様だ。運動が苦手な私が所属するのは、オカルト研究会だった。
 昔から幽霊やUFOや古代文明などに興味があった。オカルトに興味がある人間など稀なので、当然友達は少ない。オカルトへの興味を隠して、トレンドを追いかけるような普通の女子を目指そうとしたこともあったけど、今はもうやめた。自分の個性を殺してまで周囲に迎合するなんて、不健全だと思ったからだ。おかげで変わり者になった私に普通の友達はいない。でも、それで不満は特にない。好きなことに入れ込んで何が悪い。私が選んだひとつひとつが、今の私を作っている。無理をして普通を演じることに、きっとたいして価値なんてない。

 今日はクラスで席替えの日だ。
 このクラスになってから二ヶ月が経って、初めての席替えだ。クラスに友達と呼べる人なんて、私にはいない。誰と席が近くになろうと変わりはない。私は私の時間を生きるだけ。
 志賀くんが隣の席になるまでは、そう思っていた。

「えっと、岩科いわしなさんだっけ? よろしく~」
「あっ、かっ、よろし、く……」
 突然話しかけられてびっくりしてしまった。動揺のあまり返事に “よろしく” と関係ない “かっ” なんて音が混ざってしまった。恥ずかしい……。
 声をかけてくれたのは確かバスケ部の志賀康介。運動ができて学校の成績も良い方で、性格も明るい人気者だ。志賀くんはいわゆる陽キャに分類されていて、典型的な陰キャの私とは正反対の存在だ。
 全然違うタイプなのに、陰キャの私にまで声をかけるなんて、さすが陽キャだ。自分から挨拶なんて、私にはとうてい真似のできない芸当だ。

「岩科さん、おはよー」
「岩科さん、赤ペン貸して」
「岩科さん、教科書忘れたから一緒に見せて」

 志賀くんの隣の席になり、初日から彼は何かと話しかけてくる。今まで同性の友達も少なく、男子からは黙殺される位置にいた私は、社交的な彼に苦手意識をもっていた。
 イケメン陽キャの人気者が、私なんかにかまわないで欲しかった。最近は趣味や好きな音楽を聞いてきたり、雑談も振ってくる。
 内気で人慣れしていない私は、彼との一問一答に心臓が早鐘を打つ始末。
 なんで私なんかにかまうのだろう。穏やかに過ごしたい私に、彼は刺激が強かった。

 席替えから一週間が経った。
 始めの頃と較べると会話にもだいぶ慣れた。志賀くんは今でも何かと話しかけてくる。男子のノリも少しずつだけど分かってきたし、面白いと思うようになった。我ながら大した進歩だ。志賀くんは話してみると意外といい人だ。今まで男子は粗暴で直情的で、怖いイメージがあったけど、彼はけっこう普通な感じだ。志賀くんにばかり楽しませてもらって、自分から面白いことが言えないことに申し訳なさを感じるまでになった。私から話しかけることはないけれど、いつかは普通に話しかけられるようになりたいと思うようになった。
 我ながら、たいした進歩だ。

「岩科さん、それ何? そのカバンについてる紙みたいなの」
 志賀くんに聞かれた。返答に困る質問だった。
「この、カバンのキーホルダーのことだよね? これ、羊皮紙っていう皮の紙……」
 私がカバンに付けてるキーホルダーはピンポン玉くらいの円の大きさの羊皮紙で出来ている、タリスマンというお守りだった。魔法陣のような模様が描かれていて、魔術的な意味があった。私の所属するオカルト研究会で作ったものだ。
「皮の紙? へぇ。なんか模様もカッコいいね、それ。どこで買ったの?」
微妙に恥ずかしいからできればツッコまないで欲しかったけど、特異なキーホルダーが興味を引いてしまったようだ。
「えと……買った…んじゃなくて作ったんです。お守りみたいなもので……」
「へぇ~、お守りいいね、俺も欲しい! 作るのけっこう大変? 俺にも作れるかな」
 慣れると難しくもないけど、材料を揃えるのは大変かもしれない。模様を描くにもコツがいる。
「あっ、えっと……、良かったら、志賀くんの分も、私つくる?」
「えっ!? そんな悪いよ!」
「ううん、私は慣れてるから簡単に作れるから……、志賀くんがもし嫌じゃなかったらだけど…」
 彼は少し考えたあと、答えた。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「うん、願い事は、部活の必勝祈願みたいな感じでいいかな? 表と裏の両面あるから、別々の模様でもいいけど…」
 彼はまた少し逡巡したあと、答えた。
「あ、そうなんだ。じゃあ、もう一つはお任せで。部活のバッグに付けたいから必勝祈願の他はなんでもいーや」

