警視庁警備部 天王寺 澪 (1-1)

・朝のコンビニエンスストアは、お弁当を買う人、 カフェマシンを使う人、ペットボトルの飲み物をいっぱい買う人、雑誌を立ち読みする人、色んな人で賑わっている。駐車場には、通勤途中と思われる普通の乗用車や、作業現場に行く仕事人のトラック、スポーツカーみたいな車までが止まっていて、買ったパンを食べる人、ぼーっとしてる人、スマホを見ている人がいる。
そんな中、店の入口前に乗用車が急停車して、二人の男が店内に飛び込んで行った
男の怒声がして騒然となる店内。
数分後、男たちが店から飛び出してきて、車に乗り急発進させた。
コンビニ強盗発生の瞬間だった。
勢いよく車道に飛び出した実行犯が乗る乗用車に続いて指示役のものと思われるスポーツカーが飛び出した。

・私の名前は上白石真琴、二十二歳。今日付で奈良県警の交通課から警備課に配属になった。同期で情報通の頼子に言わせると、異例の事らしい。警備課では本庁から出向してくる人の下で警備の体制案を作成を任せられるらしい。先日の元首相襲撃事件以降、警備案を本庁に提出して許可を貰わなくてはならなくなった。確かに、あの事件は青天の霹靂だったし、県警の大汚点になった。警備体制を見直し強化するのは当然の事だと思うけど。
私の家は、東向け商店街にあるお餅の高速つきで有名な和菓子屋なので、県警まで愛車のダックス125で通勤している。
最近、道路交通法が見直されて、横断歩道での歩行者優先が決まった。交通課勤務中も巡回パトロール中によく取り締まる事があった。
また、自転車を乗る時のヘルメット着用が着用努力義務になったので、被っていない人への周知業務もあって巡回パトロールは多忙を極めた。
現に通勤途中の今も、横断歩道の歩行者妨害や、自転車で猛スピードで走る人があとを絶たない。
そんな時、私の目の前で横断歩道を横断中のおばあさんの前を自転車が横切ったので、バイクを止めて注意した。
「そこの自転車、止まりなさい。」
自転車は急ブレーキで止まると、乗っていたサラリーマン風の若い男は自転車を降りて私の方に凄い形相で、自転車が倒れたのもお構いなく私の方に歩いて来た。
男が私に何か言おうとした時、私の後ろを車が凄いスピードで走って行った。その風圧でバイクが揺れた。
直後、凄いブレーキ音と共に車が私のすぐ後ろに止まった。
「あなた!乗って!」
大きな声がしたので振り返ると一台のスポーツカーが止まっていて、運転席の女性が私に言っていた。
「乗ってって・・・」
どう言う事?と思って躊躇してると女性が続けた。
「早く乗って!モタモタしてる暇は無いわ!」
「は、はい。」
ただならぬ女性の雰囲気にバイクから降りて車に乗ろうとするけど、乗り方が分からない。
「ドアは無いから跨いでシートに立ってからお尻をシートに落として!」
「熱っ!」
車体を跨いだ時にマフラーに脚が当たった。
「言い忘れたけど、マフラーがすごい熱いから気をつけてね。」
「そんな大事なこと、先に言ってもらえますか?」
足元にあるハンディスピーカがめっちゃ邪魔やったけど無事シートに座れた私に女性が続けた。
「シートベルトをして、これを持ってて欲しいの!」
女性の手にはおなじみの赤色灯があった。
私がシートベルトをはめて赤色灯を受け取ると
「行くわよ!」
と車を発進させた。
「底にある赤色灯のスイッチを入れて。」
言われるままにスイッチを入れる。
赤色灯が点灯し回り始める。
「足元のスピーカを使って緊急車両が通る事を伝えて欲しいの。」
私は仕方なく「緊急車両が通ります。道を空けて下さい。緊急車両が通ります。」
今までマイクに向かって何度も言ってきたセリフやけど、ハンディスピーカだと恥ずかしい。

