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ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。〜世間知らずの夢の成就は、屋敷ではなく平民街で〜 第十五話

 二人が店番を代わってくれるようになってからは店頭での私の拘束時間はかなり減った方だけれど、私がすべき事もある。
 流石に商品の陳列や掃除までは、今も私の仕事になっている。
 朝に店に来て早々に済ませる仕事なのだが、この時間は仕入れなどの裏方仕事を主にしているバイグルフさんもよく手伝ってくれるので、二人で話す時間がある。

「大変だろう? あいつらの世話をするってのは」

 昨日仕入れたばかりの布を二人で店内に陳列しながら、バイグルフさんのそんな問いに口元をほころばせる。
 あいつらが一体誰の事を指しているのかは、当たり前のように理解できた。

「そうですね。たしかに少しやんちゃが過ぎる事もありますし、口も良いとは言えない子たちですけれど、同じ時間を共有できる相手が居るという事は、ただそれだけで幸せな事です」

 正直に言えば、最初のうちは食卓に入れてもらう嬉しさに、一抹の申し訳なさが同居していた。しかしいつからかそんな気持ちも溶けて無くなり、今はもうすっかり私の日常の一部だ。
 自炊を始めて数日間は、本当に食事が家で用意されているのか疑っている様子だった二人も、最近は帰宅時の第一声が「腹減ったー」や「ねぇご飯は?」になっている。

「物好きだなぁリアは。が、そのお陰で俺も助かってる。特に今うちは、財布の飾りカバーのお陰で繁盛してるしな」
「アレは元々バイグルフさんの案ではないですか」
「それはそうだが、思い立ったのもリアを見たからだし、結局色々と色やデザインのアドバイスを貰わなかったら、あそこまでにはならなかっただろうしな」

 ニッと笑ってそう言ってくれる彼に、ここに必要な存在だ、と言われたような気持ちになった。
 思わずはにかむ。と、割り込むようにぶっきらぼうな声たちが窓から入ってくる。

「ま、たしかにバイグルフ一人が売ったところで、女は寄ってこないだろうね」
「そもそもその厳つい顔と、でかい図体じゃぁな。試しにちょっと取り換えて来いよ。絶対に客足、増えるぜ?」

 一体いつから聞いていたのか、窓の外からヒョコッと顔を出してニヤニヤ顔で言い寄る二人。一方私は彼らの言葉にすさまじい衝撃を受ける。

「え、顔って取り換え可能なのですか……?!」

 少なくとも、私のこれまでの人生にはない常識だ。まるで先日買ったあの頑丈な鍋でガァンと頭を殴られたかのような衝撃を受ける。

 まさか人に、そんな芸当が出来るだなんて。すごいのね、平民って。私にはまだまだ、知らない事がこんなにもたくさん――。

「リア、違うからなっ?! おいコラお前たちが適当な事を言うからリアが信じちゃうだろうが!」
「何だよ、そんな事も出来ないのかよ」
「ドゥルズ伯爵領民の名折れだね」
「ドゥルズ伯爵領民は、皆さん普通……?」
「だから違う! ったく何でお前らはこういう時に限って、無駄に領民根性を論うんだ!!」

 クワッと怒ったバイグルフが、二人を捕まえようとして手を伸ばす。
 しかし彼らは、すばしっこい上に二人も居るのだ。まるで示し合わせたかのように慣れた様子で二手に別れ、彼が「あっ?!」と声を上げている隙にスタコラと店の外へと走っていく。

 両者の様子を見るに、どうやら今のは二人の冗談だったらしい。
 内心で密かにほっと胸を撫で下ろしながら、目の前のやり取りについ口元に手を当ててふふふっと笑ってしまう。

「ったくもう、あいつらは。一体何をしに来たんだか……」

 頭を掻きながら戻ってきたバイグルフさんが、何だか少し可愛らしい。

「ふふふっ、三人はとても仲が良いのですね」
「仲が良いってのとはちょっと違う気がするけどな」

 言いながら、彼は「はぁ」とため息を吐く。

「あいつらは、根っからの『不良小僧』どもだからな。まぁそれも、最近は随分とマシになったが」
「そうなのですか?」

 私が疑問に思ったのは、『不良小僧』という言葉があまり二人にそぐわない言葉のような気がしたからである。
 確かに二人はワンパクではある。けれど『不良』と呼べるほどかというと、何だかあまりしっくりと来ない。
 そんな私の心情を察してか、バイグルフさんが指折り私に思いつく例を挙げてくれる。

