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ムギと王さま

 『ムギと王さま』は、イギリスの作家エリナー・ファージョンによって、半世紀以上前に書かれた短いお話です。

 石井桃子さんの名訳で、岩波少年文庫で読むことができます。

 書かれた文章をそのままに、短くかいつまんで紹介すると、こんなお話です。


  まい年、畑がムギで金色になると、ぼくは思った、ぼくのお父さんは、エジプトじゅうで一番のお金持ちだと。

「  子ども、おまえは満足げに見ゆるな。」

「ぼくは満足です。ラー王さま。」とぼくはいった。

「して、おまえの父親は何者だ?」

「エジプトで一ばんの金持ちです。お父さんはこのムギ畑をもってます。」

「わしは、エジプトを持っている。わしは、おまえの父親よりも金持ちだ。」

 そこでぼくは首をふった。

 王さまはおこって、おそろしい顔つきになった。「わしが、この畑を焼いたら、どうだ?おまえの父親には、なにがある?」

「またムギが。またそのつぎの年のムギが。」

「エジプトの王は、エジプトのムギよりもえらいのじゃ。」ラー王は、さけんだ。「王はムギよりも金色に輝いておる!王の命は、ムギよりもながいのじゃ!」

 それは ぼくには、ほんとうのことに思えなかった。そこでぼくは首をふった。するとラー王の目にはあらしが沸き起こったようだった。

「この畑を焼きはらえ!」

兵隊たちは畑の四すみに火をつけた。

「子ども、おまえの父親の金を見よ。今までこれが、これほど輝いたことはあるまい。」

 黄金の畑がまっ黒になってから、ようやく、ラー王は立ち去った。

 ぼくは家の裏にある、小さな野菜畑に入っていって、泣いた。そして涙をふこうとして手をひらいたとき、半分からになった、熟したムギの穂が手のひらにくっついているのに気がついた。

 ぼくは、指を土につっこんで穴を作り、その一つ一つの穴の底に、一つぶづつのムギを落とした。

 つぎの年、エジプトのムギが実ったとき、ぼくの畑の、花やウリのあいだに 十の美しいムギの穂が立っていた。

 その夏、ラー王は死んだ。

「エジプトの王さまと、ムギと、どっちが金色だ?」


 この素敵なお話の主題から外れてしまうのだけれど、私は思わずにはいられない。

 兵隊たちは、金色にムギの稔った美しい畑に、火をつけるのは嫌だと思わなかったのだろうか? 彼らの親は農夫で、彼らはその麦を食べて育ったのではないのだろうか?

 命令に従わなかったら 殺されるのだろうか? 殺されるのと同じくらい、畑を焼くのは辛くないだろうか?

 王は誰の意見も聴かないのだろうか?王は孤独だ。この関係は寂しい。

 と、ほとんどお節介なことを考え始めてしまう。

 たとえば、兵隊の一人が言う。

「王さま、この麦畑を焼くなんてもったいない。このムギは 刈り取ってパンにしたら美味いですよ。干し葡萄を入れて石窯で焼いたパンと ナイルの魚のオリーブ焼きを一緒に食べれば最高ですよ!」

「そうか?」「そりゃもう!」

となったら大団円なのに。

 そうはいかないラー王は、寂しい。そうはいかない世界は寂しい。

 エジプトの王様が生きてた頃から3000年経ってもまだ、私たちの世界は寂しい。

 世界を変えたいよね。私たちの心の中から♥️


 


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