「前の車はさっきコンビニで強盗した奴らよ。出勤途中で道に迷ってる時に遭遇したの。私の前で悪いことをするなんていい度胸だわ。悪い奴らは絶対逃がしゃしない!」
凄いスピードで車を走らせながら女性が言った。
「あなた地元?丁度良かった。あの車の前に出たいんだけど、どうすればいい?」
「この道、三条通りを真っ直ぐ東に走ると思うので、ちょっと回り道になりますけどないことはないです。」
「ないことはない、ってあるの?」
「ありますあります。」
「じゃ案内して!」
「この車で追い越せますか?」
「ロータリー13B、280馬力に換装した私のセブンに不可能はないわ!」
「そうなんですか、ではあそこのホテルのある交差点を右に曲がって下さい。」
「右ね!了解!」
リアタイヤを滑らせて右折する。
「この先、100年会館の横を通ってすぐの交差点を左へ。」
「次は左!」
ここでもリアタイヤを滑らせて凄い勢いで左折する。
「すぐのJRの高架をくぐって道なりに約1キロほど真っ直ぐ行って下さい。」
「1キロ真っ直ぐね!」
直線になると車はさらに加速する。
「8個目の信号を左に曲がって400メートルほど走ったらほぼ直角に右に曲がって急な上り坂があります。その坂を登ると逃げる車の前に出られるはずです。」
「分かったわ。ところで、どうしてあの車がずっと直進すると思ったの?」
「車のナンバーが県外だったからです。」
「県外だから?」
「この辺の道は路地が多くて下手に入ると迷ってしまう。逃げるならそんなリスクは避けると思ったんです。」
こんな事を話してる内に車は目的の交差点に差し掛かる。
「ここ、ここを左に。道幅が狭いので気をつけて下さい。」
「任せて!ちゃんと赤色灯持ってなさい!」
車はスキール音と共に、ほぼ直角に左に曲がった。
私が「緊急車両が通ります!」と叫び続け、車は狭い道を猛スピードで突っ走る。
ホテルの前を抜けると道幅が広くなる。
「もうすぐ左に猿沢の池が見えてきます。そしたらすぐに右折の急坂です。」
猿沢の池を通りすぎる直前、左前方に逃げる車が緩やかな坂を上がって来るのが見えた。
「向こうも来てます!」
「了解!」
女性はハンドルを右に切り、カウンターを当てて曲がるとアクセルを全開にした。
車はまるでロケットみたいな凄まじい勢いで急坂を上がって行く。
坂を登りきる。
車は軽くジャンプ、着地するとスピンターンを鮮やかに決めて車を止める。
車の後ろには、春日大社の大鳥居が立っている。
丁度180度反転した形で止まった私たちの前に向こうの車が上がって来た。
女性はハンドルを外すとシートに立ち上がり、腰から銃を取り出して構えた。
『わ、ベレッタM92Fやん。』
それでもスピードを落とさない車に向けて女性は発砲した。
パスッ!パスッ!パスッ!
と言う音と共に発射さた弾丸が相手の車のフロントガラスに命中してグリーンの塗料が飛び散った。
発射された弾は実弾ではなく、ペイント弾だった。
犯人の車は急停車して横向きになった。
運転席から犯人の一人が降りて来るのと女性がシートから飛び下りるのがほぼ同時だった。
続いて助手席からも男が降りてきた。
2対1では女性に分が悪い、と思った私も急いで車から降りた。
女性は運転席から降りてきた男を鮮やかに投げ飛ばし、助手席から降りてきた男の手を掴むと目にも止まらない速さでアスファルトに組み伏せた。
一方、投げられた男は立ち上がると、持っていたバタフライナイフを開いて女性に襲いかかった。
男に気づいていない女性を守ろうと、私は意を決してヘルメットを被った頭で男の背中に体当たりをした。よろめいた男は目標を私に変更してナイフを振りかざしてきた。
私は被っていたヘルメットを脱ぐとナイフを持った男の手を薙ぎ払って、男の胸ぐらを掴むと後ろに転がり同時に右足で男のお腹を蹴りあげた。
男の体が綺麗に宙を舞ってアスファルトに叩きつけられた。
背中を強打した男は、起き上がれず呻いていた。
先に男を組み伏せていた女性が、私に親指を立てて見せた。
立ち上がった私の前で、一の鳥居が仁王立ちしていた。

