警視庁警備部 天王寺 澪 (1-2)

警備課の居室に入ると課長と思われる人に着任の挨拶をした。
「本庁警備部特殊警備課より本日付けで参りました天王寺澪です。よろしくお願いいたします。課長。」
天王寺警視が名前を言った時に、居室内でクスッと笑い声がした。
私の、『交通課より転属になりました上白石真琴です』に被せて立ち上がり直立不動の課長が言った。
「お待ちしておりました、天王寺警視。遠路はるばるこんな地方のの署まで御足労願いご苦労様です。あちらの間仕切りの向こうにデスクをご用意しておりますので、ご自由にお使い下さい。」
「あら、ありがとう。お手数をお掛けしましたね。」
「いえいえ、とんでもございません。」
「では。」
と言うと天王寺は間仕切りの向こうに消えた。
課長は私の手を取ると早足で居室を出て喫煙室に入った。
タバコの臭いが鼻を突く。
「喫煙者にとってホンマ、過ごしにくい時代になったもんやなぁ。」
と課長がタバコを口に咥えながら言った。
「まぁ、そうですね。」
私は当たり障りの無い返事をする。
「まぁそうですね、ちゃうで。そんなどうでもええ話するためにここに来たんとちゃうで。」
タバコを口にくわえたまま火も着けずに課長が言った。
「あ、はい。」
「お前、着任早々に何をしてくれたんや。今朝いきなり署長に呼び出されて今まで指導や。」
「着任早々って、まだ課長への報告前やったから着任前ですけど。」
「そんな屁理屈はどうでもええんねん。」
「屁理屈とちゃいます。」
「あのな、お前のここでの業務はなんや?言うてみ。」
「書類作成やPC入力などの警視のサポート業務と聞いてます。」
「それは表向きの話や。お前の仕事が100あるとしたら99は警視殿の保護任務や。」
「保護任務ですか?」
「せや、警視殿が余計な事をせぇへんか見張るのが仕事や。警視殿が本庁に戻るか、もしくは定年を迎えるかどちらかまでケガ一つさせるな、言うこっちゃ。」
「そんな無茶苦茶な。」
「無茶でも苦茶でもせなアカンのや。ええか、警視殿がスカイダイビングする言うたらお前も一緒に飛べ。琵琶湖に潜る言うたらお前も潜れ。山に登る言うたらお前も登れ。365日24時間片時も離れるな。どこまでもついていけ。署長からの絶対命令や、頼むで。」
「頼むでって・・・。」
「それと、警視殿の住むところやけどな。」
「それなら警視にも頼まれています。」
「どこかあてでもあるんか?」
「とりあえず私の実家に来てもらおうかと思っています。」
私がそう言うと課長は満面の笑みになって
「ようやった。お前と同居するんやったら一安心や。よろしゅう頼むで。」
そう言うと課長は私の肩を、ポンポンと二回叩くと、「もうええで。」と言わんばかりに、手であっち行け、をした。
ようやく課長から解放された私は喫煙室を出た。警備課の居室に戻る途中、喫煙室を振り返ると課長が凄い勢いでタバコを吸っているのが見えた。
居室に戻ると課員が一人近づいて来て言った。
「課長も大変やけど自分も大変やなぁ。まぁ、気張って頑張りや。」