「リアが来てからあいつらは、夜に遊ばなくなった。朝には起きて飯を食って、夜に寝る習慣がついた。金に困らなくなったから物もくすねなくなったし、……まぁ盗み聞きとか口が悪いのは直らないが、むやみやたらと物を壊す事は減ったな。あと、あんたが心配するからか、他と喧嘩をする回数も減った。それもこれも、全部あんたが居るお陰だと、俺は思っているんだが」
「私が、ですか?」

 思わず驚いてしまった。
 もし彼の言う事が本当なのだとしたら、それはとても嬉しい事だ。けれど、少なくとも私は彼らの素行を正す努力どころか、素行に対して彼らに何かを言った覚えなんて殆どない。
 ピンと来なくてまた聞き返すと「まぁ、前を知らなけりゃぁ違いなんて分からないか」と笑いながら、バイグルフが木箱をヨイショと持ち上げた。
 お喋り中も手を動かし続けていたお陰で、新しい商品の陳列が一通り終わった。

「ま、いずれあんたの目にも見えるだろ、やつらの変化っていうやつがな」

 自信ありげに二ッと笑われて「どういう意味だろう」と首を傾げる。しかし私が聞き返す前に、彼が「じゃあ」と口を開いた。

「そろそろ街の会合に行ってくる。夕方には戻ってくるが、それまで店番は頼んだぞ?」
「あ、はい、分かりました。お気をつけて」

 私がペコリと頭を下げると、彼は後ろ手に手を振りながら、店の奥へと消えていった。

 まだ昼下がりではあったけれど、奥の作業部屋から店頭へと顔を出した。

 陽光が差し込む店内に、今お客様は一人も居ない。暇そうな後ろ姿に名を呼んでみれば、ノインがノロリと振り返る。

「何、珍しいね。こんな時間に出てくるなんて」
「えぇ。それよりも……」

 確認のために、再び店内をぐるりと見回す。しかし居るのはやはり、彼一人だけ。ディーダの姿が見当たらない。

「あぁ、ちょっと休憩に行ってるんだよ。多分もうすぐ帰ってくる」
「え、お仕事中なのにですか?」
「いいでしょ別に。どうせお客は居ないんだし、ちゃんと店番もしてるんだし」

 うーん、どうなのだろう。
 言われてみればたしかに店番は最低一人居れば事足りるけれど、あまり勤労的には思えない。
 少なくとも私が雇い主だったら、たとえば屋敷内の仕事がどれだけ少なくとも何かしら仕事を見つけてやってほしいと思うし、私も実際ここ一年の屋敷生活ではそうしてきた。
 いやしかし、こういうのが平民の方々の常なのかもしれない。雇い主によるとしても、バイグルフさんがあまり気にしていないのならば、それはそれで良いのかもしれない。
 そんな風に頭の中で考えていると、横から最早口癖のようになってしまった言葉を彼が今日もかけてくる。

「で、終わったの?」

 向けられているのは、実に期待の籠っていない薄桃色の瞳だ。
 きっと今日も、いつも通りの返しが来ると思っているに違いない。が、今日ばっかりは彼の予想をいい意味で裏切る自信がある。
 私は少し得意げに、しかし感謝は忘れずに告げる。

「えぇ。つい先程、やっと注文分が全て作り終わりました。店頭用にあと幾つかは作らないといけませんが、二人のお陰で予定よりも早く終わりましたよ」
「……ふぅん、あっそ」

 あれ、あまり喜ばない。
 ふわぁと大きなあくびをしながら伸びをした彼は、思いの外素っ気なくて「あれだけ退屈そうに店番をしていたから、てっきり嬉しいと思ったのに」とちょっと拍子抜けをしていると、窓がカタンと音を立てた。

「あ、ディーダお帰り。終わったってさ」
「ふーん」

 窓枠に足を掛けて入ってきた彼もまた、とても反応が薄かった。
 もしかして、実は二人とも店番を、案外楽しんでいたのかも? だとしたら、バイグルフさんにそうと素直に話してみれば、継続して店番を手伝わせてくれるかも――。