そうしている内に数台のパトカーが来た。
集まって来た警察官に女性はジャケットの内ポケットから何かを出して見せると、応対した警察官は直立不動の姿勢で女性に敬礼した。
それから警察官は私のところに来るとこう言った。
「オマエ、朝っぱらから何しとんねん。」
警察官は交通課の玉木巡査だった。
「ご挨拶やなぁ。出勤途中であの人に拉致されて、コンビニ強盗と思われる犯人が乗った車を追跡させられてただけやん。ところであの人何者なん?」
「なんやマコト知らんのか?」
「知らん。」
「あのお方はやな、この度本庁からおいでになられた天王寺澪警視やで。今日からマコトの上司になる人やないか。」
「え、えぇ~っ!マジで?」
「マジやで。ほんまえらい初対面やな。」
ここまで話したところで天王寺警視がこっちにやって来た。
玉木巡査は警視に敬礼すると、そそくさと場を離れた。
離れ際、「お前のダックス、確保しといたったからな。」と大声で言った。
「上白石巡査、ご苦労さま。飛んだ初日だったわね。」
「天王寺警視、失礼しました。」
「何か失礼なこと、した?」
「い、いえ、それは・・・。」
「あなたはよくやってくれたわ。」
「どうして私が警察官だと分かったんですか?」
「横断歩道での歩行者妨害をあれほど真剣に注意するのは警察官以外は居ないと思ったから。」
「それだけ、ですか?」
「あと名簿の写真を見ていたし。ところで2、3確かめたいことがあるんだけど?」
「なんでしょうか?」
「さっき、あれだけ遠回りしたのに先回り出来ると思ったのはどうして?」
「あの道、三条通りは途中から車がスピードを出せないように不規則に曲がってるんです。それにあの時間帯は通勤者が大勢いるのでスピードを落とさざるを得ないと思ったんです。」
「あと、地元の警察官だとしてもあれだけ細かく道を指示出来たのはどうして?」
「昨日まで交通課の勤務だったです。巡回パトロールのコースになっていました。」
「はい、良く出来ました。それからあと1つ。どうして丈の短いスカートなの?」
「今日から配属される警備課では、主にパソコンを使うデスクワークと聞いていましたから。それに・・・」
「それに?」
「パンツだと脚が短い事がバレてしまいますので。」
「でも今日みたいな事がこれからもあるかも知れないわよ。さっきの巴投、バッチリ見えてたわよ。」
「本当ですか?でも、それなら大丈夫です。ちゃんと見せパン穿いてますから、ほら。」
とタイトのミニスカートを捲り上げながら言った。
「いえ、そう言うことじゃないんだけど。ところであなた地元だったわね。」
「そうですけど?」
「お願いがあるんだけど。」
と捨てられた子犬のような目で言う。
「なんでしょうか?」
「今日、泊まるところを探して欲しいんだけど。無ければあなたのところにでも泊めて貰えないかしら?」
「え?ちょっと待って下さい。泊まるって一泊だけですか?」
「いいえ、こっちに来てる間ずっとだから、数年かな?」
「それじゃぁ住むところじゃないですか。」
「そう、なるわね。」
「決めずに来たんですか?」
「だって手続きが面倒なんだもん。保証人とかさぁ。」
「マジか~。」
「ね、お願い。」
顔の前で両手を合わさて拝まれては無下に断る訳にもいかず
「ちょっとお母さんに聞いてみます。」
とジャケットのポケットから取り出したスマホは画面が割れていた。
「マジか~。これ高かったのに、経費で落ちるんかな。」

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