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僕の街 『壺屋』

 公園は、我が家から反対の場所にある。
結局、トイレの神様はいませんでした。
いったい、どこに行ったのやら…。

 せっかく来たのに、なんとも歯切れの悪い。
そのまま帰るのも、面白くないので、僕は、あえて帰るべき道から離脱して、交差点を右に曲がってみました。どのみち、そこを曲がっても、帰れるのは分かっているので。

 小さい頃は、冒険心で、街中をウロウロしたもので、ここも来たことがある。ただの住宅街の静かな場所のはずでしたが、おやっ?こんな所にお店なんて、あったかな?

※※※※※

「おいっ!これは何や?」
「見て分からんか?壺っ!」
「そんな事は、見れば分かるわい。何で、ここに壺があるんやと聞いてるんや!」
「そりゃ、お前、買ったからに決まってるやろ。壺に足が生えて、勝手に人の家に上がり込んで来たら、怖いがな」
「しょうもない事を言うな。仕方ない奴やなぁ。『何で、壺なんて買ったんや』って、聞いてんや!」
「欲しかったからに決まってんやないか。何や、何か?欲しくもない壺買うて、部屋に飾る奴がおるんか?」
「いちいち噛み付く奴やな。まぁ、好きで買うたんなら、別にえぇが。で、いくらしたんや?」
「20万」
「壺に20万!お前、熱でもあるんか?それとも、何ぞ特別な壺か?あぁ、分かった。よくある、あれや。壺の中に何か入れると、何処かに消えて、それをいい事に、ゴミや何やを捨て続けたら、何処ぞに、そのゴミが落ちてくる。とかいう小説に出て来る壺やろ?」
「アホ。そんな壺があるかいな」
「ほな、あれか?壺に誰かが叫び入れた秘密が、壺に耳を近づけると聞こえるいうあれか?」
「お前は、何の話をしとんねや。普通の壺じゃ!」
「お前、じゃあ。ただの壺に20万も出したんか!?」
「“ただ”やない、20万!」
「分かっとるわい!さっきから人の揚げ足ばっかり取りやがって!何もない壺に20万出したんか言う取るんや!」
「ぎゃーぎゃーとうるさい奴やな、ほんまに…。ほな、お前に、壺の高い安いが分かるんか?」
「そんなもん分かるかいな」
「ほな、黙っとれや!」

「…で、どこで、買うたんや?」
「…黙っとれん奴やなぁ。壺屋や!」
「壺屋?壺屋なんて商売あるか?」
「あるの!」
「なんや、その壺屋いうんは、壺しか売ってないんかい?」
「壺を売るから、壺屋!皿を売ったら、皿屋やろ!?」
「お前、何かワシの事、馬鹿にしてないか!?」
「してへんがな。いちいちうるさい奴やな。ちょっと出かけた先で、店先に並ぶ壺を見てたら、そこの店主が、『ほんまは一壺40万やが、半値でええんでどうですか?』って言うから、なら1つ買おかいなと、買うてきただけやがな」
「お前は、そういう無駄遣いばかりやから金が貯まらんのや」
「うるさいわ!で、何しに来たんや。さっさと要件を言わんかいな」
「いや、馬券を買いたいから、ちょっと金借して貰おうと思て」
「どっちが無駄遣いやねん!毎度、高い金払って、紙屑買ぅてるだけやないかい!」

 そんなこんなで、男が金をセビりに来ると、そこには梅干しを漬ける程度の大きさの壺が御座いました。金を借りにきた手前。これ以上、相手の気分を害するのも如何かと、男は、その日はそれで、家に帰ったわけでございますが。
 翌日、もちろん借りた金で買った馬券は紙屑に変わったもんで、返すと言った金も返せない。で、もう少し、用立てるまで返済を待つようにと、また、あの家に男は訪れたわけで御座います。

「増えとるやないかい!」
「なんや、来ていきなり」
「壺が増えとるぅ言うとんねん!」
「…あぁ。なんや見てたら、1つやと、どうもバランスが悪い。せやから、もう2つ買ぅてきた」
「何のバランスやねん!」
「ちょうど、この小さいのを右に、大きいのを左に置いてしたら、見た感じがビタっ!ときてえぇやろ」
「何がビタっときとんか分からんが、この小さいのなんぼしたんや?」
「20万」
「小さなっても、値段変わらんやないかい!」
「お前、ほんま下世話な奴やなぁ。こういうのは技術料やど。大きいもん作るより、小さいもん作る方が難しいって話が、特別、20万でえぇ言うんやから何が悪いねん?」
「せやかて。こっちの大きいんは?」
「20万」
「おう、お前!さっきは、よう言うてくれたな!」
「アホやなぁ。こんな大きいんやから、普通より材料食ぅやろ。それが普通の大きさの壺と同じ20万やねんど。何が悪いねん」
「なんか、お前にやったら、何でも売れそうな気がするわ」

 そういう毎日が過ぎますと、過ぎる度に壺は増えまして、しまいには足の踏み場も無い位の壺が家に集まってまいります。“類は友を呼ぶ”なんて言葉がありますが、まさに壺が壺を呼んでおるような家に変わってまいりました。

“ドン、ドン!”