「でも、まだあと二日、約束が残ってるぞ」
「どうだろうね。もしかしたらそれまでは付き合わされるかもしれないけど」
「チッ」

 前言撤回だ。面倒くせぇな、と舌打ちしたディーダがを見る限り、少なくとも店番を楽しんでいたようには見えない。
 でも、じゃあ何故? そう思ったところで「でも」とノインが口の端をニヤリと引き上げた。

「実は一つ『仕掛け』があるんだよね。予定の店番期間を過ぎてもまだカバー作りのノルマが終わらなかったら言わないつもりだったけど」

 何やら自信ありげなノインに、ディーダもニッと笑顔を作る。
 二人が何の事を言っているのか、少なくとも私にはまるで分らない。ただただ頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、ちょうど店の奥からドアの開く音がする。

 奥の部屋のさらに奥には、この店の勝手口がある。そこを使ってこの建物に入ってくる人は、私は一人しか知らない。

「どうだリア、進捗具合は」
「おかえりなさい、バイグルフさん。先程全部、終わったところです」

 店の奥から、ヌッとモヒカン頭が覗いてきた。私がニコリと微笑み答えると、彼はすぐに目を丸くする。

「思っていたより早かったな」
「二人のお陰で、作業に専念できたお陰です」
「そうか、ならまぁこいつらを雇ったのも間違いじゃぁなかったってことか。一種の賭けではあったが、昔から地味に店番に耐えうるレベルの字書きと算術を刷り込んできた甲斐はあった」

 しみじみと言いながら頷いた彼に、ムッとしたのはディーダだ。

「おいバイグルフ、俺たちは別にお前のためにできるようになったわけじゃねぇ。字も計算も、あくまでも俺たちが上手く生きていくための道具でしかねぇんだからな!」
「あー、はいはい」

 バイグルフが煩わしげにディーダの言葉をいなす様を、私は微笑ましく思いながら眺める。少しほんわかさえしたところで、ノインが「それで?」と口を挟んだ。

「今日でボクたちの仕事もおしまい。もちろん希望通りの報酬はくれるって事でいいんだよね?」
「何言ってる、二週間の約束だろうが」
「違うね。ボクたちはちゃんと『財布カバー作りが終わるまで。日数にしたら二週間くらいかな』って言ったはずだよ?」

 片眉を上げ、胸の前で両腕を組んで見下ろしてくるバイグルフさんに、ノインは負けずと己の正しさを主張する。
 交渉の場にいなかった私には、彼の物言いが事実かどうかの確証は得られない。しかしグッと押し黙ったバイグルフさんを見る限り、どうやら部はノインの方にありそうだ。

 眉間に皺を寄せたバイグルフさんは、「うーん」と唸り声を上げながら天を仰いだ。続いて両目もギュッとつぶって、更に「ふんぐぅー」と苦悶の表情になる。
 しかしどれだけ考えても、結局突破口は見つけられなかったのだろう。彼は結局肩を落として「ちょうど二人、二週間分でトントンなんだがなぁ」と小さく呟いた。頭をボリボリと掻く彼の姿は、降参した人のソレだった。

「へっ、最初にちゃんと約束を詰めておかない方が悪いぜ」
「テメェはまったく関与してないだろ。偉ぶるなディーダ」
「貧民街は弱肉強食、教えてくれたのはアンタでしょ?」
「あー、あー、そうだな、分かったよ! 分かった分かった!! もってけ泥棒」
「泥棒じゃねぇし、人聞きわりぃ」
「泥棒じゃないし、人聞き悪いな」

 投げやり気味の敗北宣言に、二人の声が揃って異議を申し立てる。しかしその顔に浮かんでいるのは「してやったり」とでも言いたげな表情だ。
 それを、バイグルフさんはシッシッと追い払った。二人は素直に踵を返し、店内を縦断して、出て――いくわけでは無いようだ。

 二人が立ち止まった先にあったのは、店内でも数少ない完成品が置いてある場所。中でも木のハンガーにかけられた数枚の服の前で止まる。
 老若男女、少なからず選べるくらいの枚数が、そこに陳列されていた。しかし彼らはまったく迷う様子もなく、とある一枚をその手に取る。