 その日のオカ研の部活の時間は、志賀くんのタリスマン作りに使った。羊皮紙を貼り合わせた簡単なお守りだけど、人にあげるものとなると肩に力が入る。男の子にプレゼントなんて生まれて初めてのことだ。粗相のないように、気合いを入れて作らなければ。
 志賀くんは、私みたいな人間にも分け隔てなく接してくれる素敵な人だ。背が高く、顔もモデルみたいに整っている。そんな彼にお願いされて、頑張らないわけにはいかない。少しでも彼の役に立ちたい。
 恋がどんなものなのかわからないけど、私はだいぶ志賀くんを意識してしまっている。
 けど、私なんかがあんなに素敵な人と付き合えないのは分かっている。想うのは私の勝手だ。それに今のところ好きって確定しているわけじゃないし、どうにかなりたいわけじゃない。別に付き合えなくたって、彼と関わるひとつひとつを大事にしよう。彼との時間を大切にしよう。
 タリスマンに刻む文字はルーン文字だ。私は勝利の言葉を翻訳するのに、辞典を手に取った。

 土日を挟んで月曜日。出来上がったタリスマンを彼にプレゼントした。
「おおー! ありがとう!」
 彼はタリスマンを受け取ると、部活で使っているバッグにさっそく付けた。
「カッコいいね。次の試合、絶対勝つよ! マジでありがとうね!」
「ど、どういたしまして。お、応援してるね」
 まっすぐなお礼と、笑顔が眩しかった。頑張ってよかった。これで役に立てたかどうかはわからないけど、彼のために何かが出来たことが嬉しかった。クラスの人と繋がりなんて無かったけど、繋がれたことが嬉しかった。笑顔が見れて良かった。
「うん、次の試合は、岩科さんのために頑張るよ。勝利を捧げます!」
「でっ、えっ、ええ!? そんな恐れ多い! 自分のために頑張ってくれればいいよ!」
「まあまあ、別に俺が試合に勝っても岩科さんにメリットはないけどさ。そういう気持ちでいると頑張れるもんなんだよ。とにかくありがとね」
 そういうと彼は男友達の席に向かっていった。確かに彼の勝利は私には関係ないけど、そういってもらえると誇らしくて嬉しくて、応援したくなってしまう。これが陽キャの力か、と思った。
 もしかすると応援したくなってしまうのは、別の理由かもしれないと思っている。けどそれは、私みたいな陰キャ女が持ってはいけない感情だということも自覚している。分をわきまえて自重しなければいけない。私が変な期待を持ったって、傷つくのがオチだ。

 次の授業の休み時間、私はクラスの女子に話しかけられた。このクラスの女子に友達と呼べる人はいないので、ただのクラスメイトだ。
「岩科さ~ん、最近、志賀くんとよく話すよねー。もう仲良い感じ?」
「えっ、とっ、えっ、仲良いっていうか、普通に話してもらってます……」
 答えに窮する質問だ。私からは緊張して話かけられないけど、志賀くんには話かけてもらっている。きっと、クラスに馴染めずぼっちでいる私を気にかけてくれているんだろう。志賀くんは明るくて、優しい。
「志賀くんてさぁ、モテるのわかるよね? 四組の江上さんが志賀くんのこと気になってて、このクラスで志賀くんと仲良い女子っているか聞かれたんだよね、私」
志賀くんはイケメンだ。当然女子にはモテている。彼は学年のアイドル的存在になっていた。
「江上さん、志賀くんに彼女がいたり、このクラスにもういい感じの子がいるなら諦めるって。岩科さんさぁ、その気がないならあんまり志賀くんと親しくしない方がいいんじゃない? ほら、志賀くんに彼女ができたり、江上さんに彼氏ができたりしたら二人ともハッピーじゃん? 志賀くんて普通にモテるし、岩科さんって邪魔になってるから、ちょっと気を使った方がいいよ」
 邪魔? 私は別に彼の邪魔をしたいわけじゃない。ただ、応援したいって思ってるだけだ。
「あ、あれ? もしかしたらその気あったり? え? まさかないよね。岩科さんだもんね~」

 子どもの頃は人間関係の悩みなんてなかった。人との関わりが複雑になって、煩わしくなったのはいつからだろう。
 みんなそうなのだろうけど、成長にともなって自意識が肥大化していくのに、他人からの視点を気にする社会性も育ってしまう。自意識が強化されるのに、社会も複雑になる。十代という時間は、自意識とメタ視点のふたつの折り合いをつけるのに大事な期間なんだろうと思う。
 自分の気持ちと他人の気持ちをどちらも大事にするなんて、矛盾じゃないのかな。そういうことを考えなきゃならないなんて、未成年にはまだ難しいことだと思う。
 志賀くんを好きな江上さんや、その恋を応援している女子にとって私は邪魔なんだろうか。今後、江上さんが志賀くんと付き合うことになるのなら、今の時点で私の存在はたしかに邪魔者なのかもしれない。
 なんで私はこうなんだろう。人の邪魔なんてしたくないのに。誰にも迷惑をかけずにいたいし、皆が幸せになればいいと思っているのに。

