お迎え特殊課の火車4
第4話 天網恢恢、自業自得とはこのことかねえ(一)
白に幾房かの黒い部分が混じった長髪。着物を着た三十歳そこそこの色気のある美女が、赤い炎に包まれた黒いワゴンを操っている。
美女の名は火車。
死後、閻魔大王の裁判をするまでもなく地獄逝きが確定している亡者を、自らが操る名前通りの『火の車』――昔は牛車だったが時代に合わせてワゴンに変化――に乗せて、地獄まで運ぶ仕事をしている。
火車は地獄に於いて、閻魔庁の「お迎え特殊課」に属する妖怪獄卒で、その正体は虎ほどの大きさがある化け猫である。
そんな火車の現世への出動は、かなり少なく、二千二十年の梅雨頃に五十年ぶりの出動があった。
にも関わらず。この平和と言える時代に於いて、翌年の年始に、また出動があるのだから火車は驚きを隠せないでいた。
「アタシもそれなりに長く、この仕事してるけどさ」
火車は火の車を操りながら、助手席に座るお迎え特殊課の新入り獄卒クロベエに話しかける。
「はい?」
クロベエは、平成時代を二十年近く生き抜いた黒猫だ。
死の寸前に化け猫と成り、自身の肉体の機能が停止したと理解し、自らあの世へと赴いた非常に賢い猫である。
その賢さを買われ、また、生前多くの善行を積んでいたこともあり、獄卒として取り立てられたのだ。
「『はい?』 じゃにゃいよ。アンタ新人研修でアタシの仕事内容を教わらにゃかったのかい?」
「いや、知ってますよ。ですが、それなりに長くこの仕事をやってるから……どうしたんです? 何か不満でもあるんですか?」
「不満はにゃいよ。ただ、アタシの出動がこんにゃ短期間に連続であるってことに驚いてるのさ」
火車は人間が嫌いではない。
獄卒になる前は人間の死体を食らう妖怪火車として有名だったので、人間を餌として見ている部分はある。
が、それだけでもないのだ。猫として人間を好きな部分も待ち合わせている。
だからこそ、死後の裁判するまでも無く、地獄逝きになる人間が何人もいることに、『微妙』に残念なような、悲しいような、そんな複雑な感情が入り交じった気持ちになっていた。
「まあ、私情は禁物だね。さて……と」
火の車は目的の場所へと近づいて行く。
「クロベエ。閻魔帳の写しを読んどくれ」
「はい。えー……」
クロベエは閻魔帳の写しを音読する。
「今回、迎えに行く亡者は五人。飲み会の席で泥酔し」
クロベエは四十代半ばから五十代前後の、黒い短髪で黒縁の眼鏡を掛けた中年男性の姿をしており、着ている服は緑色のツナギで足には黒い靴下と汚れたスニーカーを履いている。
「近くの尼寺に侵入。修行途中の尼増達に暴行及び性的暴行を加え」
それは……クロベエの、生前最後のご主人様の姿を模しているのだ。
「……その結果、尼増の何人かが身体に重症を負い。心には消えない傷を負い。自ら命を絶ってしまった者もいるとのこと」
「……」
火車は無言だ。
迎えに行く亡者の人数も、その悪行も一応知っていた。
が、改めて聞いても、やはり地獄逝きは免れない罪を犯した者達だと思えた。
「更には――」
クロベエは火車の心中を知ってか知らずか尚、音読を続ける。
「ちょっとお待ちよ。まだあるのかい?」
「はい。続きがあります。火車さんが出動されるほどですから、どんな事情があろうと地獄逝き確定の者達です。相応の悪行を犯してしまったんですよ」
「にゃるほどねえ。解かった。続けとくれ」
火車としては、先ほど聞いた悪行だけでも充分だと思ったのだが……。
「はい。更には神社の社務所で年末年始の準備をしていた巫女達を暴行及び性的暴行……」
クロベエは淡々と読んでいるが、僅かに顔をしかめる。
彼もその所業を快く思っていないのだろう。
「結果、寺と社の神を怒らせ神罰を食らい、死へと至ることに」
火車は運転席で天をあおいで、
「にゃんとも、救えない馬鹿供だねえ」
と呆れた口調で言った。
「……で? 尼寺のご本尊様は何方にゃのさ?」
火車は火の車を走らせながらクロベエに問う。
「えーと。十一面観音菩薩様です」
十一のお顔を持ち、様々なご利益を持たらしてくれる菩薩様だ。
「十一面観音菩薩様かい。にゃるほどねえ。弱き者をお救い下さる菩薩様だからねえ」
元来、仏教は女性に対して割と厳しいのだ。
月のものがある女性を、不浄と見るきらいがあるのだ。
しかし、中世を過ぎた頃からその考えは改まっている。
「――ん? けど菩薩様や仏様は基本的に罪人にも罰を与えにゃいだろう? 怒ることもにゃいはずだよ」
因みに閻魔大王は神だ。罰を与えるのは神と相場が決まっている。
「えーと、尼寺には不動明王様もお奉りされてるんです」
クロベエは閻魔帳の写しを見て言った。
「にゃるほど、天部の不動明王様かい。さぞかしお怒りだったんだろうねえ」
天部とは仏教に於いえ如来様や菩薩様をお護りする護法神だ。
目的の場所はもう直ぐではあるが……。
#創作大賞2023
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?