 淡いグリーンのワンピースだった。
 ウエスト部分が絞られたデザインで、胸元には濃い緑色の糸で刺繍。ちょうど大人の女性が着れるサイズの服だ。
 ディーダとノインにはサイズが大きいし、そもそも二人が女性ものの服を着たがっていたなんて、私はまったく知らなかった――。

「ん!」
「はい」
「え?」

 ディーダがハンガーの方を、ノインがスカートの裾部分をそれぞれ持って、私に同時に突き出してきた。思わず驚いて服を見て、それから二人を見比べる。
 たしかに私なら、着ても問題ないサイズだろう。けれど、まさか、もしかして。

「これを、私に……?」 
「お前にやる以外にどうするんだよ、こんなもん」

 ぶっきらぼうに答えたディーダが、プイッとそっぽを向いてしまった。
 唐突過ぎる二人からのプレゼントに、嬉しさと疑問がない交ぜになって、脳内が軽い混乱をきたす。

 何故私に? 何故服を? そんな疑問が頭に浮かぶ。
 しかしそれらを打ち消すような衝撃発言が齎された。
 
「俺らのバイト代を全部はたいてやるんだから、絶対に汚したりすんなよな」
「あ、もちろん破るのも禁止だからね。まぁそもそもコレには余分な布の部分なんて無いし、今のソレみたいに破って雑巾にはしようもないとおもうけど」
「えっ」

 思わず声を上げてしまった。
 もしかして二人とも、私が陰でこの服の裏地を雑巾代わりにしている事に気が付いていたの? 雑巾を作る時はいつも、周りに注意してこっそりと作っていた筈なのに?!

「四六時中一緒なんだから、コッソリ観察してれば分かるよ。まぁ、アンタは上手く隠してるつもりだったのかもしれないけど」

 私の表情を読んだのだろうノインが、ニヤリと笑っていたずらっ子の片鱗を覗かせる。
 そのようなところまで見て気がついてくれたなんて嬉しい……と、普通は思う所だろう。しかし私の頭の中は、急激に沸いた羞恥心ですっかり塗りつぶされてしまった。

 裏地は既に、それなりに使っているのである。つまり新たに雑巾を作る時、それなりの高さまで一度スカートをたくし上げなければいけなかったのだ。
 具体的に言えば、今ならおおよそ膝上くらいの高さまで。

「あぁぁあ、足が丸見えで、二人に見られて……?!」

 自覚した瞬間、顔に血がブワァッと集中した。
 当たり前だ。だって淑女は、肌を殿方に見せてはならない。ドレスでデコルテは多少出すが、足を見せるのは破廉恥な行為だ。

 膝下でさえ恥ずかしいのに、それを、まさかの膝上だなんて。そんな場所、過去ザイスドート様以外には見せた事がないというのに!
 熱い頬を両手で挟み、顔を真っ赤にしてアワアワとする。

 そんなあられもない姿をたびたび目撃した彼らも、さぞ気まずかった事だろう。
 本当に本当に申し訳ないし、本当に本当に恥ずかしい――と思ったのだけれど。

「はぁ? 足を見られたから何だってんだ」
「だってそんな、はしたない――」
「はしたない? 何だソレ、意味分かんねー」

 ディーダの答えに、私は思わずキョトンとした。

「川遊びとかする時に、よく裾を上げたりしてるよなぁ?」
「まぁ眺めが良い事は良いが、そんなに赤くなるほどでも、なぁ?」
「何? アンタの常識ではそんな感じなの?」

 怪訝な表情で互いに顔を見合わせているディーダとノインに直面し、私は今度は違う意味で「え、あ、えっと……?」と動揺する。

 最初こそ「優しさで、あえて気にしないふりをしてくれているのかな」とも思ったけれど、彼らの表情を見るにどうやら本当に何とも思っていないようだと理解できる。
 見回せば、バイグルフさんも「どうしてそんなに恥ずかしがるんだ?」と言いたげな顔になっているのだから、二人の見解の説得力は増す一方だ。

 もしかして、平民や貧民にとっては、別に恥ずかしい事じゃない……?

