【ミケランジェロ④】どうして綴じることが心地よいのか?
綴人の note にお越しいただき、ありがとうございます。
西欧の伝統製本パッセカルトンを中心に本つくりをしています。
仕立て直しは、ばらした折丁を綴じていきます。
製本を始めた頃からずっと感じていたことですが、綴じるという行為がすごく落ち着くのです。繋ぐとか止めるといったことが、潜在意識の中の心地よい感情を呼び起こすのでしょうか?、心というものは不思議です。思考は現実化する、とはよく聞く言葉ですが、” 心地よい” を感じていると心地よいことが引き寄せられてくる気がします。
大きな本を仕立て直すのはこれが初めてですが、どこか建造物を建てるのに似ている感じがします。麻糸が麻紐に食い込み、徐々にページが繋がっていく様子は、工事現場で徐々に姿を現す建物を見ているようで、ワクワクします。
規則正しく並んだ麻紐の縦ラインと、折丁の重なりの横ラインが直線的な建造物を連想させ、そう思わせるのかもしれません。
繋いできた折丁が重なり、本になりました。
べつだん大義があるわけでなく、たいそうなお金になることも無い製本を、続ける意味を必死に、ある時は無理やりに自分に言い聞かせる。ストーリーをつなげる、思考をつなげる、人と人をつなげるなどと耳触りの良いことを言っても、綺麗事にしか聞こえない。
結局、針に糸を通し綴じ始めると無心になり、誰にも指図されず、目の前の全てを自分でコントロールできているということが心地よいだけなのでは?、と思うのです。
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