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塗料メーカーで働く 第五十九話 新人研修発表

 1992年10月7日(水)午前9時に 会社の講堂で前期の新人研修発表会が始まった。       

 新規事業部技術部の実習生永野さんは 2番目手で 司会者の指名を受けて登壇した。

 川緑は 会場の最前列に置かれたOHPの前に座り 発表資料の1枚目をかざした。 

 スクリーンには 研修テーマ 「UV硬化型樹脂の硬化性の研究」とサブタイトル 「酸素阻害」の文字が映し出された。                      

 永野さんは 落ち着いた様子で 「新規事業部技術部での研究につきまして報告いたします。」と言った。

 研究の内容は これまでの新人実習生等の研究の延長線上にあった。   

 1人目の実習生浜崎さんの研究のポイントは UVカラーインクの硬化性がそのインクに照射するUV光の量の二階対数に比例するというものだった。                        

 2人目の実習生高野さんの研究のポイントは 塗布されたUVカラーインクを体積素片の集合体と考えた時に それらの硬化性が 吸収されるUV光量の二階対数に比例することと 体積素片の位置により硬化性が異なるというものだった。

 永野さんの研究のポイントは これまでの研究で基に組み立てられた硬化の近似式に 更に酸素阻害の要因を盛り込むものだった。                 

 酸素阻害のモデルは 気体分子の運動論を基に 塗布したUVカラーインクの近傍の酸素分子がインク表面に衝突するときに持つ運動エネルギーを 酸素阻害の現象と関連付けたものだった。

 永野さんは この酸素阻害のモデルを検証するために 酸素濃度を変えた環境下でUVカラーインクを露光し 硬化したインクの厚み方向の硬化状態を分析し その結果を解析していた。  

 UVカラーインクの露光は He-Cdレーザー照射装置を用いて行い 顕微FT-IR装置を用いて インクの厚み方向の硬化状態の分析を行っていた。

 彼の実験データは 酸素の濃度が大きいほどインクの硬化状態が悪くなり、その傾向は塗布したインク表面付近について顕著なことを示していた。

  彼は 硬化状態の実験データとインクの硬化の式を用いた計算結果とを比較して示した。      

 比較結果を基に インクの硬化に影響する要因の中から 「酸素阻害」の要因を切り分けて その部分を定式化した。             

 永野さんの研究の成果は 「酸素阻害」 を数式で示し しUVカラーインクの硬化性への酸素の影響を数値計算できるようにしたことだった。

 彼の導いた式は UVカラーインクの組成と塗布条件とUV露光条件と温度と酸素濃度が決まれば インクの硬化状態を計算によって求められることを示していた。

 永野さんの発表が終わり 質疑応答の時間となると 最前列の中央付近で聞いていた吉岡研究本部長が口を開いた。 

 本部長は 「酸素阻害の現象は始めて聞いたのだが これはUVカラーインクのユーザーも認識していることかね?」と聞いた。
 
 永野さんは 「はい 電線メーカー各社では光ファイバーの生産性向上が最重要課題ですので 彼等は 酸素を除くために窒素をパージしています。」と言った。

 彼は 続けて 「今回の研究は 酸素濃度とインクの硬化性とを関係付けるもので 光ファイバーの生産性向上に貢献するものだと思います。」と言った。

 質疑応答が終わり 川緑は 発表資料を整理しながら周りを見回すと 会場の左前方席に座っていた新人実習生等が 長机に突っ伏すようにして眠っているのが見えた。

 彼等は永野さんの発表の内容を必死に理解しようとして それが出来ず眠りに落ちたようだった。

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<お知らせ>
永野さんの研究発表の詳細に ご興味をお持ちの方は 別途 掲載の 「川緑 清の【テクニカル レポート】No.4」をご参照ください。

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