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僕の街 『トイレの神様』

 僕の街には駅がありません。
なので、何処かに行く時は、バスか車か。はたまた、自転車か…。
大抵の物は、街の中で調達できるので、この街の人は、それを不便には思わないし、
そのせいか、この街を出ないまま、人生を終えていく人も沢山います。

 駅がないと不便なのは、場所の説明が、し難い所で。中心部という中心部が、この街には存在しない為に、これから話をする公園が、どの辺にあるのかは、伝え難いのですが…。まぁ、僕が小さい頃に遊んでいた公園とは、別の公園での話です。

※※※※※

「俺は、ひとりになりたい!」

やっとこ巡って来た順番に、男は待った時間を上乗せするかのように、全ての思いの丈を吐き出している。

「疲れたんです。どうせ、誰にも必要とされてないんだ。いっそのこと、家族も仕事も捨てて、俺は、ひとりになりたい。どんな小さい部屋でもいい」

  最近、話題のトイレの神様。

  その小さな公園の、決して大きくない公衆トイレは、噂を聞きつけた悩める子羊の長蛇の列が出来ている。

  相談は無料。
ただし、その子羊は、相談料として食べ物や飲み物を、少し空いた上部の空間から、トイレの神様のいる個室トイレへと投げ入れる。

  それが、いつしか出来た暗黙のルールだった。

「…贅沢だなぁ」

ドアを隔てた個室トイレから、神様は、そう言うと
「うん、贅沢だ。あなた、家族がいて、仕事もあって、何が不満なわけ?困るんだよねぇ、何でもかんでも相談されても。後ろを見てみなさいな。
分かるでしょ?今、私、凄い忙しいわけ。贅沢な話には乗らないの。さぁ、帰ってくれたまへ」

 トイレの神様の言葉は、正直、男には、想定外だった。

  ネットでは、どんな相談も親身に聞いてくれるとの話だった。

それが、どうだ。このつっけんどん。こちらの悩みを聞こうともしない。どんなに囃し立てられても、所詮は人間ということか。

列に並んでいた時には無かった感情が、男の心を支配していく。

「なんだ、その物言いは!所詮、物好きが中に入ってるんだろ!そうやって、人の悩んでるのを聞いては、ほくそ笑んで、楽しんでるんだろ!」

  公衆トイレ中に、男の怒声が響き渡った。

 後ろに並ぶ子羊たちは、その言葉に『なんて事を言うんだ』と、メィメィと、泣き叫んでいる

 けれど、知ったことか。男は怒っている。

「…うん。うん。うん。…いける」
聞こえない程度の声が微かに個室から聞こえた。
「あぁ?なんだって?」
「まぁ、まぁ、そう興奮しなさんな。私も少し言い過ぎた。しかし、正直、いい加減、あなたの様な身勝手な相談には、飽き飽きしているんだ。
分かってくれないかなぁ」

 神様の言葉に、男は更に怒りが溢れ出した。

「何が身勝手な相談だ!こっちは真剣に悩んでいるんだぞ!そんな事も分からないで、何がトイレの神様だ!これなら、俺の方が、いくらかマシな答えが出せる!」

「ほぅ。ならば、やってみなさいな。やれば、その身勝手さが分かるはずだよ。ちょうど、この個室の横に、もうひとつ個室のトイレがある。そこに入って、あなたも彼らの相談に乗るといい。あなたの方が人気が出たならば、私は、潔く負けを認めるよぉ」

「よし、分かった!」

  売り言葉に、買い言葉。

男は、そう言うと、神様の横の個室に入り、子羊たちの相談に乗る事にした。

  最初は全然だった。

  もちろん、誰も男の個室の前には来ず、なんなら、ドアを激しく叩き、個室から出るように促す者もいた。
そりゃ、そうだ。この公衆トイレの2つの個室は、かたや神様。もう片方には、意地を張った男が占拠している。もはや、ここは用をたす場所ではない。
 相変わらず神様の個室の前には、子羊たちの列が出来ている。引っ切り無しに子羊は入れ替わる。それは会話する声で分かった。都度、何かしらが上空を舞い、僕は、それが羨ましくなっていった。

  しかし、男は、ただ待ち続けた。

流石に、神様も可哀想になったのか、その相談料がわりの食べ物を、男の個室に投げ入れた。
「早く諦めればぁ」
という、屈辱的な言葉と一緒にではあるが。

  日は過ぎて、あまりの長蛇に耐えかねたのか。ただの面白半分か。神様の前の列から、『どうも、こちらでも相談に乗ってくれるらしい』
と、ひとり、ふたりと男の個室に子羊が立つようになった。

  男は『これは、明日に繋がる大事なお客様』と、その相談に、必死に答えを捻り出した。すると、それが功を奏したのか、日が経つにつれて、トイレの神様の前に出来ていた列は2つに割れ、男の居る個室の前にも、列が延び始めた。

  もう少し、もう少し…。もう少しで、あいつに勝てる。

 恋愛相談に、コンプレックス。明日のデートに着ていく服から、相続問題まで。
男は、どんなにつまらない相談も親身に相談に乗った。そう、ただただ、自分を馬鹿にしたトイレの神様に勝ちたい一心で。

  そして、更に日が経った。

2つに割れた列は、とうとう、再び、ひとつになった。今度は、男の個室の前にだけ、長蛇の列は延びている。


「勝った!勝ったぞ!」

男は、そう言うと、個室を遮る壁を力一杯、叩いた。

「いやぁ。参りましたなぁ。おめでとう」
「おめでとうじゃなくて、ごめんなさい、だろ!」
「いやいや、めでたい。めでたいですよ。あなたの悩みも解決したし、私の願いも叶ったし…」

  ガチャ

 横の個室が開く音がした。
「おいっ!どういうことだ?」
「いやぁ、私もかつて、あなたと同じ理由で、ここに並んでいたんですよ。そして、同じように…。まぁ、いいじゃないですか。それじゃ、これからも頑張ってくださいよ」

  その言葉を最後に、神様が男の問いかけに答えてくれる事は無かった。
男は、慌ててドアノブに手をかける。俺は、神様に勝ったんだ。もう、こんな所に居る用は無い。

「おい、謝れよ!あれっ、開かない。開けろ!誰か、開けてくれ!」

「いやいや、神様。そう言わないで。外には、神様の言葉を待つ長い列が続いているんですから」

※※※※※

 あの神様、まだ居るのかな?
ちょっと悩みを聞いてもらいに行ってきます。

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