お迎え特殊課の火車5
第5話 天網恢恢、自業自得とはこのことかねえ(二)
「……それから、神社の御奉神は菅原道真公です」
菅原道真公。
現在は学問の神として有名だが、元は日本屈指の怨霊だったお方だ。
火車は思わず火の車を停止させて叫んだ。
「そいつらはどれだけ馬鹿にゃんだい!」
火車の怒鳴り声を聞いて、クロベエは思わず耳を塞ぐ。
「俺に怒鳴らないで下さいよ……」
まさか、菅原道真公を怒らせる馬鹿がいるとは思いもよらなかった火車である。
「アンタに怒鳴ったんじゃにゃいよ! バカにゃ亡者共に怒鳴ったのさ!」
火車が前回迎えに行った亡者も、神と仏の両方を怒らせた者だった。
(にゃんで人間はこうも忘れっぽいのかねえ……)
人間とて菅原道真公の恐ろしさを知っているはずなのだが……。
(五十年前には、こんにゃ馬鹿な罰当たりは、いにゃかったはずだけどねえ)
しかし、火車は勘違いをしている。
いつの時代にも、馬鹿な罰当たりは一定数いるのだから……。
「にゃんにゃんだい! にゃんとかウイルスの所為で人間達がおかしくにゃってるってのかい!?」
火車は苛立ちを隠せず叫ぶ。
「えーと、今回の亡者達の中には余命幾ばくもない者が何人かいまして……」
クロベエは膝の上に置いた閻魔帳の写しに目をやりながら、音読の続きを始めた。
「亡者五人のうち三人は不治の病にかかり、残りの二人がその者達を不憫に思い、病院の外出許可が出たときに三人の願いを叶える為、また、自身の欲望を満たす為にも犯行を決意したとのこと」
それらの情報を聞いても火車の苛立ちが収まる理由にはならない。
「そんな決意にゃんかするんじゃにゃいよ! しかも尼さんと巫女さんに危害を加えるにゃんて本当に救えにゃい馬鹿共だよ!」
苛立ち続ける火車。
対してクロベエは既に冷静になっている。
「火車さん。苛立つ気持ちも解りますが、しっかり運転して下さい。目的地とは別方向に進んでますよ。この火の車」
クロベエに注意され、はっ、と気づくと火の車は明後日の方向に進んでいた。
「おっと、悪いねクロベエ。ちぃっと興奮しちまったよ」
理解していても苛立つことはある。人間に個人差があるように、化け猫にも個体差があるのだ。
「良っし! 着いたよ」
火の車は、目的の葬祭会館の真上に停まった。
「さてと、こっからが本番だね。まさか最初に迎えに行く亡者二名の葬儀が同じ会場で同じ日とはねえ……確か病に侵されている三名のうちの二名だったね?」
と、火車はクロベエに問う。
「はい。どちらも同時刻に亡くなってます」
クロベエは閻魔帳の写しを読みながら答えると、足元にある小振りのラジカセを持ち上げた。
火車は自身の妖力を使い。空に黒雲の幻を出現させる。
葬祭会館上空が、見る見るうちに黒雲に覆われて行く。
クロベエはラジカセに繋げているスピーカーを助手席に置くと、ワゴンの窓を開きつつラジカセのスイッチを押した。
――ゴロゴロゴロ……。
雷の音が響き渡る。
「まず、一人目」
火車は呟くと、運転席のドアを開けるや否や本性である虎ほどの大きさの白地に黒模様の二毛猫の姿に戻り、人間の目には不可視の状態で、地上に飛び降りる。
クロベエも助手席のドアを開けると人間の目には不可視のまま、しかし本性には戻らず地上へと降りる。
葬祭会館正面の出入り口付近には、多くの弔問客が集まっていた……。
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