小説『チキンカツ革命』

「わはは、ついに完成したぞ」

 博士が高笑いしていると、助手が研究室に入ってきた。

「おめでとうございます。で、何か完成したんですか」
「おまえは助手のくせに、わしの研究も把握してないのか」
「そう言われても、いつも説明なしで勝手に研究始めてますし」
「それはそうだな」

 割とあっさり認めた。

「これは『チキンカツソース』である」

 そう言って、フラスコに入った赤黒い液体を助手に見せつける。

「なんだかソースみたいですね」
「ソースだと言っておる。わしは昨日、そこのスーパーでチキンカツ弁当を買ったのだ」
「あそこのお惣菜おいしいですよね。揚げ物が特に」
「うむ。だがフタを開けてみると、入っていたのはとんかつソースだった」
「そりゃまあ、そうでしょうね」

 うなずく助手に、博士が尋ねる。

「なぜそう思った」
「だってチキンカツ専用のソースなんて売ってないでしょう」
「その通り。だから作った」
「いやいやいや」

 助手は納得していない。

「分けなくていいじゃないですか。とんかつソースで充分おいしいですよ」
「馬鹿者。とんかつソースはとんかつに特化して、豚肉のポテンシャルを最大限に引き出すように作られたソースだ。それをチキンカツにかけるなど、鶏肉だけでなく豚肉に対しても冒涜だ」
「はあ」
「人類はまだ本当のチキンカツを知らない。とんかつソースをかけているからだ。これはそんな人類に対する革命なのだよ」
「はあ」

 博士の熱量に軽く引き気味の助手に対して、博士のテンションは上がるばかり。

「このチキンカツソースのうまさが広まれば、とんかつとチキンカツでソースを分けるのが当たり前になる。世界中でチキンカツソースが大量生産されて、オリジナルを作ったわしらはロイヤリティーで大儲けだ」
「えっ、それはすばらしいですね」

 カネが絡んだところで、急に助手が前のめりになってきた。

「で、肝心の味はどうなんです。とんかつソースより劇的においしくないと売れませんよ」
「うむ。それはわしも気になる。ちょうど腹も減ってきたところだ、スーパーでチキンカツを買ってこい」
「わかりました」

 30分ほどして、助手がスーパーから戻ってきた。

「とんかつしか売ってませんでした」
「しょうがないなあ」

 そう言うと、博士は完成したチキンカツソースを、ためらいなくとんかつにかけた。


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