居室の隅に間仕切りで作られたスペースに向かう。
間仕切りを入るとデスクが二つ向かい合って置いてあった。
既に天王寺警視が座ってるデスクにはノートパソコンと電話があるだけだった。
その向かいの私のものと思われるデスクにはパソコンのキーボードとワイド画面のモニターが1台に電話が1台置かれていた。
警視は自分のデスクに座ってノートパソコンを開いてじっと見ていた、と思ったら突然思いも寄らない行動をした。ノートパソコンを叩き始めたのだ。
「何してるんですか!?」
呆気に取られた私は思わず素っ頓狂な声をあげた。
「このパソコン、スイッチ入れても動かないのよ。こうすれば動くんじゃなくって?」
私は驚いて慌てて警視の手を押さえた。
「だめですって!立ち上がってるる最中やからそんな事したらハードディスクが壊れちゃいますよ。」
「あら、そうなの?」
無事立ち上がったパソコンを満足気に使い始める警視。
「警視、失礼だと思いますけど、もしかしてパソコンの電源を入れたのって初めてですか?」
「そうよ、だって今まで使おうとしたらすでに電源が入っていたもん。」
今時、電気製品を叩いて直す人がいるなんて。

席に着くとデスクの電話で警視の事をお母さんに連絡した。
「歳は40くらいかなぁ、警視やけど女の人やねん。」と言うと二つ返事でOKだった。

お母さんへの電話の後、今朝の報告書を作成した。
私が報告書を作成している間、警視はパソコンで何か調べているようだった。
報告書を作成し終えると、警視に署内を案内して回った。
「ねぇ、一つ質問なんだけれど・・・。」
「はい?」
「私が自己紹介すると、どうして皆さんは笑うの?」
「あぁ、警視はご存知無いんですね?」
「何かしら?」
「大阪市に天王寺ミオって言うショッピングモールがあるからですよ。」
「ふーん、でもそれってそんなに面白い事なのかしら。」
そう言って警視は小首を傾げた。
警備課の居室に戻ると警視は課長に、これから出かける旨を伝えた。
「おお、そうですか。上白石君、ご案内して差し上げなさい。くれぐれも失礼の無いように。」
満面の笑みで警視を送り出してから課長は厳しい表情で私について行くように顎をしゃくった。
国道旧24号線に面して新しく建てられた署の駐車場から、セブンを出すと24号線に向かって走り出した。
私はセブンに同乗して警視に同行した。
走り出してすぐに警視が言った。
「県警の建物って、無骨で無愛想なのね、もっと瀟洒にできなかったのかしら。」
「しょうしゃ?・・・勝者?」

車は駐車場を出て右折し、スーパーのザ・ビッグ角の交差点も右折した。
細いのに対向車の来る道を走り、JRの踏切を渡ってさらに走る。消防署の前を通り過ぎ、柏木町の交差点を右折して国道24号線に入った。
しばらく走って進行方向左側にある施設の駐車場に入った。
「警視、ここって・・?」
「スポーツクラブよ。」
「それは分かるって言うか知ってますけど。」
「私達の仕事って、体が資本じゃない?」
「それはそうですけど・・・。」
「私はね、昨日まで週6日ジムに通ってたのよ。」
そう言いながら、警視は建物に入りカウンターに向かった。
「あなたの分も申し込んであるから、明日からあなたも一緒にトレーニングするのよ。」
「そんな勝手に、って何時申し込んだんですか?」
「先程パソコンから申し込みました。」
「どうして私まで・・・?」
「ペアの方が一人より入会金がお得だったの。」
でも二人分申し込めば金額は倍になるから結局高くつくと思うんやけど。
手続きを済ませると警視はクラブを後にした。
「利用しないんですか?」
「今日は会員申し込みの手続きとクラブの規模の確認に来ただけです。さすがにこのファッションではトレーニング出来無いでしょう?受付でウェアの販売もしているみたいだったけど、ちょっとイマイチでしたから。お気に入りのウェアでの方が気合いが入ると思うし。」
それから郡山のショッピングモールに向かった。
「ここもネットで調べたんですか?」
「ええ、でも109とか東部なんかが無くてここが近くで大きそうでしたわ。」
「だから、ここは東京じゃありません!」
二階のスポーツショップでフィットネスのウェアを買った。
結構若者向けのデザインや色合いのものを選んだ。
トレーニングで着るものだけで無く、水着まで購入した。
トレーニングウェアは基本、ハーフトップかブラトップに短い丈のスパッツ、ショートスコート付きのショーツタイプ。
水着はビキニばかり。
結構な数量をしかも二種類のサイズのものを買った。
「すごい量を買ったんですね。」
「毎日行くとなれば最低でも7セットは必要でしょう?あなたの分もあるから全部で14セット。」
「私の分って、本当に私もするんですか?」
「ええ、私から片時も目を離さないように課長さんから指示があったのではなかったかしら?」
「そうですけど・・・。」
警視の選んだウェアと水着を思い出して思いっきり気が滅入った。
マジか、あんなの着られへんわ。