「おい、開かへんぞ!」
「もう、そこは壺に占拠されて開かん!裏に回れ!」
「なんや、外まで壷があるやない…どないなっとんや?」
「いや、自分でもよぅ分からん。ついつい、あの店で壺見たら、買わずにはおれんで、この有様や」
「壺に憑かれとんな」
「まぁ、今日、買ぅたんで壺屋の壺も最後やから、もう買わんで済むけども」
「お前が壺屋の代わりに、壺屋になってしもとるやないかい」
「おかげで隠して貯めてた金も大層、減ってもうたわ」
「なんや、ワシに隠れて金なんて貯めやがって。一体、全部でいくら使たんや?」
「今、ここに壺が二百壺有るから、4000万」
「4、4千万!…あいつ、意外と持っとったんやな…もう少し借りとけば、よかった」
「やから、隠しとったんじゃい!」
「なんや、聞こえとんかい…」
「聞こえとるわい!ワシの老後の資金やど。残りの資金も半分になってまうわ、壺で寝るスペースは無くなるわ。…どうにか、してくれ!」
「なんや、凹んどるんやないかい…どうにかしたら、なんぼかくれるか!?」
「ほんまガメつい奴やのぅ!分かった!貸した金は棒引にしたるわい!」
「返す気ない金、棒引されて誰が喜ぶねん!もう一声、奮発せい!」
「上から人を見やがってから。分かったわい!金を取り戻したら、取り戻した金の半分くれたるわい!」
「ほな、どうにかしたる」

 男は、そう言いますと、しめしめと笑顔で、家の壁に何やら、大きな字を書き始めまして。

「よっしゃ!これでえぇわ」
「お前、人の家に何書いとんねん!…つ、ぼ、や?」
「今日から、この家は壺屋や」
「お前、アホか。何処ぞに壺なんて買いに来るアホがおんねん!」
「…目の前におるやないかい」
「あとな、この壺屋は、そこいらの壺屋とは違うで!今はインターネットの時代や。ネットショップちゅうのを作って大々的に壺を売り出すんや!」
「そこいらの壺屋て、あの店は、店の壺全部売って店閉めたがな」

 知り合いに頼んで、ネットショップを立ち上げ暫くしますと、1人の物好きが家にやってまいりました。

「頼むから1つでも買うてってくれんかな。最悪、10万でもえぇさかいに」
「アホっ!あぁ、ちょっとすんまへん…こいつ貸りまっせ。ちょっと、こっち来いっ!…お前は、ほんまに金持ちになれんな。20万で買うて、10万で売って、何が楽しいねんっ!ワシに任せとけ!」
「おいでやす。これでっか?これは、ほんまは80万するんですが、お客さん、はじめての人やから、ここはドンとまけて半値!40万でご提供させていただきます」
「おい、ちょっと。お前、これ20万やぞ!なんちゅう詐欺まがいな商売しよんねん!」
「お前も、それに騙せれて買うとんじゃ!仕入れ値が20万。売値が40万。別に問題ないやろ…はい?壺の裏?あぁ、何か書いておりますな。“蛸安”ですかな?汚い字で、よう分かりませんが。こっちの壺ですか?あぁ、こちらにも“蛸安”と書いておりますな」

 客に言われるがまま、男は全ての壺の裏を確認しますが、その全てに“蛸安”という名前が書かれております。
「けったいなモンですが、これ全部。同じ人間が作った壺ですな。えっ、“蛸安”は、幻の陶芸家?有名な陶芸家が、若い頃に名乗ってた名前で現存する壺が、もぅ1つも残ってない?…ちょっと、すんまへん。おい!」
「なんや、はよ売らんと客が帰ってしまうぞ!」
「アホっ。お前、聞いたやろ!幻の壺やて!これは、大儲けできるぞ!」
「大儲け?ほな、4000万、戻ってくるんか!?」
「4000万どころか、4億にしたるわい!儲けの半分忘れるなぁ…お待たせいたしました。今しがた、相場が変動いたしまして、一壺が400万になります。いや、いや、いや、分かってますがな。半値はお約束したので、お代は、半値の200万で結構でございます。…えっ、要らない?ちょっと、待っておくんなはれ!さっき、あんさん、この壺は幻の壺や言うてはりましたやないか?えっ、実は、あんさんは目利きで、壺が1つだけなら1000万でも、出して買うが、ここには200壺もある。200壺もあるもんに価値はない?ちょっと、待っておくんなはれ。今、ひと壺残して、全部、叩き割るよってからに!」
「待て!待て!待て!待て!それでは、家が瓦礫の山になってしまう!」
「うるさいわっ!金に代えられるか!…えっ?何ですか、お客さん…そんな置き場所に困っているようなら、ひと壺20万出してくれたら、代わりに全て引き取ってくれる?おいっ、持っててくれるて!よかったな!」
「そんなアホな話あるかいな!」
※※※※※
つ・ぼ・や?なんじゃそりゃ?

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