コンプレックス 10
■コンプレックス10
中野のアパートは、中野区上高田にあり、西武新宿線の新井薬師前駅まで徒歩5分JRの中野駅までは徒歩15分くらいであった。
中野駅からはバスも頻繁にあったし、サンモールをブラブラ歩くのも楽しかった。
新宿には近くなり、渋谷からもタクシーで大した金額ではなかった。
そうなのだ、これで新宿や渋谷で飲んだくれて、終電を逃しても大した問題では無くなったのだ。
新しいアパートに移って、誰を連れてこようが、何時に帰ってこようが問題は無くなったのであるが、彼女との関係がうまく行かなくなった。
細かい経緯は覚えていないが、静かにフェードアウトしてしまった。
ボクは、中野に引っ越してから、すぐに気に入った飲み屋を見つけた。
ブロードウェイから横に入って、早稲田通りに近いところであった。
その店の名前は「琴三」、オープンしたばかりの店で、マスターは脱サラ、彼はそのころ30代前半、独身であり、経営者とお客というより、友達というか、兄貴みたいな感覚であった。
この兄貴、根はまじめなのであるが、麻雀が好きで、暇な時間に、好きな面々が揃うと、私に店番をさせて、近くの雀荘で盛り上がっていた。
店番といっても、99%常連しか来ない店だし、ボクは勝手に冷蔵庫から、刺身やら枝豆やら、すぐに食べられるのを出し、生ビールをつぎ、
「しばらく帰ってくんなよ!」と、楽しんでいた。
もちろん食べたり、飲んだりしたことは、申告もしないし、相手も聞かなかった。
まあ、店番の駄賃みたいなものである。
たまにお客さんが来ることもあった。
「マスターは出掛けてますが、簡単なつまみと飲み物くらいは出せますよ!」と、
ボクは結構商売に協力していたのだ。
ナイト勤務編で書いたが、フロントのナイトシフトに入っていたI氏は、年齢が私より7~8歳上で独身であった。
彼は、西武新宿線の沼袋のアパートに住んでいて、まあ、近所みたいなもんであった。 彼のシフトは、ナイトだけだったので、朝は8時位に勤務が終わる。
ほとんど寝てないので、帰ってすぐ寝るか、しばらく仮眠してから帰ったりしていた。
しかし、もちろん夜はフリーである。
休みもあるので、週に少なくても4回は夜が丸々空いている。
彼は、その全てを上記の琴三で過ごした。
紹介したのは……もちろん、このボクである。
ボクが顔を出す時間は、10時前後が多く、その時間には、既に彼は帰っていたが…
ボクが休みの日に、いるかな?と、早目に顔を出すと、まず間違い無くいた。
本当によく通い、よく飲んだ。
特別にうまいと思うつまみもなかったし、無難な「ししゃも」とか「おでん」とかを食べていた記憶しか無い……
※これは昭和55~56年頃の話であるが、昭和61年3月3日のボクの結婚式には、この琴三のマスターも出席してくれた。
それも、新潟での披露宴であったのにである。
その店で、素敵な女性と出会った。彼女は、一人でたま~に来ていた。
美人というより、妙に魅力があり、雰囲気的には「田中麗奈」みたいな感じ…年齢は、ボクよりたしか二つ位上だった。
今はどうなのか知らないが、当時一世を風靡(東京だけかも?)していた「北の家族」というチェーン展開している居酒屋があったが、彼女は、そこの社長秘書をしていた。
ボクは、何回か彼女と話をして、完璧に彼女の虜になってしまった。しかし、店に通っている常連の中にライバルがウジャウジャいることをマスターから聞いた。
もちろんマスターは、ボクの味方である。
なんたって、店番をおおせつかる間柄だ。
ほどなくして、彼女とデートの約束を取り付けることに成功!(ヤリ!)中野サンプラザのトヨタレンタリースで、カローラではせこいので、マークⅡを借りて、彼女のアパートに迎えに行った。
彼女は、実家は上高田にあるのだが、新宿区上落合にアパートを借りて一人暮らしをしていたのだ。
といっても、昔からあこがれていた一人暮らしをちょっと試してみただけだったらしいが…
新宿区上落合は、中野区と隣接しており、ボクのアパートからは、自転車でもすぐな距離だった。
『ピンポ~ン!』
あれ?返事が無い…
なんと彼女は寝ていた!
そう、そういう、少し飛んでる女性でもあった(?)。
彼女は、「ごめんなさい、上がってちょっと待ってて…」と、自分はシャワーを浴びに行った。
浴びに行ったといっても、ワンルームのアパートである。
リアルに音もするし、音源は、すぐそばである。
朝からムラムラっときたが、必死で堪えた(偉い!?)。
中央高速で、近場の河口湖に行った。
別に行き先など、どこでも良かった…。
とても楽しかったし、ボクはマスマス彼女の虜になってしまった。
琴三では落ち着いて飲めないので、どちらかのアパートでよく飲んだ。
しかし、彼女は非常につかみどころが無い女性で、
時々、持っていた風船がフッと、どこかに飛んでいくような感じで、離れていく…そして、また戻ってくる…そんな感じであった。
ボクは、彼女とのことを琴三のマスターにも、友人にも話さなかった。尾ひれがついて、噂になるのが嫌だったからだ。
しかし、十分にバレバレであったようである。
彼女は、よく手紙をくれた。
自分の心情を語る手段として、手紙を好んでいたようである。
素晴らしく個性的な上手い字だった。
ボクの中での『字の上手い人』のベスト3の中に間違い無く入る。
何度か、連絡も取れ無くて、もう終わりか…という頃に、この手紙が来たりして、
また、細くつながっているみたいな感じであった。
ボクは、そういう振り回されている状況が、本意ではなかったが、
現実は、最大限振り回されていた。
そして、その不思議な関係も、やはりフェードアウトしてしまった。