見出し画像

【記録】逆流性食道炎の発症から回復まで

 今回の話は約20年前のことである。駅から自宅まで歩いているとなんとなくお腹がちくちく痛むのに気がついた。下痢かなと思ったが、家についてもその症状は出ない。ただ、胃腸が痛むだけ。当時、色々と忙しかったので、医者にも行かず、どうせ治るだろうとタカを括っていたが、この症状は1ヶ月経っても治らなかった。

 やがてキューという胃の痛みが続くようになった。黒澤明の映画「生きる」のことを思い出して、もしや胃がんではないかとだんだん心配になってきた。

 ついに我慢できなくなり近くの胃腸外科を受診して内視鏡検査をしてもらった。診断結果は逆流性食道炎。胃液が食道に逆流して食道の内壁を荒らすので痛むらしい。

 医者は短い説明の後、薬の処方箋を出した。たぶん胃酸をおさえる薬だったと思う。生活上の注意点とかは特になかったので、薬を飲んでいればなおると思っていた。

 しかし、その薬を飲んでも一向によくならず、どちらかと言えば悪化していった。胃の痛みが気になると、なぜ良くならないんだと悩み、ストレスでさらに胃が痛むという悪循環に陥っていたような気がする。

 そんな時、家族の年間行事のオーストラリア旅行に出かけることになった。どこにいても胃が痛むのは同じと軽く考えていた。しかしながら、途中シンガポールを観光していたら、さらに悪化して歩くのもつらくなってしまった。暑さと油っぽい料理のせいだろう。

 さすがにこれはほっとけないと思い、オーストラリアに着いてから、現地でGPをしている友人に急きょ専門医を紹介してもらい受診することになった。

 まず、受診の前にあらかじめレントゲン検査をするように、と言われた。そして検査のため中規模の病院に予約をとってもらった。

 検査日、その病院で受付を済ませ、待合室で自分の順番が来るのを待った。各診療科の受付では医者の名前が表示されていて、驚いたのは各診療科に10人ぐらいの医者がいたことだった。日本の病院だと、各診療科で多くても2、3人である。日本では、特に地方では、立派な建物があっても医者の数が少ないので羨ましいと思ったものだ。患者だけでなく医者も楽だろうと思った。

 さて自分の順番が来て、初老のおとなしそうな男性医師に検査室に案内され、バリウムを飲まされ硬いベッドに横になった。ベッドはX線のセンサーになっており、上方にはX線発生器があった。

 検査がはじまるとモニターで自分の胃の中のバリウムの動きを見ることできた。バリウムは胃のなかを行ったり来たりしているが胃の中に留まっており、逆流しているようには見えなかった。これが胃から食道に飛び出せばNGということだ。この検査で良かったことは、逆流性食道炎がどういうものであるかを動画で見ることができたことだった。言葉だけで知っているのとは大違いである。

 その後、医者は写真を何枚か撮り、検査は終了した。受付に戻ってしばらく待っていると、A3ぐらいの大きさのネガを数枚よこされた。これを専門医のところに持っていけ、ということらしい。同時にもらった紙に、「逆流は見られないが、常に逆流しないとは言い切れない」みたいなことが書いてあったと記憶している。

 オーストラリアでは検査と診察は分業になっていることがわかった。日本の医者は検査の結果を自分のものにするが、オーストラリアでは患者に渡して自分では管理しないのだ。考えてみれば病院は個人情報を管理しないで楽だし、検査結果の情報はお金を払った患者のものなので、そっちの方が当然と思ったものだ。

 ちなみに日本で内視鏡検査をしたときの写真は医者に掛け合ってやっともらえた。本当は画像のデジタルデータが欲しかったが、医者は装置に付随しているコンピューターの使い方がわからないのか、それともわからないふりをしてデータを渡したくないのかわからなかったが、ポラロイド写真のようなものを2、3枚よこした。写真には赤くなった食道の内側が映っていた。ないよりはマシだったが、病気の詳細な理解には程遠かった。

 検査の2、3日後、レントゲン写真を持って専門医との面談に行った。今回の医者は自分と同じくらいの年齢の男性で世間話から入り自分の胃痛に関して丁寧に説明していった。時間はたっぷりあったので、これまで気になっていた疑問を全て質問し、それらに対してとても丁寧に回答してもらった。もしものために電子辞書を持っていった必要なかった。

 約1時間の面談が終わった頃には気持ちがとってもスッキリして胃痛はかなりおさまっていた。検査と面談の両方から、病気のメカニズムをよく理解できストレスがなくなり痛みも引いたのだと思う。

 また、専門医を紹介してくれたGPの友人から、症状が長く続く時は胃の入り口を糸で絞って逆流しないようにする手術があることを教えてもらった。この手術のことは日本の医者は言わなかったので日本では行っていなかったのかもしれない。逆流を止める最後の手段があることを聞いてホッとした。今から考えると、胃の痛みが一生続くかもしれないと思い、精神的に追い詰められていたのだと思う。

 これで、自分がしなければならないことは、はっきりした。枕の高さなどを調整して逆流が起きないように気をつけることと、コーヒー、揚げ物、辛いものを少なくした食生活に変えることだった。この後、しばらく胃の違和感は残ったが、それも徐々に消え、自分の記憶では約1ヶ月後にはほぼ正常に戻った。

 今も胃の入り口の緩みはあるので、何かの拍子で逆流が発生し、食道炎による軽い胃痛になることがある。でも自分はそれとどう付き合うかはもう知っているし、治らない時は手術すればいいことも知っている。最近も軽い症状が出たが、コーヒーを一時的にやめて油っぽいものを抑えて1、2週間で治った。そうわかっているから、不安になることもないし、ストレスも大きくない。

 20年前にオーストラリアの専門医に診てもらわなければ、ずっと不安感と違和感を抱えたままだったかもしれないと思うと、本当にラッキーだった。

 日本の医療制度は世界に誇れるものだ。しかしながら、制度的に専門医を1時間占有することは困難だ。医者は患者を個人として治療せず、症状によるグループわけをして短い時間で類型的な治療を行うだけなのだ。そのやり方は人口の多い日本に適しているのかもしれないが、救われない人間も出てくることは確かだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?