署に戻ると警視宛に荷物が届いていた。
大きめのトランクが二つ警視のデスク脇に置かれていた。

警備課の衝立のこの一角だけが、妙な疎外感に満ちていた。

終業後、警視はセブンに荷物を積み、私は愛車のダックスで家に帰った。
奈良の路地はややこしい。こんな狭い道がと思うところが一方通行でなかったりする。
私の先導でセブンを商店街に面した家の裏にある駐車場に停めてもらった。
家から少し離れた脇道から入らないと行けないので分かりにくいんやけど、駐車場から家まではほぼ10分かかる。

表は商店街に面しているので裏の勝手口から家に入る。
警視は旅行トランクを両手に一個づつ押して来た。
「ただいま。」
と引き戸を開けると
「おかえり。」
とお母さんとお父さんが出迎えてくれた。脚が不自由なお母さんは家の中でも杖をついている。廊下と部屋の段差や廊下の手摺といったバリアフリーの工事はしてあるんやけど、どうしても手摺が付けられない所では杖に頼らざるを得ない。
「お父さん、お母さん、こちらが警視の天王寺澪さん。」
「お父様、お母様でいらっしゃいますか。天王寺澪と申します。この度は突然の居候の件、快く受けて頂きましてありがとうございます。」
「いやいやうちやったらかましませんのです。ちょうど独立したこの子の兄の部屋が空いてますさかいに。」
ヘラヘラと締まりのない顔で言うお父さんにお母さんが言った。
「なにヘラヘラしとんねん。警視さんがべっぴんさんやから言うて、浮気したら承知せぇへんで!」
「ちょい待ちぃな、俺が愛してるのはお前だけやないか。」
「そうか、それやったらええんや。」
両親のやり取りが終わりそうもないので、警視を二階に案内した。