 なんだかもう段々と、自分がとても自意識過剰なように思えてきた。
 別の意味で、恥ずかしい。顔からプシュゥと蒸気が出そうなくらいの羞恥が顔に集まったところで、ノインの「いやまぁまぁ良いけどさ、それよりも」という声が私の思考を切った。

「早く受け取ってくれないかな? いつまでボクら、アンタの服を持ってないといけないの?」
「あっ、すみません」

 反射的に謝り、服を受け取った。
 ジワリと心に温もりが灯る。

 改めて腕の中の服を見れば、当たり前だけれど生地自体は決して質の高いものではなかった。もちろんオーダーメイドでもない。どこの誰とも知れない人が、どこの誰とも知れない人相手に作った既製品だ。
 が、それでも。

「ありがとう、ございます」

 無機物には籠っていない筈の熱を、この服から感じた気がした。
 嬉しい。そう、噛み締めるように思う。

「ありがとうございます」

 あれだけ「服は生きる上で必要不可欠なものじゃない」と言っていた二人だったのに。いつもはあれだけ、好きに日々を生きているように見えるのに。

 声が震えてしまうのは、きっと誰かから送られるプレゼントが久しぶり過ぎるからだけではない。
 もしかして、私の事を考えてくれている時間がその中にあったのだろうか。もし、私のためにわざわざ労働を買って出てくれたのだとしたら、それはとても。

 ワンピースをギュッと、胸の中に抱きしめる。
 視界が滲んでどうにもならない。ふわりと微笑めば、目尻から頬を濡らす雫が零れて。

「ありがとう、うぅ……」
「ちょっと、リア。ハンカチ代わりにしないでよね。着る前からシミ付きとか、笑えない」
「ふんっ、だからお前は何でもかんでも泣きすぎなんだよ。涙腺バカリア」

 ぶっきらぼうな声達が、私の名前を初めて呼んだ。

 本当の名ではないけれど、それでも私を「リア」と呼んでくれた事が嬉しい。

「実は俺も参加してんだ。ほらその首元の所。元は無地だったのを、俺が刺繍したんだぜ」

 言われてよく見てみると、バイグルフさんの言う通りワンピースの首回りに細かな刺繍が施されている。

「ちゃんとリアが言ってた通り、糸の色を『馴染みの良さを優先して色の近いものを選ぶ』ってのでやってみたんだが」
「えぇ、本当に。とても綺麗」

 出来栄えを窺うような彼に思わずフフフッと笑ったところで、また涙が一筋頬を伝って滴った。
 ホッとしたような彼の表情が、私の心をまた一つほんわかと温かくする。

「皆さん、ありがとうございます。大切に着させていただきますね」

 幸せだ、と思う。

 こんなに幸せを貰ったところで返せるものなど大して無いのに、果たしてこんなにも優しくしてもらって本当にいいのだろうかと思う。
 でもそんな事を口にしたら、きっと彼らは「素直に受け取りなよ」とか「めんどくせぇこと考えんな」とか「くれるって言うんだから貰っとけばいいだろうよ」などと言うと思うから。

 それらの想いは、敢えて言葉にはしなかった。
 心の中で「もう服を雑巾にはできないな」と微笑しながら強く強く、服を抱きしめる。
 私はこの場所が好きだ。ここに来られて良かった。
 心の底から、そう思った。

【各話リンク先】
第一話:https://note.com/rich_curlew460/n/n02b3af7df971
第二話:https://note.com/rich_curlew460/n/nc5a6a501aa1c
第三話:https://note.com/rich_curlew460/n/nf657217e33a7
第四話:https://note.com/rich_curlew460/n/n0bcd36a46767
第五話:https://note.com/rich_curlew460/n/n76ef05998ecb
第六話:https://note.com/rich_curlew460/n/n1da0c89af729
第七話:https://note.com/rich_curlew460/n/nd2f55ce8792d
第八話:https://note.com/rich_curlew460/n/n5b17d5a00e7f
第九話:https://note.com/rich_curlew460/n/n1d1b17ac74db
第十話:https://note.com/rich_curlew460/n/n508f3f9cf98a
第十一話:https://note.com/rich_curlew460/n/n68142bd1a7f9
第十二話:https://note.com/rich_curlew460/n/n20fe7909dbbb
第十三話:https://note.com/rich_curlew460/n/n629e515995eb
第十四話:https://note.com/rich_curlew460/n/n5f55eb566615
第十五話:https://note.com/rich_curlew460/n/n3ba31d611423(←Now!!)
第十六話:https://note.com/rich_curlew460/n/nbca0203283b1


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