 翌日以降、志賀くんから一言も話しかけられなくなった。反対側の席の女子から、江上さんが志賀くんに告白をしたと漏れ聞こえていた。志賀くんはたぶん、江上さんと付き合うことになったのだろう。他の女子と仲良くしないで欲しいとでも言われたんじゃないかと思う。急に話しかけられなくなったということは、きっとそうだ。
 私は、志賀くんを意識していた。男子が気になるなんて、小学生以来だった。人づきあいが苦手な私は、男子の免疫が弱いと自覚している。ちょっと優しくされただけで好きになってしまうような女子のことを、今までの私は内心軽蔑していた。人が人に優しくするなんて、下心があってのことだけではない。優しい人は、誰にでも優しいのだ。志賀くんはきっと本当に優しい人だから、私みたいな陰キャにも優しく接していただけで、それ以上の感情なんてなかったのだ。冷静になれば簡単に分かることなのに、私は浮かれていた。志賀くんのこと、なんかいいなとか勝手に意識してしまっていた。
 なんか、バカみたいだ。
 どうせ私は恋愛に縁はない。悲しい気持ちで胸がいっぱいになっていた。早く次の席替えにならないかなと思った。

「岩科さん、ちょっといいかな」
 金曜の帰り、志賀くんに話しかけられた。
「ちょっとこっちに」
 そういうと彼は、教室の後ろの隅に私を誘った。
「あのさ、正直に答えて欲しいんだけど、俺に話しかけられるのって実は迷惑だった?」
「……え。う、ううん、全然だいじょうぶだったよ?」
「実はさ、岩科さんって一人で過ごしたいタイプだから、俺に話しかけられるのって迷惑じゃないかって他の女子に言われて、気にしちゃってたんだよね。もし嫌な思いをさせたんだったらごめんって、一応謝っておきたくて」
 そうか。私との距離を離すのに、志賀くんは吹き込まれていたのか。人間関係を壊すのって、いろんな方法があるものだ。
「岩科さん、嫌だったら嫌ってはっきり言ってくれていいからね。俺、自分が話したいってばっかりで、岩科さんの気持ちに気が回ってなかったよ。無理しなくていいからさ」
 そんなことはない。志賀くんがかまってくれて、私は本当に嬉しかった。
「ぜんぜん嫌じゃないよ。私、人づきあいが苦手で、性格も暗いし、人にどう話しかけていいのかもわからないし、ダメな奴なんだ。こんな私に話しかけてくれて、私は、すごく」
 言葉に詰まる。ちょっとした気持ちを伝えるだけでも、胸がざわざわしてしまう。
「嬉しかったよ。志賀くんに話しかけてもらえないと……ちょっと寂しいかな」
 言ってしまった。気持ち悪いと思われなかったか気になった。
「本当? 最近さ、俺の方から話しかけないでみたら、岩科さんからは話しかけてもらえなかったし、やっぱり俺と関わるの嫌だったんだと思ってたよ。良かった~」
「ご、ごめんね! 人に話しかけるの、苦手で……」
「ううん、苦手ならしょうがないよ。岩科さんが嫌じゃなければ、これからもよろしくね。俺、岩科さんともっと仲良くなりたい」
 どうしよう。何かまた別の感情で心がざわつく。
「そうそう。明日バスケの試合なんだ。お守りありがとね。なんか、勝てそうな気がする」

 そう言って彼は教室をあとにした。
試合、うまくいって欲しい。活躍して欲しい。勝って欲しい。ケガしないで欲しい。充実して欲しい。
 人のためにこんなに思えるなんて初めてだった。
 私はもしかすると、彼が好きになっている。異性を好きという感情が、どういうものなのかわかってないけど。

 江上さんとはどうなったのか気になったけど、とりあえず今はいいや。今日また志賀くんと少し距離が縮まった。追々わかることだ。
 志賀くんにあげたタリスマンの裏側は、実は恋愛成就にしていた。別に志賀くんが誰を好きになろうと、誰と付き合うことになろうと、なるようになれだ。彼の希望が叶うなら私はそれでいい。
 私は、自分の気持ちがちょっと分かっただけでいいことにしよう。私にとっては、大きな成長だ。
 バスケ、勝てるといいなと思う。志賀くんが頑張ってることは応援したくなる。心から頑張って欲しいと思う。

 月曜日。
 登校すると志賀くんはすでに教室にいて、挨拶も無しに私に話しかけてきた。
「岩科さん、勝ったよ!」
 志賀くんは満面の笑みで報告してきた。とても嬉しそうだった。
「昨日の大会、優勝~」

 笑顔が眩しかった。そして私の中で何かが弾けた。目の前の景色が鮮やかになって、動き出したように感じる。
 私は、自分の恋を確信した。



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