部屋は、二階で私の部屋の隣の独立した兄の部屋を用意してくれていた。それぞれ六畳間で襖を開けると一部屋に出来るようになっていた。
警視は、よっこらしょと旅行トランク二個を二階に上げると畳の上に置いた。
それぞれの部屋には入ってきた障子戸と反対側に一間の襖で開け閉めする押し入れと、半間の襖がドア状になった押し入れがある。
兄の半間の押し入れの上段には敷掛けセットになった布団が入っていた。
下段には押し入れ箪笥が入っている。
一間の襖が互い違いに開く押し入れは空っぽにしてくれている。
警視が荷物を片付けようとトランクに手をかけた時、一階から
「晩ご飯やで。警視さんもご一緒にどうぞ。」
とお母さんの呼ぶ声が聞こえた。
食事中両親は、時折夫婦漫才をはさみながら東京の事を色々と聞いていた。
晩ご飯を食べ終えて、両親から解放された私と警視は二階に上がった。
食事中、お母さんが
「お風呂沸いてますんで、入らはるんでしたら先にどうぞ。」
と言っていたので、先に警視がお風呂に入った。
警視の入浴中に、私は液晶が割れたスマホからシムカードを抜き取るともう一台のスマホに入れて使えるようにした。
すぐあと、同期で情報通の頼子から天王寺警視の事で電話が入った。
頼子の情報によると、若く見えるけど歳は60歳で独身。約10年ほど前に警備部に配属されるまでは交通機動隊に所属していた。
東京大学出身のいわゆるキャリアなんやけど、本人希望で交通機動隊に配属された変わり者らしい。
機動隊勤務中は、違反車両がいつの間にか後ろにつかれたのか気づかない、一度後ろにつくと検挙率100%であることから、首都高の背後霊のあだ名が付いた。
警備部で何か大きな失敗をやらかしたので左遷されたらしいと言う噂が流れている。
これも噂やけど、どうやら同棲愛者みたいで、独身の理由もこれちゃうか、いうことらしい。
「まぁ、彼氏いない歴22年でうちも含めて女の子とばっかりおままごとしてたまことにはピッタリやん。」
笑いながら頼子が言う。
「彼氏いない歴22年って、赤ちゃんの時の年数なんか入れへんやん普通。」
「突っ込むのんそこかいな。女の子ばかりとおままごとはええのん?」
「それは否定できひんからなぁ。」
最後に「気ぃつけてな。」と電話は切れた。
頼子の電話が切れると同時に警視がお風呂から上がってきた。優雅にバスローブを着ている。
「お先に、いいお湯だったわ。」
「じゃぁ私入りますけど、私の部屋、あまり触らないでくださいね。」
と言いおいてお風呂に入った。だけど、警視の事が心配になって早々に上がった。
部屋に戻ると警視が私のこたつに突っ伏していた。
天板の上に置いてあった大きなボトルに入れていたチョコレートが半分くらいに減っていた。
「ああっ!私のチョコレートボンボンが・・・。警視、大丈夫です?起きてます?」
「ふぅ、あ、おはようございます。」
「おはようございますと違います。ここのチョコレート食べたんですか?」
「え?あ、うん。かじると中から甘~いシロップが出てきて美味しかったからついたくさん食べちゃった。」
「酔ってるんですか?」
「酔ってなんかないわよ。ふわふわ気持ちいいだけ。」
「それを酔ってるって言うんです。」
座っていてもゆらゆら揺れる体を支えようと警視の肩を持った時だった。
警視が私の顔をじっと見つめてから、電光石火のように動いて、私を畳の上に組み伏せた。
「ふぅ~」
と息を私に吹きかける。
酒臭っさ~。ウィスキーボンボンでこんなに酔っ払う人、初めてやわ。
「あなた・・まこちゃん・・」
完全に酔っ払いや。
「良く見ると可愛いわね。」
「えっ?」
『気ぃつけてな』、と言う頼子の言葉が頭をかすめる。
警視が、私のお風呂上がりでノーブラの胸をTシャツの上から鷲掴みにした。
「ちょ、ちょっとやめてください。」
体を捩って逃げようとしたけど思ったよりも警視の力が強くて動けない。
うっとりとした目をして、うっすらと赤みを帯びた警視の顔が近づいてきた。
「警視!天王寺さんっ!」
唇と唇が重なる直前、私は目を閉じた。
すると、私の頬を警視の頬が滑り落ちるのを感じた。
意を決して目を開けると、警視は私に覆い被さって小さく寝息を立てていた。
私の胸を鷲掴みにしたまま。
「・・もう・・。」
60歳ってお母さんより10以上年上やん。けど、今朝の動きは30か40位の動きやったな。それに左遷されたとも思われへん。
そんな事を考えながら警視の体を押しのける。
ごろんと反転した拍子に警視のバスローブがはだけた。
「う、うそやん。」
バスローブの下は全裸だった。
とても60歳とは思えない若々しい体がそこにあった。
乳房も私より大きくて張りがあった。
ウェストも引き締まっていて細かった。
そのくせ腰は豊かで、驚いた事に陰部にヘアが無かった。
凄い際どい水着の跡が残っていて、アンダーヘアの無い下腹部の白さが際立っていた。
私は慌ててバスローブの前を合わせて警視の体を覆った。
私の隣に横たわる警視の寝顔は少女のようで可愛いかった。

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